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プロローグ

01 悪役令嬢になりました

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「あ、いたっ」

 後頭部に激痛が走る。

 その瞬間、脳のシナプスに電流が走り、過去の記憶がフラッシュバックした。

 かつて日本という国に住み、女子高生をしていた頃の記憶。

 これは前世の記憶というやつか?

 現在の記憶と過去の記憶が入り交じり、わたしは困惑し始めた。

 とりあえず現状把握からしようと思う。

「も、ももっ、申し訳ありませんっ! ロゼお嬢様!」

 天井で埋め尽くされていた視界に、ひょっこりと少女が顔を覗かせる。

 目にかかった長い黒髪、けれどつぶらな瞳は美少女のそれ。

 なぜかメイド服に身を包んでいるが、まだ体が小さいせいでサイズが微妙に合っていないのが可愛いかった。

 まだ幼子のようだが、将来はきっと美人さんになるだろう。

 わたしじゃなきゃ見逃しちゃうね。

 しかし、その将来の美少女候補は何やら大層慌てた様子でわたしのことを気にかけている。

「お嬢様、どうか私の手をお取り下さいっ!」

 小さな手を差し出される。

 なるほど、どうやらわたしは廊下に転んでいたらしい。

 納得、納得。

 差し出された手を握ろうとすると、わたし自身の手もずいぶんと小さいことに気づく。

 どうやらわたしも幼子らしい。

 ……7歳くらい、かな?

「お、お怪我はありませんでしたかっ!? お召し物は汚れていないでしょうか!? ご気分は害されていないでしょうかっ!?」

 矢継ぎ早に質問攻めされる。

 どうやら相当焦っているようだ。

「頭がちょっと痛いかなー? 服は……うわっ、なにこのドレス? やばっ。こんなの初めてだから気分とか言われても分かんないんだけど」

 わたしは、繊細な質感の生地に豪奢なデザインの赤いドレスを身にまとっていた。

 恐ろしく体にフィットしており、おそらく仕立て服オートクチュールだと思われる。

 いくらすんの? こんなの。

 とりあえず思った通りに質問に答えると、黒髪の少女は青ざめていた。

 なぜ。

「も、申し訳ありませんっ!! 私の不注意でお嬢様にこんな目に遭わせてしまいましてっ!! 何でもしますから、どうか、どうかお屋敷から追い出すのだけはお許しくださいっ!」

 いきなり平伏してしまう黒髪少女。

 なにこの過剰反応……全然ついていけないんだけど。

 とにかく現状整理だ。

 場所はお屋敷らしく、確かにふかふか絨毯が長い廊下の奥まで敷き詰められている。

 大きな窓に映るのは金髪ロングの少女、鼻筋は通っているがどこか高飛車な目つきは小生意気な雰囲気を……って、ああ、わたしか。

「わたしが“ロゼ・ヴァンリエッタ”なのね」

「さ、さようでございますが……」

 ヴァンリエッタ公爵家、ロゼはその長女である。

「そして、あなたは“シャルロット・メルロー”だったかしら?」

「は、はい……」

 メルロー男爵家、小さな村のギリギリ貴族といったところだ。

 シャルロットは三女で嫁ぎ先がなく、ヴァンリエッタ家に雇われたのだ。

 しかし、なるほど。

 なぜ彼女がここまでわたしに対して戦々恐々としているのか合点がいった。

 ここは、乙女ゲームの世界。

 そして、その中でもロゼ・ヴァンリエッタは悪逆非道を尽くす嫌われ者、いわゆる“悪役令嬢”だったのだ。

「えっと……こういう時って、いつもどうしてたっけ?」

 シャルロットが“何でもするから許してくれ”と言うから、普段はどうしたらロゼは許すのか聞いてみた。

 びくっと震えるシャルロット。

 非常に見ていて心苦しくなる反応だ。

「ふ、普段であれば……お嬢様がお眠りになるまで絵本の読み聞かせを行います」

 ん?

