上 下
6 / 25
プロローグ

06 力こそ正義

しおりを挟む

 はい、今日はちゃんと一人で森の奥に到着しましたっ。

 付いて来ようとするシャルロットに仕事を押し付け、シルヴィには見つからないよう屋敷をこっそり出てきた。

 どうして自主練するのにこんな苦労をしなきゃいけないか。

 そうだね、隠し事をしているせいだね。

 悪役令嬢をしつつ、己を鍛えるのは中々に大変だ。

「まあ、いいや。とにかくやりましょうか」

 わたしは手を樹木に向かって手を掲げる。

ファイア

 炎の塊が球体となって解き放たれる。

 直線状に伸びたそれは、樹木を捉え燃やし始めた。

 ごうっと熱風が舞う。

「おお……出来るようになった」

 以前は霧散してしまった魔術だったが、今日はちゃんと威力を保持したまま放つことが出来た。

 一つ、魔術をマスターできたと思われる。

「じゃあ、次は……ウォーター

 同じ要領で水の魔術を発動する。

 放たれた水流が、樹木を鎮火させていた。

「あらまぁ……本当に使えるのね」

 なんでもこの世界では魔術適性なるものがあり、五大元素(火・水・風・電・土)の内の一つしかほとんどの人は使えないらしい。

 二属性ダブルで使用できれば相当な才能の持ち主らしく、三属性トリプルは宮廷魔術師の中でも片手で数えるほどだという。

 ちなみに、ロゼはというと……。

五属性クインテットなのよねぇ」

 要するに全属性に適性がある。

 後で試したら本当に全属性の魔術が使えた。

 これが独学で出来ちゃうあたりが天才なんだろうな。

 しかも練習始めて一週間程度だし……。

 ロゼ……恐ろしい子。

「よし。この練習はこれからも続けるとして」

 一つの壁を越えたので、次の展開に移ろうと思う。

 わたしは場所を変えることにした。






「あ、これがちょうどいいわね」

 川の近くを歩いていると、ちょうどわたしの背丈と同じくらいの岩を見つけた。

 今日はこの岩を使って特訓を開始しようと思う。

「身体強化」

 魔力を体内に循環させていく。

 魔術の時とは違い、魔力を体の外ではなく内に高速回転させていくイメージ。

 次第に体が熱を持ち始める。

 試しに足元にある小石を拾ってみた。

「ほいっ」

 ――バガッ

 ぎゅっと精いっぱい握ってみると、小石が粉々になった。

 これが身体強化、魔力で身体能力を飛躍的に向上させる魔術である。

 基本的には前衛を担当することが多い騎士が得意とする魔術で、一般的な魔術師は身体強化は苦手と言われている。

「しかし、わたしはどっちも出来た方がベターなのよね」

 なんでかって?

 ソロぼっちになる予定だからですよ。

 国外追放された没落令嬢、そんな哀れなロゼを狙う輩は多いだろう。

 そんな卑劣漢に負けないように強くなければいけない。

 なんとなく要領を得たので、わたしは見つけた岩に向き合う。

 再び魔力を体内で循環させる。

「えい」

 腕を振るってみる。

 もちろん格闘技経験とかもないので、フォームは相当ひどいと思われる。

 ――バガッ!!

 岩に腕が貫通し、そこから亀裂が走って岩が砕けた。

「ええ……」

 その威力に自分で引いてしまう。

 本気で殴ったわけでもないのに、岩が粉々だ。

「なんて才能なのかしら……」

 ちょっと練習しただけでこの威力。

 これも全てロゼのポテンシャルの成せる技だ。

 どうしてこの才能を自ら殺したのか、本当に謎の子だ。

「――お姉さま?」

「!?」

 背後から非常に聴き馴染みのある声が聞こえてきた。

 身体強化のせいで、旋風が起こりそうなほど体を高速回転させて振り返る。

 森の茂みに隠れるように、銀髪の少女がこちらを覗き込んでいた。

「シ、シルヴィ……? どうしてここに?」

「後をついてきましたの!」

 うわぁ……純粋無垢なその笑顔に腹立つの初めてかもぉ。 

 どこからだ、どこからシルヴィは見ていたんだ……?

