クールすぎて孤高の美少女となったクラスメイトが、あたしをモデルに恋愛小説を書く理由

白藍まこと

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09 同じ道

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「帰るわよ」

 放課後、氷乃ひのが声を掛けてくる。

 しかし、その内容はどうにも答えにくいものだった。

「また、一緒に帰る感じ?」

「親密な間柄は毎日帰るものなんでしょ」

 まあ、そうだろうけど……。

 かと言って自分から“親密な間柄は毎日帰るもの”とか言うのも、違う気はする。

 まあ、今さら言っても仕方ないか。

 それよりも、あたしは別の部分に引っかかっている。

「なんでそんな偉そうなわけ?」

「……何の事かしら」

 自覚はないらしい。

「もっと優しく喋りなよ」

 少なくとも仲良くなる過程を学びたいのなら、その関係性の機微を感じつつ言葉遣いには気を付けるべきだ。

 そして、とにかくあたしは氷乃の一方的で高圧的な言葉遣いが大変気に入らない。

 もしかしたらその文句が言いたくて、それっぽい理由を付け足しているだけかもしれない。

「あなた相手にそこまで下手に出る気はないわ」

「あー……そういう所だっての」

 こいつは、こういうのが分かってないから恋愛小説が書けないんだ。

 いい加減、気付け。

「どういう所?」

「そうやって人の気持ちを察して態度を変えれない所」

「あなたの気持ちを察する必要があるの?」

 ブッ飛ばしていいかな?

