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53 食後に何を頂きますか
しおりを挟む「……救う? これまた大仰な話だね」
羽金先輩はあたしの話に耳を傾けてくれてはいるが、その発言の意図は掴みかねているようだった。
こんなあたしの事情なんて知る由もないのだから無理もないのだけど。
「あたしは皆に幸せになって欲しいと思ってるだけなんです」
この物語は、ヒロインの心の闇を救済してハッピーエンドで幕を閉じる。
だからこそ、あたしは何としても明璃ちゃんとヒロインを繋ぎたかったのだ。
それを自分自身が邪魔をしていたのなら、尚更あたしが諦めるような事をしてはいけない。
「それは素敵な願いだと思うけど、そんな事が本当に叶うと思うのかい?」
「えっと、話が飛んでいるように聞こえるかもしれないですけど、明璃ちゃんと皆が仲良くなれば可能なはずなんです」
「……話が見えないね?」
さすがの羽金先輩でも、この世界線ではその真意を理解する事は出来ない。
こうして理解を示してくれているだけでも、優しいくらいだ。
それすらも好意の裏返しかと思うと、胸の痛みを覚える。
「明璃ちゃんだけが皆の孤独を救う事が出来るんです、それは彼女にしか出来ない事だから」
ヒロインの皆はまだ明璃ちゃんの事をよく知らないから、その事に気付いていないだけ。
気づけばすぐに彼女に魅了されるはずなのだ。
あたしは物語を知っていて彼女達が好きだからこそ、その幸せを奪うような事をしたくない。
「……この私が孤独だと、言うんだね?」
羽金先輩は明璃ちゃんの事よりも、言及した内容が気になるようだった。
「羽金先輩は何でも出来ますし、周囲からの期待やプレッシャーすら楽しんでるように見えますけ。でも、だからこそ、あなたを理解できる人がいない事を先輩は心寂しく感じているはずです」
羽金麗という大器を、学院の生徒は見上げて崇める事しか出来ない。
彼女が未知を求め、学院の改革を推し進めるのも、その心の渇きを潤す代償行為。
だから飾られ続ける“羽金麗”という花に、彼女自ら水を注いでいくしかないのだ。
だが、その行為すらも飽きる日が来てしまったら、その花は枯れるしかない。
誰かがその花に水を注いで、太陽となってくれる存在を羽金麗は必要としていた。
それを等身大の目線で、初めて彼女自身に触れるのが小日向明璃なのだ。
「……なるほど、それを面と向かって言ってくれたのは君が初めてだね」
羽金先輩は驚いたように目を瞬かせる。
その頬が少しだけ紅潮しているのは、彼女の奥底に隠している物を露わにしてしまったからかもしれない。
「はい、ですから正直に言うと、あたしが明璃ちゃんをリアンに薦めたのはそれが理由なんです」
「……なるほど、最初の理由は建前だったという事だね」
腑に落ちない事はありつつも、あたしの行動の意図には納得したのか羽金先輩は何度か頷く。
最初からこうして全てを打ち明けていれば結末は変わっただろうか?
でも、今だって理解はされていないのに、あのタイミングで言ったところで……とも思ってしまう。
「楪君の言っている事に疑問はあるけれど、その根底には思いやりがある事は伝わって来たよ。善意を感じるものだった」
「な、なら良かったです……」
であれば、事態は好転するだろうか?
