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19 小道具の力
しおりを挟むそんなルナと明璃ちゃんのアドバイスを受けて、あたしはイメチェンをする事にした。
教室でやっていたら目立つので空き教室をお借りする。
毎回、便利に使いすぎてるな。
「はい、ユズキこれ」
するとルナの手から差し出されたのは黒髪ボブのウィッグだった。
「どうしたの、それ?」
「演劇部から借りてきた」
「ルナがわざわざ?」
だとしたら本当に申し訳ない。
普段、接点もない所に足を運ぶのは精神的ストレスだったに違いない。
学院の生徒との関りが希薄なルナにしてみれば負担でしかなかっただろう。
「うん、でも借りるだけなのに演劇部の人達が妙に騒いでうるさかった」
「ああ……」
きっと演劇部の人達は、ルナ本人がウィッグを被る事を想像したのだろう。
アイスブルーの瞳と透けるような白い肌に、黒髪は妖艶な魅力がある。
演劇部の人達はルナとどう接したらいいか分からないだけで、その容姿の美しさは誰もが認める所だ。
ていうかあたしが見てみたいな。
「ルナが被ってみたら?」
「え、なんで……? これはユズキのために借りた物」
「いや、似合うかなと思って」
「そ、そう……? ゆ、ユズキがそう言うなら」
うん?
なぜだかルナは照れくさそうにしながら首を縦に振る。
ウィッグを付けるのって髪まとめなきゃいけないから恥ずかしいのかな?
ごめんね、あたしの一方的な願望のために。
「髪まとめるの手伝うよ」
「え、あ、ありがとう……」
ウィッグを被る前段階として、ウィッグネットと呼ばれるものに髪を束ねて収めなければならない。
ルナは髪が長いから自分でやるのは大変だろう。
提案したあたしが手伝うのは当然のことだった。
ルナは椅子にちょこんと座り、その後ろにあたしが立つ。
ルナの後頭部が眼下に広がっていた。
「じゃあ、触るよ?」
「う、うん」
……ん?
髪に触れようとして、思う。
あたし結構大胆な事やってない?
こんな直接ヒロインの髪の毛に触れていいのだろうか?
いや、ルナがいいって言ってるんだから、いいんだろうけど。
でも何だか変に意識したせいで、緊張感が込み上げてきた。
「……!?」
触れてみて、その繊細さと滑り落ちるような質感に驚く。
艶を帯びる白銀の髪は、絹のようになめらかだった。
そう思わせるほど上質というか、あたしの知ってる物とは別物だった。
「ゆ、ユズキ……? いつまで触ってるの?」
「は!? ごめん、つい」
思わず触るだけ触って、何もしていなかった。
「な、何か変な所あった?」
「ないない。むしろすっごい綺麗でなめらかで驚いたの、それで夢中になっちゃった」
あれ、弁明しようと慌てたら、考えていた事をオープンに言い過ぎたかもしれない。
これでは変態ではないか。いや、せいぜい髪フェチか。
うん、どっちにせよダメな気がする。
「そ、そうなんだ……っ」
しかし、ルナは特に何も言ってこない。
あれかな、変態すぎて引いて言葉を失っちゃったのかな……?
それはマズイ、ちゃんと遂行して変な印象を払拭せねば。
あたしは気を取り直して、ルナの後ろ髪をお団子にまとめてトップに乗せる。
露わになった首筋はさぞかし白い事でしょう……って?
「ルナ、なんか首赤くない?」
「……っ」
本人も自覚があったのか、椅子がガタンと揺れる。
真っ白な素肌が赤く火照り帯びているようだったのだ。
「もしかして、ウィッグ被るのそんなに嫌だった……?」
ネットを被ったりすると顔は全て曝け出す事になる。
そこに抵抗感を覚えていたのだろうか。
あたしの配慮が行き届かず、ルナに我慢をさせていたのかもしれない。
「ち、違うの。それは大丈夫だから」
「じゃあなんで赤いの? 体調不良?」
「それはユズキが……」
「あたしが?」
「……何でもない。大丈夫だから、続けて」
むむ?