「人に合わせられないってのは要するに自分を押し付けてるってことじゃん」

 その在り方はまさしく氷乃朱音ひのあかねそのものだ。

「押し付けているつもりはないけれど……」

「でも人に合わせられない作者が、色んなキャラクター・物語を書けるわけなくない?」

 自分のことしか考えられない人間が、多数の人間を描く小説を書けるはずもない。

 小説は読まないし、書きもしないけど、それくらいは考えたら誰だって分かる。

 そんなことも氷乃が分からないのは、彼女の在り方があまりに偏執的だからだ。

「……確かに、一理あるわね」

「納得はやいなっ」

 しかし、彼女の良い所と悪い所は表裏一体。

 彼女の本質を突くとすぐに跳ね返してくるのだが、理屈が通ればすぐに許容するのだ。

 頭が固いのか柔らかいのか、よく分からない。

「でも私はあなたに対して態度を改める気はないわよ」

 つーん、とした表情で氷乃はあくまでこの態度を貫くという。
 
 これまでの会話はどうやら意味がないとかフザけてる。

「……理由を聞かせもらおうか」

 内容によっては許さん。

「なんとなくだけど。あなたにはしっかり上下関係をつけておかないと、落ち着かないからよ」

 うん、許さん。

「うざっ、もう知らない」

 あたしは鞄を持って席を立つ。

「どこに行く気?」

「帰る」

「私と一緒に帰ると言ったはずよ?」

 この険悪な空気で一緒に帰ろうとか言えるメンタルを、どうしてもっと他の所に活かせないのか。 

 氷乃という存在はよく分からない。

「いい、一人で帰る」

「私を無視する気?」

 あたしの話は受け入れないくせに、自分だけ受け入れろなんて虫が良すぎる。

 氷乃もあっさりと否定される気持ちを理解したらいいんだ。

 そうしたら、次くらいにはあたしに優しくなれるかもしれない。

「……」

 あたしは返事はせずに歩き出す。

 もう知らない。

 いつまで経っても氷乃の言いなりになんてなってたまるか。

 そのまま部屋を出ようと、歩き出す。

「――そう。なら仕方ないわね。あなたの恥ずかしい行為を私が拡散してあげましょう」

 ブレザーのポケットに手を突っ込む。

 どうせスマホだ。

 ふん、それが何だと言うのだ。

「さあ、一緒に帰ろうか」

「最初からそう言えばいいのよ」

 全く、本当にめんどくさい人物に弱みを握られたものだ。

 絶対いつか氷乃にも同じような目に遭わせてやる。


        ◇◇◇


「それはそうとしてさ……いいの?」

「なんのこと?」

「こんな時間に一緒に帰ったら、あたしと一緒にいること皆にバレるよ」

 昨日一緒に帰ったのは図書室で時間を潰し、時間が経った後だから良かったけど。

 これから帰宅していく生徒の中に紛れれば、さすがに人目につく。

 人を遠ざけるので有名な氷乃朱音ひのあかねが、誰かと一緒にいてもいいのだろうか。

「別に構わないわ、それよりも早くなさい」

 けれど、そんな心配は無用だと。

 案外、問題にしてない氷乃が意外だった。

「あ、そう」

 まあ、氷乃が気にしないなら別にいいけど。






「あー……明日、噂になるな」

 校門前、周囲の視線はこちらに……というより氷乃に集まっていた。
 
 きっと隣にいるのは誰だと思われたに違いない。

 孤高の存在に、素行不良の人物が加わっていたら気になって仕方ないだろう。

 互いの存在を埋め合うには、その在り方は対照的すぎる。

「噂?」

「氷乃が誰かと一緒にいるのなんて珍しすぎるから」

「……それは、あなたもそうでしょう?」

 氷乃は小首を傾げる。

 微妙に突かれた部位は痛いところだったけど……。

 それはそうとして、氷乃は分かってない。

「氷乃は目立つ存在で、皆が興味を持ってるんだから。あたしとは違うでしょ」

「……あなたもあなたで、結構目立ってるんじゃないの?」

「うん……?」

 氷乃にそんなふうに言われるのは意外だった。

 あたしをどんな存在として認識していたのだろう。

「その髪の色」

 氷乃の細い指があたしの頭を指す。

「ああ、これ」

 生まれながらに色素が薄い赤茶色の髪。

 確かに見た目だけで言えば、黒髪だらけの学校では目立つ部類には入る。

 悪目立ち、の方だけれど。

「学校側が何も言ってないんだから地毛なんでしょうけど。わたしなんかより、よっぽど目立つと思うけど」

「いやいや、氷乃と一緒にしないでよ。氷乃みたいな美人で目立ってるのとワケ違うんだって」

「……あなた、本当に恥ずかしげもなく私のことを言ってくるわね」

 氷乃はあたしのストレートな物言いにたじろいでいた。

 案外、褒められるのに慣れていないのかもしれない。

 いや、褒めると言うよりは当然の事実を述べているだけだけど。

「それに氷乃は孤高の存在として校内では有名なんだから。誰かといたら、そりゃ目立つって」

「……あなたは、特別だからよ」

「え?」

 あたしの歯に衣を着せぬ発言に感化されたのか。

 氷乃はぽつりとそんな柄にもないことを口にする。

 目線も逸らしている感じが、どうにも彼女らしくない。

「小説のために側にいることを許している存在なんだから。これくらいは当たり前よ」

「あー……そうだよねぇ」

 特別は特別でも、その根幹に根差すのは小説のため、氷乃のためだもんね。

 どこまで利己的なんだか、この人は。

 そりゃ誰かと仲良くなれるわけなもないなと思ったりする。

「そういうあなたの方こそ、どうしていつも一人なの?」

 グサッ。

 氷乃から思いきり鋭利な刃を胸に突き立てられる。

 そんな痛い部分をストレートに突くもんじゃない。

「黙秘権を行使する」

「……」

 氷乃のブレザーのポケットからスマホが出て来る。

「ほら、さっきも話したけど。この髪、派手で悪目立ちするし。話したら話したで大雑把で口調も強いし、癖が強いと思われるんじゃない?」

 なんて虚しい自己分析。

 自ら選んで一人になった少女と、他人から遠ざけられ一人になった少女。

 結果は同じなのに、過程が真逆すぎる。

「それは……見る目のない人が多いのね」

 けれど、氷乃はこれまた変わった感想を述べる。

「見る目、ないのか?」

「ええ、あなたは面白いと思うけど」

「え、えと……」

 これは喜んでいいのか……?

 氷乃のツボをあたしは押さえてるってことか。

 え、マジ?

 氷乃からの評価、あたし高い感じ?

「人のノートの匂い嗅ぐなんて、あなたくらいしか見たことないわ」

「……黙れ」

 近々の黒歴史を掘り起こされた。

 何なら若干バカにされているのかもしれない。

「だから、いいと思うけど」

「もういいって」 

 素直に喜べない。

「そういえば――」

 ぴたり、と氷乃の足が止まる。

 あたしもつられて止めるわけだけど。

 そこは住宅街の十字路で、この前は氷乃とここで別れた。

 氷乃の家はここから右折で、あたしはまだ真っすぐ向かうからだ。

「あなた、今日はまだ時間あるの?」

「あるけど……?」

「そう、ならちょうどいいわ」

 氷乃は、右折する方の道を指差す。

 そこは道が続くばかりで、特別何もないのだけれど。

「私の家に来なさい」

「……なんですって?」

 なんか色々と、階段を踏み越えまくっている気がする。
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