「君の言う、私の孤独はそう間違ってはいないのかもね。あまり考えた事はなかったけれど、指摘されて我を振り返るとその側面は確かにあると思う」
「で、ですよね……だから、今こそリアンを明璃ちゃんにですね……」
「でも最大の疑問もそこかな。楪君はどうして君自身をそこまで無視しようとするのかな?」
「……はい?」
すると羽金先輩は改めて手を伸ばしてくる。
その指先はあたしの頬に触れていた。
「その孤独を埋めるのは何も小日向君である必要はないだろう? 私が求めているのは君なのだから」
「え、いや……でも……」
「君は君自身の魅力を分かっていない、それは周囲の子達が思っている事でもあるのを自覚するべきだ」
「いやいや、それはさすがにないかと……」
いくら楪柚稀がネームドキャラと言えど、そこまで過大評価されると尻込みしてしまう。
本音としては、あたしは端っこで物語を見れればもう十分なのだ。
「それなら、私が証明しよう」
「え、羽金せん……ぱああああっ!?」
触れていた指先が離れたかと思えば、その両腕であたしを抱き寄せられていた。
しかも、あたしの体が空に浮いたかと思えば、先輩の両腕と胸の中で揺れている。
お姫様抱っこだった。
「な、ななっ、何をしているんですかっ!?」
「だから証明だよ」
あたしは羽金先輩の腕力を証明して欲しいと頼んだ覚えはない。
というか軽々と人を持ち上げるとか、どれだけモテ要素詰め込めば気が済むんですか。
もっと、弱点を見せるべきですって。
「私にとって君がどれほど魅力的なのか、体で直接表現しようと思ってね」
「……ん?」
なんだろう、すごく爽やかな笑顔を浮かべているけど、言葉が異様に生々しく感じるのは気のせいだろうか。
羽金先輩はあたしを抱えたまま部屋の中を闊歩する。
その安定感と逞しさ……これ絶対惚れるやつじゃん、いや、あたしは、だ、大丈夫だけど……。
ていうか、どこに連れていかれるのだろうか。
「さぁ、着いたよお姫様」
「……え」
ベッドルームだった。
寄宿舎は二人部屋として作られているため、寝室はシングルベッドが二つ用意されている。
……はずなのだが、なぜか羽金先輩の寝室の中央には巨大なベッドが一つだけだった。
「……先輩、ベッド大きいですね」
とりあえず直接的な問題提起は避けて、現状で気になった事を聞いてみる。
「ああ、ごめん。リアンを受け入れるつもりがなかったので学院にお願いしてキングサイズにしてもらっていたんだ。急に君とのリアンを決めてしまったから交換が間に合わなくてね、明日には二つベッドを用意してもらうから」
「……ほーう」
なるほど、さすがは羽金麗。
何もかもスケールが違う。
ともかく、あたしのベッドを用意してくれるのなら明日からは安らかな睡眠がとれそうだね。
「じゃあ、あたしは今日はソファで寝ま……わわっ!」
皆まで言い切れず、あたしは羽金先輩の両腕からベッドに受け止められる。
ふかふかのマットレスの弾力と、先輩の香りに包まれていた。
「何言ってるんだ、そんな事させられないよ。今日はこのベッドで寝るんだよ」
「ええっ、でも先輩をソファに寝かせるわけには……」
「どうしてどちらかがソファの二者択一なんだい、一緒にベッドで寝るんだよ?」
いや、本当は分かってました。
小さな抵抗してみただけです、すみません。
「さぁ……」
――ギシッ
と、羽金先輩が片膝をついてベッドが軋むと、中央に座るあたしとの距離を縮めてくる。
……いや、この展開さ、明らかにえ、エロ……。
ま、ままっ、まさかねっ!
「ちょっと先輩、まだ寝るのには早いんじゃないですかねっ! ゆゆっ、夕方ですよっ!」
「うん、眠るつもりはないよ」
――ギシギシッ
先輩が四つ這いになって数歩近づくと、あたしとの距離はすぐ手の届く所に。
「そ、それじゃあたしは……夕食の準備でも……」
「うん、そうだね」
「うわわっ」
ベッドから出ようとしたが先輩に押し倒されてしまった。
仰向けになると、あたしを見下ろす羽金先輩の顔がすぐそこにあった。
「羽金先輩、言ってる事とやってる事が違うんですがっ」
「違わないよ」
するりと、その声は耳元で囁かれる。
「今日のデザートは君だからね」
……え、あたし食べられちゃうの?
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