クールすぎて孤高の美少女となったクラスメイトが、あたしをモデルに恋愛小説を書く理由

白藍まこと

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35 物語は終わり、始まる。

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「どうぞ、楽にしてちょうだい」

「お、おう……」

 朱音あかねの家に来るのはこれで二度目。

 あたしは緊張感に包まれていた。

 一度目も緊張感はあった。

 でもそれは未知との遭遇というか。

 まだ朱音との距離感に慣れていなかったのも大きい。

 けれど、今回はどうだろう。

 あたしはリュックを部屋の端に下ろして、スッと座椅子に座っちゃうあたり以前よりは絶対的に慣れてきている。

 だから、この緊張感は不慣れな空間のせいではない。

 きっと朱音との縮まった距離感に、高揚感を抱いてしまっているからだ……!

 朱音はあたしの少し距離を開けて隣に座る。

「それで、恋バナでもするのかしら?」

 おおっ、情緒がないっ。

 もっとこう段階があるでしょうが。

「いきなりすぎない?」

「? 貴女から言い出したことだし、今までもそうだったでしょ?」

 だから、これまでは前提条件が特殊すぎるんだよっ。

 もっと、こうアイドリングトーク的なのを挟みつつ、夜が深まってからするもんじゃない?

 ……まあ、でもいいやっ。
 
 朱音がそう言うのなら、それでいいのだっ。
 
「おっけー。でも小説とかじゃないからなっ、朱音とあたしの個人的な話だからなっ」

「ええ、分かっているわ」

 今での小説の設定とかいう変なワンクッションはもう必要ない。

 もっとありのままの自分自身の話しをしていくんだっ。

 朱音は顎に指先を当てて、少し考え込み、口を開く。

「貴女、好きな人はいるのかしら?」

「ぐふっ」

「どんな答え?」

「あ、ご、ごめん……いや、今のは答えじゃなくてだな……」

 まさか初手からそんな直球を投げ込んでくるとは。

 やるな朱音。

 しかし、非常に困る質問だ。

 あたしはとにかく友達を作ろうと考えていたから、恋人なんていう最果ての存在まで望んだことはない。

 でも、こんな機会だし、真剣に考えてみよう。

「好きな人って、どんな人のことを言うと思う?」

 質問に質問で返す形になって申し訳ないけど。

「そうね。定義としては心惹かれる人、一緒に過ごしたいと思う人。反応としては目で追ってしまうとか、思わずその人を知りたくなって話そうとするとか、そんな所かしら……?」

 そうか。

 こういうのは実際に人を例に出して考えてみると分かりやすい。

 朱音で考えてみよう。

 入学初日から、凛々しく挨拶する朱音の存在には、“心惹かれた”と言ってもいいかもしれない。

 こうしてお泊り会したくなるくらいなんだから、“一緒に過ごしたい人”にも当てはまっているな。

 朱音のことは入学初日からずっと“目で追っている”し。

 何なら最初に“話そう”としたのもあたしからだったな。

 ……。

 ん、あれ?

 好きなのか?

 あたしは朱音の事が好きなのか?

 この感情は恋愛だったのかっ!?

 いやいやいや、おいおいおい。

 待て待て、落ち着けあたし。

 冷静になって考え直せ、そうと決めるにはまだ早いでしょっ。

「はい、質問」

「どうぞ」

 あたしが手を挙げると、朱音が許可してくれる。

「友達の“好き”と、恋人の“好き”の違いってなんですか?」

「そうね、胸が高鳴ってドキドキするかどうかじゃないかしら」

 た、確かに……!

 友達にドキドキしたりはしないような気がする。

 “後は……”と朱音は数泊考えて、口を開く。

「体の関係を持てるか、じゃないかしら?」

「ぶふっ」

「どんな答え?」

「や、ごめん……これも答えじゃなくて……」

 確かに、それはかなり明確な差な気もする。

 本当に大事な人にしか体って触れて欲しくないもんな。

 じゃ、じゃあ……。

 朱音を例に考えてみるか。

 “胸が高鳴ってドキドキ”は……今現在すごいしてるな?

 “体の関係”……それってつまりエッチなことで……。

 そういえば、家の扉を開けてすぐに朱音の恰好にちょっと興奮してしまったような気も……。

 もっと具体的に考えてみる。

 例えば今、隣に座っている朱音の服を脱がせて……その細い腰から不釣り合いな豊満な実りが露わになったとして。

 あたしはそれに触れて、きっとそれは柔らかくて暖かくて。

 さっきから覗かせている白い素肌の足も、滑らかでしっとりとした質感をしているのだろう。

 もちもちして、気持ちよさそうだ。

 そして、奥の窓際にあるベッドに二人で横たわり、あたしの手は彼女の秘部へ……って!!

 だいぶ、具体的に想像できたなっ!?

 ぜ、全然、嫌じゃなかったな!?