「これはなんですの?」

 シルヴィが森の茂みから出てくると、不自然に割れた岩の欠片を尋ねてくる。

「ただの石ころでしょ……」

 わたしが粉砕した岩ですけどねっ。

 内心ヒヤヒヤで知らないフリをする。

「そうだったのですね」

 ……気づいていない?

 身体強化のシーンは見られていなかった?

「シルヴィはいつからそこにいたの?」

「? お姉さまがこの石ころをずっと見つめていた時ですわ」

 よし、セーフ!

 危なかった。

 事後に見られていたのならギリギリだった。

「そ、そう……」

「この石ころをお姉さまはどうしたいんですの?」

「いや、べつに何とも思ってないけど……」

「それならどうして、あんなに嬉しそうに笑っていたのですか?」

 え、うそ……。

 わたしは無自覚に笑っていたのか。

 自らの才能に目覚め、その岩をも穿つ破壊力に笑みを隠せない公爵令嬢……。

 うん、どう考えてもヤバい女だ。

 気を付けよう。

「なんでもないの。ほら、帰るよシルヴィ」

「えー。わたくしお姉さまと遊びたいですの」

「分かった、屋敷に帰ってからにしようねー」

 魔術の鍛錬は終わったので、屋敷に帰ることにする。

 あんまり外出の時間が長すぎても心配されるからね。

「いやですの、せっかくだから川遊びがしたいですの」

 わんぱくだなぁ……。

 まあ、まだ子供だもんね。

「汚れるからだめ」

「水は透き通って澄んでいますの」

 かと思えばなんか綺麗なこと言うし……。

「濡れるからだめ」

「お日様が出ているのですから、干せば乾きますの」

 だめだ、言葉じゃ納得してもらえないな。

 難しいこと言い過ぎても無駄だろうし。

「いいの、わたしは帰るの」

 シルヴィの外出条件は“わたしと一緒にいること”

 つまり、わたしが屋敷に戻ればシルヴィも戻るしかないのだ。

「あわわ、待ってくださ……あうっ」

「え、ちょ、シルヴィ」

 慌ててわたしを追おうとしたのが災いしたのか、砂利道に足を躓かせたシルヴィは転んでしまった。

 すぐに駆け寄ると、怪我はなかったが少し足首をひねってしまったらしい。

「痛いですの……」

 涙目になるシルヴィ。

 歩けないことはないだろうが、不整地を歩いてきたのでこの足で進むと余計に痛めてしまうかもしれない。

「しょうがないなぁ……ほら、乗って」

「お、お姉さま……?」

 わたしはシルヴィに背中を見せる。

「おんぶしていくから、それで帰るよ」

「だ、大丈夫ですの……? こんな大変な道を、わたくしを背負ってなんて……」

 それなら心配ない。

 なんせさっき身体強化を身につけたばかりなので。

「その足で歩いて帰れるなら、わたしは構わないけど?」

「……申し訳ありませんの」

 殊勝な態度になって、シルヴィはわたしに体を預ける。

 背負ってみたが、重さは一切感じなかった。

 魔術の力ってすごい。

「重たくありませんか……?」

「ぜんぜん平気」

「常々お姉さまは”ナイフとフォークより重たいものは持ちませんの”と仰っていたのに」

 いかにもな発言してたんだな……。

 さすがですロゼ様。

 しかし、そのキャラはシルヴィの前でも貫かないといけない。

 なおかつ、このシルヴィを背負っている矛盾を解消するには……。

「そうよ、そんなわたしのルールを破らせたのだから、あなたは未来永劫に罪を償い続けなさい」

 まあ、こんな感じ?

