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26 本番直前
しおりを挟む「ついに生徒会選挙、かぁ……」
この日がやって来た。
生徒全員が集まるために講堂へと移動する。
一歩踏み出す度に、あたしの心臓は跳ね上がるようだった。
「大丈夫、ユズキ? 顔色悪いよ」
すると隣に寄り沿って顔色を覗き込んできたのはルナだった。
「あ、うん。ちょっと緊張してるだけだから」
「そうなんだ、それは心配だね。じゃあ保健室に行こうか?」
「え?」
ぐいっと腕を引っ張られる。
ルナさん、話し聞いてます?
「体調不良でユズキが倒れたら心配、その前に診てもらわないと」
「いや、ルナ大丈夫だから。昨日ちょっと夜寝れなかっただけだからっ」
「皆そうやって油断して体を壊すの」
「そ、それはそうなんだけどっ……」
それにしたってルナ、強引すぎじゃない?
何だってそんな力づくであたしを保健室に連れて行こうとするのか。
「勝手は止めなさいルナ・マリーローズ」
すると間を切り裂くように手刀が下りる。
ルナから開放させてくれたのは千冬さんだった。
「……スズカゼ、邪魔しないで」
「邪魔しているのは貴女でしょうに」
「ユズキが体調不良を起こしたらどうするの?」
「彼女が大丈夫だと言っているじゃない」
千冬さんがあたしに目配せをする。
“ちゃんと自分の口からも言いなさい”と、そう諭されているのが分かった。
「だ、大丈夫だよ、ルナ。慣れない事してるから確かにちょっとふわふわはしてるけど。こういうのは経験して慣れるしかないからね」
「ユズキ……」
そこまで言ってようやく理解してくれたのか、ルナは口をわずかに引き結びつつも、こくりと頷いた。
「分かった。無理だけはしないでね、応援してるから」
「うん、ありがとう」
そうしてルナはあたしに笑顔を浮かべつつ、千冬さんに向き直ると無表情に変わる。
変わり身早くて怖い。
「ここまでユズキが頑張ってくれてるんだから、落選なんてしないで」
「最初からそのつもりよ。でもそこまで言う貴女は、私に投票してくれるのかしら?」
「……スズカゼのためじゃなくて、ユズキが報われるために、ね」
「私からすれば如何なる理由であろうと清き一票に変わりはないわ」
お、おおう……?
これは仲が深まっているのか、やはり敵対関係なのかどっちなんだ……?
でも、悪い展開ではない気がするっ。
「ルナはとにかくユズキが解放されるならそれでいい」
「そうでしょうね。だからあくまで投票は公平な判断でお願いしたいわ、クラスメイトの身内票で当選したと思われても不本意だもの」
「……ルナは投票するって言ってるのに、素直じゃない」
「素直に私に投票しない貴女に言われたくないわ」
そうして二人はふんと鼻を鳴らして、それ以上言葉を交わすことなく歩き出す。
うーん。
実は仲が良いようにも見えるし、やっぱり悪いようにも見えるし。
どっちなのか……判断はつかない。
「涼風さん、わたしは同じクラスとして応援してますので投票しますから! 頑張ってくださいねっ!」
すると明璃ちゃんが千冬さんに話しかけ、その天真爛漫オーラを注入していた。
「ええ、お願いね」
え、明璃ちゃんだと素直に受け取るんだ……?
さっきのルナに対する“公平な判断”はどこに……?