 ええええええっ。

 そ、そうなんだっ。

 あたしって朱音のこと好きだったんだっ!?

 世紀の大発見である!

「どうしたのかしら、顔が赤いわよ?」

「うおおっ!?」

 気づけば朱音があたしの顔を覗き込んでいた。

 フサフサのまつ気と、四つ這いで屈んでいるせいでTシャツの胸元が緩んでたわわな実りがががががっ!

 さっきの想像のせいで、頭がおかしなことにっ!

 あたしは身を引き、顔を反らす。

「だ、だだだっ! 大丈夫! ちょっと部屋暑いかなぁと思って!!」

「上着を着たままからよ、脱いだらどうかしら?」

「ぬ、脱ぐ!?」

「……え、ええ?」

 ああ、違う違う。

 朱音はあくまで温度調節のことで服を脱ぐように勧めただけだ。

 あたしが変な妄想全開にしすぎている。

 落ち着け。

 実際問題、部屋の中は暖かいのに外の恰好のままは暑かった。

 あたしは着込んでいたパーカーを脱ぐ。

「飲みなさい」

 気が付くと、朱音がグラスにオレンジジュースを注いで差し出してくれた。

 優しい。

「あ、ありがと……」

 いかんいかん。

 この体の熱に、思考もオーバーヒートしているのかもしれない。

 一旦、冷却しないと。

 グラスの中にはカランカラン、と氷がいくつか入っていた。

 あたしはオレンジジュースで口を湿らした後、小さめの氷も口に含んだ。

 冷たくて心地よい。

「貴女……氷も食べるの?」

「あ、うん。好きなんだよね氷」

 氷があると自然とこうして口に含んで食べてしまうことも多々あった。

 ガリガリと噛み砕いていく。

「冷たいだけでしょう?」

「うん……? いや、でもこうやって熱い時に一気に冷ましてくれるのって氷が一番だろ? 気持ちいいから、あたしは好きだぞ」

 その答えが意外だったのか、朱音は目を丸くしていた。

「そう……貴女は、そうだったのね」

 その言葉は誰に当てたものでもなく、一人俯きながら小声で放たれた。

 口元が少し嬉しそうに微笑んでいた理由は、あたしにはよく分からなかったけど。

 いや、だがしかし。

 本題を戻さなければならない。

「ちなみに、朱音は好きな人はいるのか?」

 そう、話題は恋バナ。

 あたしの好きな人は分かった。

 だが、当の本人がどうなんだ。

 その心の先に触れないといけない。

「……今さら?」

 朱音はどこか呆れたように目を細める。

 ん? え? なにそれ?

 当たり前だろみたいな反応。

 そんな周知の事実みたいなのって、ありましたっけ?

「えっと……?」

「半分、答えていたようなものでしょう? 物語の中で、貴女と私はどういう関係性だったかしら?」

 え、それは、つまり……?

 そういう……?

 だけど、どうして朱音はそんなにあっけらかんと……?

「別にいいのよ。あの創作の物語は終わり、私自身の物語が始まったのだから。現実が上手くいくことばかりじゃないのは分かっているから」

 静かに、鎮めるように、確かめるように、朱音はつぶやいた。

 過去の自分と決別するような、穏やかなそれはどこか達観していた。

 それは朱音にとっての新しい決断で、成長だったのかもしれない。

 それはいいことだと思う。

 でも、一つ待って欲しい。

 その感情をなかったことにするのは、あたしにとっても都合が悪いことがある。

「はい、はーい!」

 あたしは大きく挙手をする。

「なにかしら?」

「一応、あたし達はこの前まで喧嘩してたんだし。なんか仲直りの証明みたいなのが必要だと思うんだよねっ」

「そう……なの?」

「そうそう、それにあたしたちの関係も主人公とヒロインじゃなくて、ちゃんと名前を付けたいしっ」

「ええ……そうね。それは前々から貴女が望んでいた――」

 ――友人

 と、朱音は言おうとしてるんでしょ?

 でも、違います。

 あたしが望んでいるのはそんなものじゃなかった。

 なんだよ、結局、あたし達の答えは最初からそこにあったのか。

 誤った関係から始まったと思ったあたし達。

 でも、それは終着点を描いたものでもあったのだ。

 あたしは朱音の顔に両手を添える。

「え――」

 彼女の一瞬の躊躇い。

 あたしはそれを超えて、その先に触れる。

 感覚の全ては、重なった唇の柔らかな感触だけを伝えていた。

 しばらくそうして。

 離れていく。

「な、な、ななっ……!?」

 今度は朱音が顔を赤らめる番だった。

 珍しく、戸惑うような高い声も上げている。

 あたしも全身が震えそうだった。

「あたしたちは恋人、だろ?」

 作り物なんかじゃない。

 あたしと朱音との恋人としての物語。

 なーに、時間ならいくらもである。

 これから紡いでいく彼女との物語を、あたしは心から待ち望んでいる。


 
 ~ fin ~


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