上 下
46 / 64

46 空白の居場所

しおりを挟む

「……とほほ」

 こ、困ったな……。
 なぜか千冬ちふゆさんを凄い怒らせてしまった……。
 とは言え、大事な事は聞けたから感謝しないと。
 リアンの承認については羽金はがね先輩が関与している事は分かったのだから。

「となれば羽金先輩に相談しないと」

 だが、まさか大勢の生徒がいる学院の中でリアンの可否についてのお願い事をするわけにはいかない。
 二人になれるような場所に誘えるほど気軽な関係でもないし、時間が経っている内に明璃あかりちゃんが申請して後手に回るのも困る。

「……となればだ」

 善は急げ。
 あたしは寄宿舎の階段を上って行った。






 寄宿舎は三階建てとなっており、その住み分けは非常に簡単。
 一階が一年生、 二階が二年生、 三階が三年生となっている。
 その構造によって、下級生が上の階に行く事はほとんどない。

「……おお」

 同じ建物内で作りも全く一緒なはずのに、どこか雰囲気が違うように感じるのはなぜだろう。
 やはり上級生の品格の高さというか、引き締まった雰囲気を感じる。
 普段あたしがいる空間はどこか陽気で和気あいあいとしている事が対比で分かる。

 まあ、それはいいとして。

「……羽金先輩の部屋ってどこだろう」

 冷静に考えると、部屋が分からなかった。
 廊下を適当に歩いてみるが、それで分かれば苦労はしない。
 しかも先程から度々すれ違う上級生に怪訝そうな視線を集めているので、それが気になって仕方がない。
 アウェイ感がすごいのだ。

「貴女、ちょっといいかしら?」

「え、あ、はいっ」

 通りかかった上級生に声を掛けられる。
 や、やばい。
 挙動不審すぎて怪しまれたか……?

「先日はお世話になったわね」

「……はい?」

 全く身に覚えのない話にあたしは首を傾げる。

「ほら、街頭演説の時のっ」

 声を掛けてきた人の隣の子がまた別に話しかけてくる。
 二人組の上級生って……。 

「……あ、ああっ、あの時のクレームを入れてきた先輩!」

 街頭演説の際に物申してきた上級生の二人組だった。
 ま、まさかこんな所で遭遇するなんてっ。
 ……いや、わりと高確率で有り得るか。
 
 しかし、こんな所で声を掛けてくるという事は、またあたしに文句でもあるのか……!?

「そ、その事なのだけれど……」

「あの時は申し訳なかったわ、反省しているの」

「……え?」

 何と二人は殊勝な態度というか、どこか気まずそうにしながら頭を下げるのだった。
 こ、これはこれで身に覚えがないぞっ。

「いえ、生徒会選挙での貴女と涼風すずかぜさんの演説を聞いて、とても真摯に向き合っている事がよく分かったの」

「それに羽金会長の演説も聞いて我に返ったわ。私達がいかに愚かな行為をしていたか……」

 あ、ああ……なるほど。
 生徒会選挙の時に意見が変わったんだ……やはり千冬さんが当選するだけあって、その効果はこういう所にも出ていたらしい。

「い、いや、大丈夫ですから。あたしはもう全然気にしてませんから」

「本当?」

「許してもらえるかしら?」

「許します、許しますっ」

 上級生二人に謝罪されるなんて落ち着かなくてしょうがない。
 あたし達が真剣だったという事さえ伝わっていれば、それで良かったじゃないか。

「……あ、すいませんっ、ちょっとお願い事をしてもいいですか?」

 そこで妙案が閃いた。 

「あら、どうしたの?」

「羽金先輩の部屋を教えてくれませんか?」

「……羽金会長の?」

 これは渡りに船、せっかく先輩の方から声を掛けて来てくれたのだからこの機会を逃すわけにはいかない。

「いいけれど、どんな御用なの?」

「……え、そ、それは……」

 “リアンの申請を認めないでくれ”なんて言う訳にはいかない。

「……現在の学院の制度に関して改善願いたい部分がありまして、直談判しようかと」

「それは会長のプライベートの時間を使ってまでお願いする事かしら?」

「ええ、生徒会の活動時間に申し上げるべきかと」

 ぐ、ぐぬぬ……。
 正論パンチが二連続。
 し、しかし、生徒会役員の皆様がいる所で言える話じゃないんですねぇっ。

「こ、これは緊急を要するのです。さもないと羽金先輩の未来が危ういんですっ」

「そ、そんなに大事おおごとなの……!?」

 あたしの剣幕に、二人は口に手を当てて驚く。

「で、ですからっ、教えてくださいっ」

「それは分かりましたが……」

「貴女、一体何者なんですか……?」

 フルリスの行く末を司る者……は言い過ぎか、調子に乗りました、ごめんなさい。



        ◇◇◇



 ――コンコン

「どうぞ」

 案内してもらった部屋の扉をノックすると、すぐに返事が返ってきた。
 しかし“どうぞ”とは言われたものの、後輩が来るとは思っていないだろうから、いきなり部屋に上がるのは気が引けるな……。 

