上 下
36 / 64

36 同じだからこそ

しおりを挟む

「はい、それでは以上になります」

 採寸とは、こんなにも体力と精神力を摩耗するものだったろうか……。
 とにかく服を着てようやく恥部を晒さずに済むと、ルナはなぜか残念そうに息を吐いていた。

「ありがとう、完成したら学院の寄宿舎宛てに送ってもらう事は出来る?」

「かしこまりました、手配させて頂きます」

 とか思っている間にルナがさらさらと手続きを進める。

「よし終わったよ、次はどうするユズキ?」

「え、あ、その前にお金は……?」

 まさかこんなブランドの洋服が無料なわけもなく、後払いって事でもないよね?

「あ、大丈夫だよ。ママがプレゼントしてくれるって」

「……ん?」

 英国の大物があたしにプレゼント?
 どうしてか背中にぞわりと緊張が走る。

「いや、それは申し訳ないよ。あたしが払うよ」

「……でも値段は、生徒が払うには高いと思うよ?」

「大丈夫、頑張って払うから」

「ママがプレゼントしてくれるって言ってたんだよ?」

 それが怖い。
 ただでさえ大物なのに、そこでプレゼントなんてもらったら絶対服従の関係性が出来上がってしまう気がする。
 それにマリーローズ家と比べてしまえばちっぽけな存在ではあるけど、こちらもヴェリテ女学院に通う令嬢である。
 多少の蓄えくらいはあるはず……。

「お値段、教えてもらえる?」

「こちらになります」

 タブレットに表示されている数値を見させてもらう。

「……?」

 思わず硬直。
 あたしは洋服を買いに来たのであって、決して自動車を買いに来たわけではない……。
 それくらいの価格帯という事を察して欲しい。

「ね、だから無理しないで」

「いや、逆にこの値段を買ってもらうってどうなの……」

「ママ本人が“ルナの友達には是非プレゼントさせて頂きたいわ”って言ってたから。大丈夫だよ?」

 そうだよねぇー。
 アンナ様のプレゼントだもんなぁー。
 それは断れないなぁー。
 でも同時に怖いなぁー。

「ね、いいよね? ね?」

「……これは貸してもらうだけ、出世払いで必ず返すからっ」

 こんな所で思わぬ負債を抱え込んでしまったけど、必ず返して見せるっ。
 益々、追放ルートなんていう将来の目を摘む行為は絶対出来ないと心に誓った。






「思ったよりも時間経った、ご飯にする?」

「あ、そうだね」

 お店を出るとお日様が煌々と輝いている。
 お昼時だった。

「何か食べたい物ある?」

「食べたい物……」

 うん、何でも食べたいな。

「じゃあルナの行きつけを……」

「いや、それは別の機会にしよう」

「え?」

 ルナに任せると超高級レストランにフルコースの料理が並びそうだ。
 そんな礼儀作法を習得していないあたしにとっては羞恥の場になってしまう。

「次はあたしが案内するよっ」

「……そう?」

「うん、ルナばっかりに頼るのも申し訳ないしさ」

「ユズキがそう言うなら、お願いしようかな」

「でもルナが行くようなお店よりは庶民的になるかもしれないけど……」

 その不安はある。
 しかし、ルナはふるふると頭を振った。

「ユズキが連れて行ってくれる所なら、どこだって気に入るよ」

「……」

「ユズキ?」

 何だこの子はっ。
 性格よすぎないかっ。






「……じゃあここにしよう」

 結局フルリスのお店事情を知らないあたしは無難にファミレスと思われるお店に入ることにした。
 これならある程度どこ行ってもマニュアル化されているし、困ることは無いだろう。

