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33 センスに自信がないのでマネキン買い
しおりを挟む「……まいったな」
今日は休日、つまりルナとの約束の日だ。
あたしは今、そのお出掛けを前に着替えようとクローゼットを開けて溜め息を吐いた。
当然だがそこにある衣服は転生前の楪柚稀の物だ。
「なんでスカートばっかりなんだ……」
しかも、短い。
パンツが見当たらない。
あたしは必ず足を出す痴女だったのか。
トップスも胸がざっくりと開いていたり、カラフルな色合いにも富んでいる。
「着たくないんだけど」
あたしの休日は部屋でゴロゴロ、外に出ないのを徹底していたので楪柚希の私服がここまで派手で素肌を晒すのを好む物だと知らなかった。
とてもヴェリテ女学院で淑女を目指す少女の服装だとは思えない。
いや、悪女なのだからこれで正解なのか……。
それにしてもこれは頂けない。
せめて一セットくらいはパンツなりロングスカートなりが欲しかった。
「……行きたくなくなってきた」
こんな格好で外をうろつくとか、耐えられそうにない。
本来のあたしはこんな服装をするような人間ではなかった。
そもそも私服でスカートなんて、まだ幼少の頃くらいしかまともに履いた記憶がない。
ここに来て、こんな辱めを受けるとは想像もしていなかった。
「休むか」
申し訳ないが、ルナにお断りさせてもらって……
――コンコン
ドアのノック音が響く。
「ユズキ、迎えに来たよ」
「あ、ルナちょうどいい所に」
扉越しで断ろうか。
「ママにお願いして、学院の外に車を用意させた。準備出来たら行こうね」
――アンナ・マリーローズ
それはルナの母の名前であり、英国大手企業を束ねるコングロマリット、その企業の会長を務めている人物でもある。
そんなお方が用意してくれた物を、島国ジャパンの一女子生徒がお断りする?
……なぜか、命の危険を感じるのはあたしだけだろうか?
「お、おほほほっ、今行きますわよっ」
「なんで変な喋り方?」
海を越えたプレッシャーで変なテンションになってしまった。
ええい、英国企業のボスに反抗するのに比べたら、あたしの羞恥心など紙切れ以下のはずだっ。
◇◇◇
学院の敷地は広い。
寄宿舎を出ても、この土地の外に出るには舗装された林道を10分程度は歩かないといけない。
早朝の爽やかな風を肌で感じながら、ルナと隣同士で歩く。
……までは良かったのだけど。
「ふふっ」
「……あの、ルナ?」
「なに、ユズキ」
「……視線を感じるんだけど」
「見てるからね」
「見ないで欲しいなっ」
ルナには私服姿をどう足掻いても見られるから仕方ないと覚悟を決めていたが、こんなにもジロジロと見られるのはさすがに落ち着かない。
「私服のユズキ、初めて見た」
あたしもだよっ、と言うと変な会話になるので言わないでおくが。
「ルナに比べたらみすぼらしい体型で恥ずかしい限りだよっ」
楪柚稀は良く言えばスレンダー、悪く言えばぺったんこである。
体の起伏に富んでいるヒロインと比べると、随分と刺激は少ない。
ちなみにコーデとしては、黒のタイトスカート(出来るだけ長いの選んでも膝上)に白のトップス、シースルーの黒のカーディガンを羽織り、ブーツを履いている。
“まずい、ルナが待ってる!”
と焦って支度を急いだ結果、ネックレスなりブレスレットを無意識化で付けだしたのは楪柚稀の過去の習性だろう。
モノトーンにしたはずなのに、結局目立つ装いになってしまっている。
「可愛いよ」
「あたしは恥ずかしいんだよっ」
お願いだからそんな真っすぐあたしを見ないでちょうだいっ。
素足が出ているせいで、体を見られる羞恥心が倍増してくる。
「……というか、そういうルナの方こそ綺麗じゃん」
ルナは品に溢れている上質な白のブラウスに、ネイビーのロングスカートに黒のパンプスを合わせていた。
トップスをインしているので、ただでさえ腰位置が高いのに更にスタイルの良さが際立ってしまっている。
ショルダーバッグは恐らくハイブランドの物で、ロゴがきらりしている。
高校生で既にハイブランドを身に着けてる……やはりお嬢様なんだなと改めて痛感。
「やめて、褒められたらどうしたらいいか分からなくなる」
ぽっと両手で自分の頬を挟んで顔を赤らめるルナ。
「あたしもその気持ちなんだよっ」
「通じ合ってるってこと?」
「そういう事じゃないっ」
「ユズキはたまに難しい事を言う」
「あたしがおかしいのか? 結構普通な事を言ってすれ違ってる気がするっ」
とにかくルナから醸し出されている雰囲気は清楚そのものだった。
ロングスカートから覗いて見える足首も細くて美しい。
これがあたしの求めている品の良さだった。
「いいなぁ、あたしもそういう恰好がいい」
楪柚稀と違ってルナの肌の露出面積は非常に狭い。
洋服そのものの質の高さと、着ている本人の品の良さが相乗効果となって美を体現している。
あたしもこういう清楚さを身に着けたいものである。
楪柚稀はギャルっぽくて、あたしには落ち着かない。
「本当? ユズキも同じ服買う?」
「え……それはさすがにハードル高いと思うんだけど……そもそも売ってないでしょ?」
「ううん、大丈夫だと思う」
「あ、そうなんだ……」
“在庫ないでしょ作戦”で断ろうと思ったけど普通にあるらしい。
「いいよ、ユズキの服を買いに行こう」
「や、でもルナと同じのは……」
「他に着たい服でもあるの?」
「……いやぁ」
そう言われると困る。
あたしは前世ではネットでバズっているコーデをそのまま注文して着ていた人間である。
フルリスの世界におけるブランドはよく分からないし、ネット世界でしか注文していないあたしはリアル店舗ではどうしていいか分からないのだ。
正直、ルナにお任せするのは安心ではあるのだが……。
そこまで頼るのは申し訳ないなと思ったりもする。
「いいよ、双子コーデしよう」
「そう言われると抵抗感あるねっ」
「恥ずかしいなら、同じタイミングで着なければいいだけだよ?」
「いや、まあ……そうだけど」
それだけで安牌な洋服を揃えられるのであればアリな気がしてきた。
「ルナは一緒に着てもいいけどね?」
「あたしはよくないっ」
「照れ屋さんなユズキ」
「確実に恥はかくからねっ」
ルナと同じ洋服を着たら高低差がありすぎて“格差コーデ”になる未来しか見えない。
「あはは、楽しみになってきた。行こうユズキ」
「わわ、急にだなっ」
ルナがあたしの手を取って駆け足気味になる。
ふわりと舞うロングスカートと風になびく銀髪がきらめいた。
「まずはルナの行きつけのお店に行先が決まったね」
「……それ、いつ買ったの?」
「覚えてないけど、少し前かな」
「じゃあ、ない可能性もあるよね?」
「きっと大丈夫だよ」
やけに自信あるなぁ、と思っているとルナが笑顔で振り向いた。
「これ仕立服だから」
「……ん?」
オートクチュールとは個人に合わせて作る世界で唯一の特注服。
つまりは超高級な洋服というわけだ。
「あの、やっぱりしま●ら的な所で……」
「さぁ、行くよユズキ」
「あははは、話を聞かないよねぇー」
まずったぁ……。
お嬢様の感覚に合わせていけないあたしのミスだね!
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