「あ、あのーゆずりは柚稀ゆずきですー」

「え、楪君? 珍しいね、入っていいよっ」

 許可が取れたので扉を開ける。

「失礼します……」

 部屋に入ると作業中だったのか、テーブルでノートを広げている羽金先輩がこちらを振り返っていた。
 髪もまとめて眼鏡を掛けていたのだが、そのビジュが新鮮だった。

「ん? 私の顔に何かついているかな?」

「あ、いえ、普段はお見掛けしない姿だったのでつい……」

「ああ、これかい? ふふ、部屋の中くらいは機能性を重視するさ」

「眼鏡も初めて見ました」

「ああ、実は普段コンタクトでね、視力があまり良くないのさ。でもこんな私も知的だろう?」

 眼鏡をくいっと上げて艶やかに微笑む。
 こういうのも絵になりすぎるから困っちゃうなぁ……。

「はい、とても似合っています」

「……おっと、ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、本当に褒められると反応に困るね」

「先輩の容姿だと冗談になりません」

 あと成績も本当に良いから、どこを切り取っても冗談になりようがない人なのだ。

「……ふふ、お世辞でも素直に受け取っておくとしようかな。ほら、座っていいよ?」

 空いている前の席を指され、あたしは言う通りに座らせてもらう。

「それで? まさか私のこの姿を見に来た訳でもないだろう?」

「あ、そうです、ちょっと相談がありまして……」

 危ない危ない。
 羽金先輩の意外な姿に喜んでしまって、本来の目的が一瞬消し飛んでいた。
 
「えっとですね――」

 端的に、明璃あかりちゃんのリアンの件を説明した。






「うん、話は理解したよ」

 こくこくと、羽金先輩は何度か頷く。

「えっと、それではあたしの話を受け入れてくれる方向で……?」

「申し訳ないけど、それは出来ないな」

 きっぱりと断られてしまう。

「この学院でリアン同士で生活をするのは自然な流れだ。人間関係での不和があったなら考慮はするけれど、君たちは仲が良いのだろう? 配慮する理由があまりになさすぎる」

 案の定と言うべきか、当然の事のようにあたしの要望は通らなかった。

「……そう、ですよね」

 しかし、あたしだって馬鹿じゃない。
 こうなる事は想定できた、であれば……。

「あ、あの、代案というのはどうでしょうか……?」

「代案? まぁ、問題なければ聞くけど……」

「羽金先輩もリアンがいませんでしたよね?」

「ああ、私は生徒会長だから皆が配慮してくれていたんだ」

 ヴェリテ女学院では伝統として生徒会長と副会長がリアンの関係を築いてきた。
 その伝統を羽金先輩が拒否していたのを、千冬さんがご立腹されていたのは記憶に新しいのだが……。
 その空席が狙いだった。

「あの、よろしければ羽金先輩が明璃ちゃんとのリアンになってくれませんか?」

「……私が?」

 そして、そのリアンの組み合わせが原作通りのシナリオでもあった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

彼女の浮気現場を目撃した日に学園一の美少女にお持ち帰りされたら修羅場と化しました

マキダ・ノリヤ
恋愛
主人公・旭岡新世は、部活帰りに彼女の椎名莉愛が浮気している現場を目撃してしまう。 莉愛に別れを告げた新世は、その足で数合わせの為に急遽合コンに参加する。 合コン会場には、学園一の美少女と名高い、双葉怜奈がいて──?

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

ねんごろ
恋愛
 主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。  その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……  毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。 ※他サイトで連載していた作品です

幼馴染のわたしはモブでいたいのに、なぜかヒロインの恋愛対象になっている。

白藍まこと
恋愛
目を覚ますとわたしは恋愛ゲームの世界にいた。 幼馴染ヒロイン、雨月涼奈として。 そして目の前に現れたのは無気力系の甘えん坊主人公。 ……正直、苦手。 恋愛経験なんて皆無だけれど、攻略されるのはちょっと困る。 そうだ、それなら攻略されないようフラグを折り続け、モブへ降格してしまえばいい。 主人公と付き合うのは他の女の子に任せて……って、ヒロインさん? なんか近くない?肌当たってるし、息遣いまで聞こえるし。 あの……恋愛対象、わたしじゃないからね? ※第11回ネット小説大賞 コミックシナリオ賞を受賞しました。 ※他サイトでも掲載中です。

大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について

ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに…… しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。 NTRは始まりでしか、なかったのだ……

男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?

かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。 主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。 ここでの男女比は狂っている。 そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。 この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。 投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。 必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。 1話約3000文字以上くらいで書いています。 誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。

処理中です...