クールすぎて孤高の美少女となったクラスメイトが、あたしをモデルに恋愛小説を書く理由

白藍まこと

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 放課後の図書室。

 そこであたしは氷乃ひのとの時間を共有している。

 だけど、彼女は脇目も振らずにノートに文字をずっと書き連ねていた。

 さっき話した内容をメモしているのか。

 それとも、小説の続きでも書いているのだろうか。

 どっちにしてもあたしはヒマだ。

「氷乃、何してんの?」

「見て分からないの?小説を書いているのよ」

「見ていい?」

 ヒマだから小説読んじゃうぞ?

「勝手に読んだら怒るわよ」

「無茶苦茶じゃん……」

 この状況からして無茶苦茶なのだから当たり前なのかもしれないけれど。

 カリカリとシャープペンがノートの上を走っていく。

「前にも聞いたと思うんだけど、どうして氷乃は小説を書こうと思ったわけ?」

「……」

 その手が止まった。

 顔を上げて、あたしと視線が合う。

 整った顔立ちに真正面で見られると、ちょっと照れるな。

「私は知りたいのよ」

「知りたい?」

 少しだけ間が空く。

「人に対して持つべき感情、かしらね」

「……はあ」

 あたしの返事が不満だったのか、氷乃の眉間が動く。

「なに、何か変?」

 まあ、普通に変だよ。

 怒られそうだから、言わないけど。

「いや……意外だなって」

「意外?」

「氷乃って自分から人を遠ざけると思ってたからさ」

 出会い頭のあたしなんて無視されたわけだし。

 だから人に対しての感情を知りたいと思っているとは想像もしなかった。

「そうね。人を好きになれれば、こういう態度もしなくても済むようになるかもしれないしね」

「……ってことは、将来的に氷乃は皆と仲良くしたいってこと?」

「さあ、それはどうかしら。価値観が変わった私がどう変化していくのか、それを確かめたいだけなのかもね」

「ふーん」

 それは良かったなと、うんうん頷く。

「なによ、随分と力強く頷くじゃない」

「いや、氷乃にはこのままでいて欲しいなと思って」

「……どういう意味?」

「お互い寂しい独り同士じゃん?」

 氷乃は途端に難しい表情を浮かべた。

「あなた、嫌な仲間意識を持つわね」

「でも、事実でしょ?」

「私は自分から他人を避けてるけど、あなたは他人から避けられてるでしょ?本質は全然違うと思うけど」

「それを言うなっ」

 薄々分かっていながら、それは言葉にしないで氷乃とあたしを同じカテゴライズしようとしたんだからっ。

 これ以上、あたしの心を弄ばれても困るから話題を変えることにする。

「それで、どうして人の心を知る手段が小説になるわけ?」

 話題は振り出しに戻っていた。

「他に何があるの?」

 いくらでもあるし、むしろ小説とかいうトリッキーな手段こそないだろ。

「直接、人と話すとか」

「それは無理ね。会話をしたくないもの」

「なんでよ」

「それをあなたに話す必要はないわ」

 やはり、その真意までは教えてくれない。

 そして、あたしはその態度こそ気に入らないわけだが。

 人が構ってくれるのに自分から距離を取るとか、意味わかんないでしょ。

「そもそも小説を書いて、人の気持ちなんて理解できるようになるの?」

「私以外の何かを通すことで理解できるかもしれないと思ってね」

「……そうですか」

 やはり、創作なんていう行為をする人間の思考は、あたしには理解できない世界のようだ。

 しばらくすると氷乃はカリカリとノートに文字を書き続けた。

 あたしはヒマつぶしにと名作と呼ばれるファンタジー小説に目を通しながら、時間を過ごす事にした。






「――終わったわよ」

 氷乃の声が聞こえる。

 暗転していた世界が、その声で呼び覚まされる。

 気付けば机に顔を突っ伏していた。

 どうやら眠ってしまったらしい。

「……あ、ごめん。寝ちゃってた」

 目を擦りながら顔を上げると、氷乃が呆れた表情であたしを見ていた。

「どうしたら開始1ページ目で、そんなに眠れるのかしら」

「……あら」

 持ってきた小説は1ページから先へ一切進んでいなかった。