「いらっしゃいませー……何名様……ですか?」

 店員さんが一瞬口ごもったのは後ろにいる英国令嬢の神々しさに驚いたからだろう。
 気持ちは分かる。
 でも、ルナの前に立ってるあたしの事も見てくれ。

「2人です」

「かしこまりました。ご案内しますね」

 窓際のソファ席にルナと対面になって腰を据える。

「メニューお決まりになりましたら、そちらのタッチパネルで注文して下さい」

 そう案内されて、店員さんが去っていく。

「ふっふっふ……」

「どうしたのユズキ、怖い笑い方してる」

 ここからはあたしのテリトリー。
 今日はずっとルナのペースに持って行かれたけど、ようやくあたしのペースで落ち着けそうだ。

「いや、何でもない。ルナは食べたい物ある?」

「ユズキはどういう物が好きなの?」

「え、あたし? あたしかぁ……」

 タッチパネルをスライドさせてメニューに目を通す。

「ハンバーグランチにしようかな」

「ハンバーグが好きなの?」

「あ、うん、そうだね」

 基本何でも好きだけどね。
 特にお肉系は好きかも。

「そうなんだ」

 ルナは嬉しそうに微笑む。

「……何でそんな笑ってるの?」

 特に面白い事を言った覚えはないのだけど。

「ユズキの事をまた一つ知れたから」

「……そ、そうなんだ」

 いつもだけど、ルナは真っすぐに思った事を伝えてくるからたまにどんな反応をしていいか分からなくなる。
 あたしに対する知識が増えたって、何もいい事はないはずなのに。

「あたしの事知っても役に立たないよ?」

「そんな事ない、ユズキの事を知るのはルナにとっていいこと」

「いやいや、もっと知って意味がある人が他にいるでしょう」

 あなたの後ろの席の主人公とか……さ。

「ううん、ルナにとってはユズキを知る事に意味あるよ」

 アイスブルーの瞳は真っすぐにあたしの瞳を捉える。

「あたしみたいな半端者じゃ、説得力に欠けるよ」

 悪女にもなりきれず、モブにもなりきれない半端者。
 それが今のあたしだ。
 何者にも成れないあたしを見る事に何の意味があるのだろう。

「ユズキは半端者なんかじゃないよ」

「いやいや……誰がどう見てもそうでしょ」

「それを言うなら、ルナの方が中途半端。このヴェリテ女学院居場所に馴染めなくてずっと一人の半端者」

「……えっと」

 自嘲するような笑みを口元に浮かべて、ルナが目を伏せる。
 顔は笑いながらも、心が笑っていないと直感した。

「ルナが周りから特別視されてるのは知ってる、でもルナはそれを言い訳に馴染めないのを他人のせいにしてるんだと思う。そうすれば、一人でいるのはルナのせいじゃなくて他の誰かのせいに出来るから」

「……誰だって、あの状況ならそうなるよ」

 異国の地で一人、遠ざけられるのだ。
 むしろその中でも学院に居続けて、自分の力を証明しているルナの方がよっぽどすごいと思う。

「でも、ユズキはそんな言い訳しないでしょ?」

「……あたしは別に言い訳するような事もないし」

「他人から遠ざけられても、自分から行動して周囲の評価を覆した。だから今、ユズキの周りには人が集まってるんだと思う」

「身から出たさびだよ、ルナとは違う」

 あたしの孤独は楪柚稀の過去の悪行によるものだ。
 自業自得だし、その評価を覆したから偉いなんてのはマッチポンプでしかない。
 何の落ち度もないのに遠ざけられたルナと、楪柚稀では似て非なるものだ。

「一人で動き出す事がどれだけの不安に襲われるのか、人の視線がいかに冷たい無機質なものに変わるのか……ルナには分かるよ」

 それはルナ・マリーローズが、ヴェリテ女学院で感じてきた素直な思いだろう。
 一人孤独に浸った銀髪の少女は、孤独に飽き、触れ合いを求めていたのだから。

「……あたしは馬鹿だから、そういうの分かんないだけ」

「相変わらずジョークが下手だね、ユズキは」

 ふふっと笑いながら、伏せていたルナの双眸がこちらを向く。

「孤独を知らない人が、孤独な人を助ける事は出来ないんだよ?」

 さっきまでの冷たい空気は鳴りを潜め、柔らかな眼差しが向けられていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3年振りに帰ってきた地元で幼馴染が女の子とエッチしていた

ねんごろ
恋愛
3年ぶりに帰ってきた地元は、何かが違っていた。 俺が変わったのか…… 地元が変わったのか…… 主人公は倒錯した日常を過ごすことになる。 ※他Web小説サイトで連載していた作品です

彼女の浮気現場を目撃した日に学園一の美少女にお持ち帰りされたら修羅場と化しました

マキダ・ノリヤ
恋愛
主人公・旭岡新世は、部活帰りに彼女の椎名莉愛が浮気している現場を目撃してしまう。 莉愛に別れを告げた新世は、その足で数合わせの為に急遽合コンに参加する。 合コン会場には、学園一の美少女と名高い、双葉怜奈がいて──?

