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32 申請結果

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「却下します」

 提出していた“外出届け”は、その事務的な声と共に机に叩きつけられた。
 冷ややかな目線で腕を組みつつ、あたしを見下ろしているのは千冬ちふゆさんです。

「……えっと、却下とは?」

「言葉の通りよ、貴女達の外出は認められません」

「なんとっ」

 ちなみに外出許可は二重チェックとなっており、【生徒会→教員】の流れで認可が下りるようになっている。
 千冬さんが返しに来たという事は生徒会の時点で却下されたという事だねっ!

「スズカゼ、ジョークになっていない」

 同じように外出届けを返却されていたルナは当然の如く、怒りを露わにしていた。
 その目つきは明らかに抗議の意を示している。

「冗談ではないわ、生徒会が正式に貴方達の要請を否認したのよ」

「何も問題はないはず」

「問題なのはその目的よ」

「規定には違反していない」

「二人で同日・同時間に外出申請されている事が引っかかるわ」

 千冬さんはルナとあたしを交互に見やる。
 その目つきは非難めいたものを感じる。

「貴女達……ただ街に出て遊ぶつもりじゃない?」

 ――ギクッ

 と、図星すぎて思わず視線を千冬さんから避ける。
 ルナを見てみると、同じように目が泳いでいた。
 あたしもルナも分かりやすすぎる。

「……な、なんのこと」

 ルナはせめてもの抵抗で一応の素知らぬふりをする。
 バレバレ感は否めない。

「貴女達の関係を知っているのだから、疑って当然でしょ?」

「疑いだけで認めないなんて横暴」

 でもルナが言わんとする事は分かる。
 今まで暗黙の了解で良しとされてきたのだ。
 それを突然却下されるのは、少し違和感はある。

「これがまかり通るなら他の生徒達も却下されないとおかしい、でもその様子はない」

 それは確かにそうだ。
 他の生徒も同じ形で申請は通っている、あくまで疑いでしかないのなら他の生徒も却下されないとおかしい。

「何が言いたいのかしら」

「スズカゼの私情を感じる」

「ふん、冗談も休み休みに言うべきね」

「ユズキでしょ?」

「……ん、うん?」

 急に声が上擦り、組んでいた腕の指先がピンと跳ねる。
 千冬さんも千冬さんで、何かを図星を突かれたような反応に見える。

「ユズキに置いて行かれて、お出掛けされるのが寂しいんでしょ?」

「な、何を言っているのかしら」

「生徒会役員になると軽はずみな行動はもう出来ないから、羨んでいるとしか思えない」

「……そ、そんな事はないわっ」

 あれ、一瞬にして立場は逆転。
 急に千冬さんが狼狽えていた。

「千冬さん、そうだったの?」

「ち、違うわよっ! 誰がそんな感情で生徒会の仕事を私物化するものですかっ!」

 かっと声を荒げる千冬さん。
 さっきまで冷徹な声音だったのに、急なこの反応の変化はさすがに違和感が残る。

「今まさに私情で動いてる副会長がいる」

「だから違うと言ってるでしょうにっ」

「スズカゼは陰湿、ユズキと一緒の時間を過ごしたいのなら堂々と自分から誘えばいい」

「別にそんな事一切思ってないわよっ」

 ――グサッ

 一応、あたしと千冬さんは共に選挙を戦った仲間……だと思っていた。
 それが“一緒の時間を過ごしたくはない”、と否定されるほどの関係性だったと面を向かって言われるのはちょっと傷つく。

「そ、そうだよね……千冬さんはあたしなんかと一緒にいたくないよね……責任者の件でうんざりしたんだよね」

 確かにあたしは問題だらけだった。
 そんなあたしと一緒にいたいと思う人が異常なのだ。
 思い出せ、あたしは悪女のゆずりは柚稀ゆずきなのだ……。

「え、ちょっ、ちがっ、楪っ。私は貴女を否定しているわけではなくて」

「あ、あはは……そうだよね……考えすぎだよね……」

「絶対分かってないわよねっ、誰でも分かる愛想笑いになっているわよっ」

「いいの、あたしが遠ざけられるのはいつもの事だから気にしないで」

「だから、そうじゃなくてっ……!」

 頭を掻きむしり始める千冬さん。
 綺麗な黒髪が跳ねて、荒々しく揺れていく。

「私が楪の事を遠ざけているわけがないじゃないっ、そんな人と生徒会選挙を戦い抜けれると思うのかしらっ」

「……そ、そう?」

「ええ、決して貴女を否定する意図はないから、誤解しないでっ」

 よ、良かった……。
 実は嫌われていましたとか、普通に傷つくからね。
 もうこれは追放うんぬん関係なしに。

「……スズカゼ、必死だね」

「はっ」

 その様子を傍観していたルナがぼそっと呟く。

「ここまでユズキに感情を剝き出しにして、公平性に欠ける判断……スズカゼはまだ私情を挟んでないと言えるの?」

「……っ」

 押し黙ってしまう千冬さん。
 でも確かに、あたしに対してどうかとは別として。
 公平性に欠けてしまうのは望ましくはない。
 千冬さんがそんな事をするとは思えないのだが……。

「どちらにしても、この申請は却下なのよっ」

「最低……そんな力づくが通るわけがない」

 千冬さんの力押しはさすがに無理がある。
 他の生徒は良くて、あたし達が駄目と言うのならそれ相応の理由が必要だ。

「これよ、これっ」

 すると千冬さんが机の上に置いた外出届けを指差す。
 指し示しているのは“本人印”の欄だった。

「二人とも印鑑を押し忘れているのよ、これでは書類として不備があるから受理できないわっ」

「「……なるほど」」

 あたしとルナは同時に頷く。
 そしてやはり千冬さんは侮れない、本当に不備がある部分は最初に提示せず、疑っている部分を探りに来ていたとは……。

「つまり、ハンコを押せば認めるのねスズカゼ?」

「ええ、好きにしなさい。ただ、“届け出理由”は守りなさいよっ」

 【届け出理由:生活用品の買い出し】

「うん、守るよ」

「急に聞き分けが良すぎて嘘くさいのよっ」

 ルナに口惜しそうにする千冬さんだったが、これ以上はどうする事も出来ないと諦めたようだった。

「ふふっ」

 するとルナはあたしにだけ見えるように片目でウィンクをしてくる。

「……あはは」

 あたしはそれにどう返したらいいか分からず、愛想笑いで返すのだった。
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