「……承知しました、お姉さま」

 シルヴィの腕にぎゅっと力が入る。

 うんうん、どうやらわたしの高飛車な態度に恐れを成したらしい。

 この込められた力がその証拠だ。


        ◇◇◇


 その後、今後同じことが起きないようにわたしは“気配察知”の魔術を習得した。

 魔力を広範囲に放つことで、物体や人物の動きを把握していくものだ。

 どうやらロゼは魔力総量も底なしのようだったので、外出中は常時これを展開しながら鍛錬することは容易だった。

 なんでこんなぶっ壊れスペックなんだろう。

 ゲーム開発陣はロゼを戦闘に出さないからってテキトーにスペックを割り振りすぎたんじゃなかろうか。

 とにかく、これでシルヴィに追いかけられることはなくなったのだが……。

「シャルロットはずっとわたしの部屋で何をしているんだ……?」

 気配察知を行うと、いつも一人分の気配がわたしの部屋にあった。

 ロゼの部屋を訪れるのは妹のシルヴィと従者のシャルロットくらい。

 今シルヴィは自分の部屋にいるので、消去法的にシャルロットになる。

 彼女はさっきからわたしの部屋から微動だにしていない。

「掃除でもしてるのかな……?」

 そんなに時間かかわるけないよなぁ、と思いつつ他に何も思い付かないので考えることをやめる。

 そんなことよりも、わたしは来たるべき国外追放に向けて己を鍛えなければならない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

婚約者が庇護欲をそそる可愛らしい悪女に誑かされて・・・ませんでしたわっ!?

月白ヤトヒコ
ファンタジー
わたくしの婚約者が……とある女子生徒に侍っている、と噂になっていました。 それは、小柄で庇護欲を誘う、けれど豊かでたわわなお胸を持つ、後輩の女子生徒。 しかも、その子は『病気の母のため』と言って、学園に通う貴族子息達から金品を巻き上げている悪女なのだそうです。 お友達、が親切そうな顔をして教えてくれました。まぁ、面白がられているのが、透けて見える態度でしたけど。 なので、婚約者と、彼が侍っている彼女のことを調査することにしたのですが・・・ ガチだったっ!? いろんな意味で、ガチだったっ!? 「マジやべぇじゃんっ!?!?」 と、様々な衝撃におののいているところです。 「お嬢様、口が悪いですよ」 「あら、言葉が乱れましたわ。失礼」 という感じの、庇護欲そそる可愛らしい外見をした悪女の調査報告&観察日記っぽいもの。

他力本願のアラサーテイマー ~モフモフやぷにぷにと一緒なら、ダークファンタジーも怖くない!~

雑木林
ファンタジー
地面に頭をぶつけた拍子に、私は前世の記憶を取り戻した。 それは、他力本願をモットーに生きていた、アラサー女の記憶だ。 現状を確認してみると、今世の私が生きているのはファンタジーな世界で、自分の身体は六歳の幼女だと判明。 しかも、社会的地位が不安定な孤児だった。 更に悪いことは重なり、今世の私には『他者への攻撃不可』という、厄介な呪いがかけられている。 人を襲う魔物、凶悪な犯罪者、国家間の戦争──様々な暴力が渦巻く異世界で、か弱い私は生きていけるのか……!? 幸いにも、魔物使いの才能があったから、そこに活路を見出したけど……私って、生まれ変わっても他力本願がモットーみたい。

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

あなたが幸せになれるなら婚約破棄を受け入れます

神村結美
恋愛
貴族の子息令嬢が通うエスポワール学園の入学式。 アイリス・コルベール公爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。 そして、前世で大好きだった乙女ゲーム『マ・シェリ〜運命の出逢い〜』に登場する悪役令嬢に転生している事に気付く。 エスポワール学園の生徒会長であり、ヴィクトール国第一王子であるジェラルド・アルベール・ヴィクトールはアイリスの婚約者であり、『マ・シェリ』でのメイン攻略対象。 ゲームのシナリオでは、一年後、ジェラルドが卒業する日の夜会にて、婚約破棄を言い渡され、ジェラルドが心惹かれたヒロインであるアンナ・バジュー男爵令嬢を虐めた罪で国外追放されるーーそんな未来は嫌だっ! でも、愛するジェラルド様の幸せのためなら……

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

処理中です...