 理由は、はっきりしている。

「あたし、文字の羅列が苦手なんだよねぇ」

「……その惨状を見ればすぐに伝わったわ」

「なんか文字の大群を見ると眠たくなるっていうか」

「でも、私の小説は眠らなかったのね」

 ああ確かに、と一瞬思ったけれど。

 その理由はすぐに判明する。

「氷乃の小説、文字スカスカで読みやすいから」

「……喧嘩ね、喧嘩を売っているのね?」

 氷乃の眉間に皺が寄っていた。

 まずいまずい。

 こんなことで、あたしの秘密をバラされたりしたら困るぞ。
 
「いやいや、だからこそあたしは文字読んだり書けたりする人ってすごいなって思うけど?」

 あたしは自分の意見などを文章に起こして書くのも苦手だし。

 それを物語として成立させるなんて、絶対にできっこない。

「それだけ聞くと、教育をちゃんと受けられていないようにも聞こえるけど」

「……さすがにそこまでヒドくはないけど」

「そうだと願っているわ」

 どうしよう。

 氷乃の中でのあたしがドンドン低知能な存在に成り下がってしまっている気がする……。

 否定できない所は大いにあるけど、少しくらいは見栄を張りたいものだ。

「さて、それじゃあ帰るわよ」

「あ、はい。お気をつけて」

「……あなた、なにを言っているの」

 氷乃はやっぱり不満げに口を結ぶ。

 あたしの態度の何がおかしかっただろうか?

「ん……?」

「一緒に帰るのよ」

「はい……?」

 氷乃と、あたしが一緒に?

「なによ、変な顔をして」

「いや、頭のネジが吹っ飛んだのかなって」

 いつも一人でお帰りになる氷乃が、どうしてあたしと一緒に帰ろうなどと思うのか。

 意味が分からない。

「変な勘違いをしないでよ。これはあくまで小説のため、人との距離を近づけるためにはこういったところから一緒に行動するべきと思って誘っただけよ」

 なるほど……。

 主人公の気持ちを理解するための行動に過ぎないという事か。

「それを断る権利はあたしにはないからね、お供しますよ」

「……ふん」

 くるくる、と人差し指で髪を巻く氷乃の仕草は初めて見るものだった。

「……?」

 よく分からない人だなぁ。






 氷乃と一緒に学校の外を歩く。

 冷静に考えると、それは初めての経験だ。

 外の空気に晒されていても、氷乃が放つ独特の雰囲気は変わることがない。

 横に並ぶと、背の高い氷乃を少し見上げる形になる。

「なにをジロジロと見ているの」

「いえ、氷乃って背高いなと思って」

 すらっと背が高くて、背筋も伸びている氷乃は目を惹く。

 これで性格が良かったら、友達になりたかったんだけどなぁ……。

「……“デカい”とか言ったら、分かってるわよね?」

 しかし、そんなあたしの感情を読み取ったのか、氷乃から不穏な空気が流れだす。

 さすがにあたしもそこまでデリカシーがない子ではない。

「言わないって。それにあたしは羨ましくて言っるのもあるんだけど」

「……羨ましい?」

「うん、羨ましいね」

「なんのことよ」

「ほら、あたしって人から距離を取られるでしょ?氷乃はそういうのなくていいなって」

 あたしはこの赤い髪の毛のせいで、幼い頃から擦れてしまった子だと思われて常に遠ざけられてきた。

 氷乃のように背が高くて大人びていて、黒髪で落ち着いていたら。

 もっと人から好かれる人間でいれたのかもしれない。

「……私は、あなたの方が羨ましいと思っているけれど」

「はい?氷乃があたしを?」

 なんの冗談、それ。

「……ほら、小さい方が可愛いげがあるじゃない」

 高身長の人には高身長なりのコンプレックスがあるらしい。

 だけど――

「小さいのなんて舐められるだけだって」

 主に男に。

「それはそれでいいと思うけど」

「氷乃みたいにスタイルがいい人の方がいいって」

「そんなことないけれど」

「そうだって」

 繰り返される水掛け論。

 でも氷乃は自分の魅力が分かっていないだけだ。

 誰もが目を奪われる彼女の魅力を、きっと彼女自身が一番理解できていないんだと思う。
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