「あ! でもあまり考えたくないですけど、他の候補者さんの演説内容が良かったら迷ってしまうかもしれません……」
それこそ、千冬さんが言っていた公平な判断なのだろうが……。
「その時は貴女を裏切り者と呼ばせてもらうわ」
「ええっ!?」
「冗談よ」
「……び、ビックリしました」
「呼びはしないわ、心の中で思うだけ」
「その反応の方がリアルで怖いですっ」
……こ、これは本当にどっちなんだ。
反応はルナと明璃ちゃんとで違うが、どちらに心を開いていると言われるかと判断がつきづらい。
普通に考えれば主人公である明璃ちゃんに心を開くはずなんだけど、裏切り者呼ばわりなんてしないしなぁ……。
「何をしているの楪、早く行きましょう」
「あ、う、うん」
そうして千冬さんはあたしの手を引いて、講堂へと向かう。
……まあ、この反応からして一番心を開いてくれてるのはあたしなんだよなぁ。
◇◇◇
候補者と責任者は講堂のステージ近くの端で着席して待機となる。
生徒会選挙演説は始まっており、次々と演説が行われていく。
あたし達の番も、もうすぐである。
「人、人、人、人、人……」
――シュシュシュシュ
と手の平の中に何度も書き込んで飲むが、緊張感は少しも薄れない。
「貴女、怖いわよ……化け物じゃないんだから人を連呼しないで」
隣に座る千冬さんがあたしを可哀想な物を見る目で見ていた。
「いや、あたしがこんな事しても効果がないのは分かってるんだけどさ。でも何もしないのも落ち着かないと言うか……」
「……せめて黙ってやりなさいよ」
「ごめん、無意識で」
「……貧乏ゆすりと大差ないレベルで反応に困るわね」
そ、そんなに迷惑掛けてたかな……?
ごめんなさい。
「大丈夫よ」
すると、あたしの手を千冬さんの両手が包み込んでいた。
「え、ええっ」
寄り添ってくれた肩が近くて、触れている手の中はいつもの千冬さんから想像できないくらいに温かい。
こ、これは……!
ゲームでは絶対に味わえないリアル体験だっ。
「貴女がやってきた事は必ず身を結ぶわ」
「そ、そうかな……」
やれる事はやったつもりだけど、それでも自信があるかと問われたらそんな事は一切ない。
楪柚稀の悪評がどこまで払拭出来て、千冬さんの当選に貢献できるのか?
この場に来るとその不安は増してくる一方だった。
「貴女の努力は本物よ、だからルナ・マリーローズも小日向明璃も手を貸してくれたのでしょう」
「いや、それはあの子たちの人柄がいいだけで……」
悪女を退く力が主要キャラにはあるのでしょう。
「いいえ、偽物に人は集まってこない。貴女のその行いが本物だからこそ、人が手を差し伸べてくれるのよ」
あたしの目を見つめたまま力強く断言してくれる。
な、何というか……そんなに真っすぐな信頼を託された事がなくて、嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げてくる。
「ち、千冬さん……ど、どうしたの。いつもあたしの事なんて褒めてこないのに」
「えっ、いや、だって……貴女があまりに自信のなさそうな表情をしているから、つい……」
そのいつもの自分のテンションの差に千冬さんも気が付いたのか、少し戸惑いながら言葉を詰まらせる。
「私は最後まで逃げ出さなかった貴女を信用している、それが報われないはずがないもの」
「あ、ありがとう……でもごめん、本番前にこんな情けない弱音吐いちゃって」
強い意気込みで臨むであろう千冬さんからすれば、雑音にしかならなかったはずだ。
責任者として失格の振る舞いだ。
「いいのよ、弱い姿を見せたのは私も同じ。ただ、壇上では凛々しい楪柚稀を見せてちょうだい。その背中を私は見守っているわ」
「……千冬さん」
恐らくあたしなんかよりよっぽどプレシャーを感じているであろう千冬さんの方からこんなに勇気をもらうなんて。
やはり潜り抜けてきた場数、その資質があたしと彼女では差がありすぎる。
『――それでは、次に副会長立候補者 涼風千冬さんの責任者 楪柚希さんの選挙演説をお願い致します』
あたしの始まりのアナウンスが講堂に響いた。
「さあ、行ってきなさい楪。私のこと当選させてくれるんでしょ?」
「……うん、まかせて」
確かに、あたしに出来る事はもう残りわずかしかない。
迷っていてもしょうがないんだ。
勇気を振り絞って、壇上へ上がる。
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