 ロゼとシャルロットは恐らく同い年だと思われる。

 主とは言え、そんなことをさせるとは……。

 これが貴族というやつか。
 
「他には、料理長より美味しい料理を提供できるようになるまで厨房から出ていくことを禁じられたり」

 いや、ムリでしょ。
 
 そのための料理人なんだから。

 無理難題がすぎる。完全なパワハラだ。

「お嬢様が気になる殿方に、私の方からそれとなくお嬢様の聡明さをご説明させて頂いたりですとか……」

 ……ああ。

 罪悪感に押しつぶされてしまいそうだ。

 こんな可憐な少女に、ロゼはなんて仕打ちをしているのだ。

 いや、ロゼはわたしなんだけど。

 しかし、これはひどい。

 確かにこの世界でロゼは悪役令嬢として名を馳せているが、わたしは本編が始まる“王立魔法学園編”での15歳からの彼女しか知らない。

 まさか自身の従者にさえ、この時期からそこまでの仕打ちをしているだなんて。

 幼少期から捻じ曲がりすぎだろ、ロゼ。

「ごめんなさあああああいっ!!」

「お、お嬢様!?」

 わたしは居ても立っても居られず、地面に頭を擦りつけた。

 これはもう謝るしかない。

「そんなヒドイことをしていたなんて、ごめんなさいっ! この通り許して下さい!」

「お嬢様! あ、頭をお上げください!」

「許してくれるんですか!?」

「ゆ、許すも何も、私の不注意が招いた事ですから。お嬢様が謝られるようなことは何もありませんっ」

 シャルロットの不注意が招いたこと……?

 ああ、わたしが転んでいたことか?

「そもそも、わたしは何で転んだんだっけ?」

「え、えっと……“中庭に連れて行きなさい”と仰られたので、ご案内している最中にお嬢様が突然飛び跳ねて……その際に」

 ん……?

 それって。

「わたしが勝手に転んだだけじゃない……?」

「めっ、滅相もございませんっ! お嬢様が転ぶ危険性を配慮できていなかった私の責任ですっ!」

 またしても平伏するシャルロット。

 どこまで責任感が強いんだこの子……。

 というか、こんな状態が自然になってしまうほど彼女を追い詰められていたのだろう。

 ロゼが事あるごとに理不尽を押し付けていたに違いない。

 こんないい子に、そんな仕打ちをしちゃいけない。

「頭を上げて」

 わたしはシャルロットに歩み寄り、その下顎に指先を当てて顔を上げさせる。

 パラパラと前髪が流れて、隠れていた双眸そうぼうが露わになる。

 やっぱり、こうして近くで見ると綺麗な瞳だ。

「お嬢様……?」

「今までわたしがしてきたことは謝罪の言葉だけじゃ足りないだろうけれど。何か別の形で償うから。だからどうか、これからはわたしのことを真っすぐに見て欲しいの」

 その恐怖でおののいた瞳は今日で終わりにしよう。

「わ、私のような者がお嬢様を直視するだなんて……」

「いいの。こんな前髪で隠さないで、ちゃんと貴女の瞳を見せてほしいわ」

 さらりと艶やかなシャルロットの黒髪に触れる。

 うん、普通に切った方がいいよ。

 美少女なんだから。もったいないって。

「私の髪に触れてはいけません……! け、汚れてしまいます!」

「汚れ……?」

 これまたすごい角度で卑屈なことをいう子だな。

 こんなに綺麗なんだから汚いわけないじゃん。

「く、黒髪は魔女の証だと……穢れていると……」

 ああ……、そういえばこの世界には黒髪を不吉とする価値観があった。

 黒は魔女が好む色なんだとか。

「いいのよ、私は何色にも染まらないその漆黒がとても輝いて見えるわ」

「私の髪が……輝いて……?」

 驚いたように瞳を丸くするシャルロット。

 わたしだってバリバリ黒髪だったからね。元日本人なので。

 なんだったら、わたしの方が物申したいくらいだ。

「ええ、だから貴女は堂々となさい。自分をこれ以上偽る必要はないの」

「そ、そんなことをして、いいのでしょうか……?」

「ええ、だって貴女はこのロゼ・ヴァンリエッタの従者ヴァレットなのよ。常に誇りを持ちなさい」

「え……あ……は、はいっ!」

 シャルロットはコクコクと何度も頷いている。

 うん、素直っていいね。

「じゃあ、わたしは中庭に行くから……」

「お供します!」

 さっきまでの小声がウソのようにはっきりと声を上げるシャルロット。

「あ、いいよ。わたし一人で行くから」

「よ、よろしいのですか……?」

 そもそも自分の家の中庭に行くだけなのに従者を引き連れるって何なんだ。

 一人で行くよ、考え事したいし。

「うん、シャルロットは他の仕事してちょうだい」

「か、かしこまりました……」

 なぜかしょぼんとして引き返していくシャルロット。

 さっきまであんなに怖がっていた子と同一人物とは思えないな。

 まあ、それはよしとして。

 わたしは中庭に向かって歩き始めて、また一つ思い出した。

「そういえばロゼって最終的に国外追放されるシナリオだったよなぁ……」

 うーん。

 どうしよ。

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