百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと

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本編

63 文化祭に向けて

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「……はっ」

 目が覚めて、すりすりとお尻をさする。
 痛みが走ったような気がしたが、触ってもどこも痛くない。
 やはり夢の中だけの痛みだったようだ……。
 
「……んー」

「わわっ」

 お隣には羽金はがね先輩が眠っていて、起き上がったあたしの腰元に抱き着いて来ていた。
 不可侵の国境を越えてるよっ!

「……すぅ」

 しかし、羽金先輩は瞼を閉じたまま寝息を立てている。
 どうやら本当に眠っている様で、寝ぼけてしまっているだけみたいだ。

「……それなら仕方ないですけど」

 本人の意思でないのならセーフにしましょう。
 窓に目を向けると、カーテンの隙間からこぼれる光はほんの少し。
 まだ早朝で、羽金先輩が眠っているのは当然だった。

「しかし、なんて綺麗な寝顔なんですか……」

 眠っているのに、お人形さんのように整った表情。
 口が半開きだったりする、あたしとは大違いだ……。
 女子力の差を感じてならない。
 ヒロイン相手だから悔しさも一切ないんだけど。

 こんなお方に好意を抱いてもらっていて、他の子たちもあたしの事を好いてくれている。
 その全員の想いに応えろって柚稀ゆずきは言っていたけど……。

「そんな事できるのかなぁ……」

 改めて不安だ。
 とは言え、それ以外の道もない事も確か。
 何か方法はあるのかと、あたしは頭を捻りながら朝を迎える事となった。



        ◇◇◇



「これから文化祭の準備期間が始まります」

 壇上で司会を進めているのは千冬ちふゆさん。
 ちなみに彼女は我がクラスの学級委員長でもあります。
 生徒会副会長も兼任して、どこまでリーダーシップを発揮するのでしょう。

「ですから私達のクラスの出し物を決めて、役割分担をしていきましょう」

 そして、これは文化祭イベントである。
 ヴェリテ女学院は閉ざされた乙女の花園だが、この文化祭だけは唯一外部の接触を許す期間でもある。
 この学院の名前もかなり有名であるため、生徒の家族や友人、他校の生徒も足を踏み入れる。
 それはそれは盛大なお祭りなのだ。






「……はい、それでは多数決の結果、私達のクラスでの出し物は“演劇”で題目は“ロミオとジュリエット”に決定したいと思います」

 そうそう、ここまではいいんだよね。
 この後がちょっと波乱と言うか……。

「では演劇の全体を総括する舞台監督を先に決めようと思いますが、立候補される方はいますか?」

 手は上がらない。
 クラス全体が演劇を希望をしてはいたが、きっと演じる側だったり見る側として期待している人が多いんだと思う。
 あたしも監督なんてそもそも出来るとは思えないし。

「いらっしゃらないようですので、推薦に移りたいと思います。いきなりで恐縮ですが、私の方から一人推薦したい方がいます」

 “涼風すずかぜさん自ら推薦……?”
 “だ、誰……?”
 と困惑した空気が流れていた。

「ルナ・マリーローズさんを推薦したいと思います」

「……は?」

 一番面を食らっていたのは、頬杖を付きながら窓の外を眺めていたルナ本人だった。
 さすがに指名されたのには驚いたようで、弾かれるように顔を上げていた。

「お願い出来ますか?」

 涼やかな笑顔で促す千冬さんとは対照的に、ルナは忌々しそうな表情を浮かべている。

「お願いされない、そんなのルナ出来ない」

「ですが、貴女以上の適任もいないでしょう」

「……何言ってるの? そんなわけない」

「貴女が演劇の本場 英国でよく観劇されていた事は伺っています。本物を知る貴女こそ現場を指揮するのに最もふさわしい人物だと思いますが」

 その流暢な受け答えに、わなわなと震え出すルナ。

『ルナはただママの趣味に付き合ってただけなのに……。』

 と、裏事情を小声で話してはいるが。
 ルナの素養の高さと、本場の演劇を知っているともなると推したくなるのが自然な流れだった。

「見るのと作るのは別、そんな事も分からないの?」

「ですが見た事がなければ作る事も出来ません。それに素人の私達は完璧を求められている訳でもありません、このクラスの個性を発揮すればそれでいいのです」

 大衆の空気を味方につけたのも相まってか。
 千冬さんの主張が通りそうな空気が生まれつつあった。

「それとも配役をご希望でしたか?」

「そんなのもっとイヤ」

「でしたら譲歩すべきですね。……他に推薦したい方はいらっしゃいますか?」

 手は上がらない。
 千冬さんのプレゼンが全員に響いた結果、ルナにお願いするのが最適解という共通認識が生まれたようだ。

「異論はないようです。お願い出来ますね? ルナ・マリーローズさん」

「……」

 バチバチと二人の視線が絡み合う……。
 な、仲良くしてね……。

「では配役に移りましょう、まずは主役である“ロミオ”を希望される方は?」

 またも手は上がらない。
 ヒロインの子達が個性豊かで前面に出てくるタイプなので忘れがちだが、ヴェリテ女学院の生徒は基本的に大人しい子が多いのだ。

 そして、ここは原作でゆずりは柚稀ゆずきが悪戯をする場面でもある。
 柚稀は嫌がらせとして明璃ちゃんをロミオ役に推薦してしまう。
 だが、ここでヒロインの出番である。
 【涼風千冬すずかぜちふゆ】と【ルナ・マリーローズ】の両者で、好感度の高い方がジュリエット役に立候補するのである。
 ※ルナがジュリエット役に立候補した場合、“舞台監督”を千冬さんに押し付ける形になる。