お兄ちゃんが私にぐいぐいエッチな事を迫って来て困るんですけど!?

さいとう みさき
恋愛
私は琴吹(ことぶき)、高校生一年生。 私には再婚して血の繋がらない 二つ年上の兄がいる。 見た目は、まあ正直、好みなんだけど…… 「好きな人が出来た! すまんが琴吹、練習台になってくれ!!」 そう言ってお兄ちゃんは私に協力を要請するのだけど、何処で仕入れた知識だかエッチな事ばかりしてこようとする。 「お兄ちゃんのばかぁっ! 女の子にいきなりそんな事しちゃダメだってばッ!!」 はぁ、見た目は好みなのにこのバカ兄は目的の為に偏った知識で女の子に接して来ようとする。 こんなんじゃ絶対にフラれる! 仕方ない、この私がお兄ちゃんを教育してやろーじゃないの! 実はお兄ちゃん好きな義妹が奮闘する物語です。 

彼氏の前でどんどんスカートがめくれていく

ヘロディア
恋愛
初めて彼氏をデートに誘った主人公。衣装もバッチリ、メイクもバッチリとしたところだったが、彼女を屈辱的な出来事が襲うー

俺のセフレが義妹になった。そのあと毎日めちゃくちゃシた。

ねんごろ
恋愛
 主人公のセフレがどういうわけか義妹になって家にやってきた。  その日を境に彼らの関係性はより深く親密になっていって……  毎日にエロがある、そんな時間を二人は過ごしていく。 ※他サイトで連載していた作品です

大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について

ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに…… しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。 NTRは始まりでしか、なかったのだ……

幼馴染のわたしはモブでいたいのに、なぜかヒロインの恋愛対象になっている。

白藍まこと
恋愛
目を覚ますとわたしは恋愛ゲームの世界にいた。 幼馴染ヒロイン、雨月涼奈として。 そして目の前に現れたのは無気力系の甘えん坊主人公。 ……正直、苦手。 恋愛経験なんて皆無だけれど、攻略されるのはちょっと困る。 そうだ、それなら攻略されないようフラグを折り続け、モブへ降格してしまえばいい。 主人公と付き合うのは他の女の子に任せて……って、ヒロインさん? なんか近くない?肌当たってるし、息遣いまで聞こえるし。 あの……恋愛対象、わたしじゃないからね? ※第11回ネット小説大賞 コミックシナリオ賞を受賞しました。 ※他サイトでも掲載中です。

男がほとんどいない世界に転生したんですけど…………どうすればいいですか?

かえるの歌🐸
恋愛
部活帰りに事故で死んでしまった主人公。 主人公は神様に転生させてもらうことになった。そして転生してみたらなんとそこは男が1度は想像したことがあるだろう圧倒的ハーレムな世界だった。 ここでの男女比は狂っている。 そんなおかしな世界で主人公は部活のやりすぎでしていなかった青春をこの世界でしていこうと決意する。次々に現れるヒロイン達や怪しい人、頭のおかしい人など色んな人達に主人公は振り回させながらも純粋に恋を楽しんだり、学校生活を楽しんでいく。 この話はその転生した世界で主人公がどう生きていくかのお話です。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この作品はカクヨムや小説家になろうで連載している物の改訂版です。 投稿は書き終わったらすぐに投稿するので不定期です。 必ず1週間に1回は投稿したいとは思ってはいます。 1話約3000文字以上くらいで書いています。 誤字脱字や表現が子供っぽいことが多々あると思います。それでも良ければ読んでくださるとありがたいです。

処理中です...