 ……改めて明璃ちゃんとヒロインの関係性がどうなっているのか、再確認だけでもしておくべきだろう。
 あたしは手を挙げた。

「あの推薦になるんですが、小日向こひなたさんはどうでしょうか?」

「柚稀ちゃんっ!?」

 隣で驚いている明璃ちゃんの声は聞こえないフリをする。
 ごめんよ、一応原作の流れは汲んでおくからね。

「どうですか小日向さん、引き受けて頂けますか?」

「……あ、えっと、分かりました。頑張りますっ」

 案外すんなりと受け入れる明璃ちゃん。
 さて、ここからルナと千冬さんはどう動く?

「それでは、ジュリエット役に立候補される方はいらっしゃいますか?」

『……』

 誰も手を挙げず、声も発しない。
 ……いや、薄々勘づいてたけどね。
 ルナも千冬さんも立候補しないんだろうなって。
 改めて原作が壊れている事を再認識するイベントとなった。

「はいっ! それでは推薦でジュリエットは柚稀ちゃんがいいと思いますっ!」

『――!?』

 そして隣の明璃ちゃんが暴走していたっ!
 なるほど、君はそう動くためにすんなりと受け入れたのね!?

「それは認められないわね」

 即座にノーを突きつけたのは千冬さんだった。

「どうしてですかっ」

ゆずりはは草取りを人一倍頑張るくらい細かい作業を得意としているから、美術が適任よ。配役は有り得ないわ」

 生徒会のボランティア活動をお手伝いした時の話を無理矢理に繋げてるような……。

「というわけで楪は美術係に決定ね」

「そんなっ!?」

 黒板に【美術:楪】と書き足していく千冬さん。
 あたしの意見もまだ聞いてないのに決定されてるんだけど。
 でも原作での楪柚稀も美術係でサボっていたはずだから、いいのか……。

「えっと……そして私も美術に心得があるからこの係がちょうどいいかしら」

 【美術:楪・涼風】
 と書き足されていた。

「配役から決めていたはずなのに、どうして美術を決めているんですかっ!?」

「立候補なんだから仕方ないじゃない、現場では臨機応変な対応が求められるのよ」

「ずるいですっ、それならわたしの意見も聞くべきですっ」

「残念だけれど、全体のバランスを見るのも学級委員長の務めよ。私情を挟まないでもらえるかしら」

 ……多分だけど千冬さんは、あたしと明璃ちゃんが一緒になるのを阻止しようとしてるよね?
 そして千冬さんは、あたしと一緒になるように仕組んでるような……。
 それはそれで私情たっぷりな気が。

「ダメ、スズカゼは美術ではなくナレーションを務めるべき」

 しかし、そこで割って入るのがルナである。
 千冬さんが一瞬だけ表情が歪んだのをあたしは見逃さない。

「……一応、話だけは聞きましょうか」

「スズカゼの声はよく通る、それは生徒会選挙で聴講済み。その長所は舞台で使うべき」

「申し訳ないけれど、基本的には推薦よりも立候補が優先されるわ。だから貴女の意見は通らない」

「この場においてはルナの意見の方が尊重される」

「どういう事かしら?」

 眉間に皺を寄せる千冬さんに対し、ルナは涼しい顔である。
 立場が逆転しつつあった。

「ルナは監督、この演劇においてはルナの意見が尊重される。美術は関わる人数が多いから、ナレーションこそ適材適所が求められる」

「監督は全体の総括であって、命令権を持つわけじゃないわ」

「勿論、でもルナは“このクラスの個性を発揮しようとしている”だけ。それはスズカゼ、あなたの言葉だよ?」

「……ぐっ」

 ルナはその立場だけでなく、千冬さんの言葉すら引用して言いくるめてしまう。
 何という完璧な反撃……タダでは転ばない女。
 返事に窮している千冬さんがその証拠だ。

「そういう事だから、続きを進めてスズカゼ」

「……では、ジュリエット役を希望される方は――」

 結果、千冬さんはルナの意見に従うしかないようだった。



「リアンだけでなく演劇も柚稀ちゃんと一緒になれませんっ」

「ユズキを他の誰かに渡すわけにはいかない」

「……ふんっ」



 そして三者の思惑が絡んだ結果、全員が別々の役割になるのだった。
 あれ、文化祭イベントってこんなだっけ。
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