ルナは言葉を濁しつつ、続きを促した。
何かを隠しているようにも思えたが、これ以上の詮索は邪推だろう。
あたしがお願いしたのだから、止めさせるのもおかしな話だ。
「よし、じゃあウィッグ被せるね」
髪をまとめてネットの中に入れたので、後はウィッグを被るだけ。
あたしはルナの正面に回る。
「……なんてこと」
「え、ユズキ?」
こんな顔の全てをさらけ出して尚、美しいという事はどういう事だろう。
何の加工も、髪のセットもなく、これで不細工にならない容姿。
見ていて溜め息が出そうだった。
「ルナって本当に綺麗だね」
「……なな!」
すると、首筋から頬にかけて紅潮していく。
良く悪くも髪の毛がないから全部丸見えだった。
「ええ、ルナやっぱり調子悪いんじゃないっ!?」
「いや、そうじゃなくて……ユズキが反則」
「反則なのはルナの整った顔立ちだよねっ」
「だ、だから、それがっ……!」
ぱたぱたと両手で顔を煽ぎだす。
どうしたどうした、態度がおかしいよルナ。
「いいから、もうウィッグ貸して」
「え、あ、ちょっと」
ルナはあたしの手からウィッグを取り上げると、すぽっと自分で嵌める。
近くにある鏡を利用して上手く位置を調整して被っていた。
「ど、どう……?」
おずおずとルナが恥ずかし気に上目遣いでこちらを見る。
「おお……!」
黒髪の英国少女……美しい!
「可愛いねっ!」
「……んぎゃっ」
変な声が聞こえた。
ルナは黒髪で目元を隠しつつも、口をあんぐりと開けていた。
“可愛い”って言われるの好きじゃないのかな。
背も高いし、大人びてるからどちらかと言うと綺麗系だしね。
「そしてやっぱり綺麗!」
「……ぁう」
今度は声にもならないようなか細い声だった。
何だろう、そんなに黒髪は不本意だったでしょうか?
「あ、あのー。すみませーん、わたしの事忘れてませんよねぇ?」
すると、明璃ちゃんが声を掛けてくる。
すっかりウィッグの話題になっていたので、様子を伺っていたようだが、彼女がいた事は勿論把握している。
「忘れてないよ?」
「そうですか……だといいんですけど。わたしそっちのけでイチャイチャされていたので……」
なぜか明璃ちゃんにジト目を向けられる。
ウィッグを被るだけでイチャイチャ扱いかあ……こいつめ。
いや、これは主人公の潜在意識として“ヒロインと悪女”が絡んでいるのが面白くないかもしれない。
なるほど、明璃ちゃんも主人公として覚醒してきているようだね。
いい傾向だっ。
「イチャイチャなんかしてないでしょ。それより、どう小日向? ルナの黒髪すっごい似合うよね?」
ルナの肩を掴み体を半回転させて明璃ちゃんの方に見せる。
なんか肩まで暑いなルナ……基礎体温高いのかな。
しかも肩細……、なんて余計な事を考えてしまう。
「あ、はい。それは勿論、マリーローズさんがすごい美人さんなのは間違いありません」
「たまに言われる」
え、ルナ反応冷たくない?
もうちょっと主人公の言葉にときめてもいいんじゃない?
「そして、楪さん! わたしも持ってきましたよっ、眼鏡ですっ!」
すると明璃ちゃんの手には黒縁眼鏡があった。
あたしのきつい目つきをカバーするのに、明璃ちゃんの私物を持ってきてくれたそうだ。
「わ、ありがとう」
眼鏡を受け取って、あたしが掛けてみる。
「どう、似合う?」
まあ、似合う似合わないよりも印象が変わるのが大事なんだけど。
貸してくれた明璃ちゃんの方へわたしの顔を見せる。
「……思ってたのと違います」
「え?」
そんなに似合ってない感じ?
「マリーローズさんの時みたいな展開になってません!」
「え……どゆこと? 眼鏡掛けたかったの?」
私物なのに変な事を言うなぁと思いながら、明璃ちゃんに眼鏡を返す。
「そうじゃありませんっ!」
「ええ……?」
明璃ちゃんが意味不明な事を言いながらも、肩を震わせて憤慨しているのだが……。
「ふふ……コヒナタは計算が甘い」
ルナはルナで小声で何かよく分からない事を言っている。
皆、あたしの為に協力してくれているはずなのに、たまにあたしを置いてけぼりにするのは何なのかな?
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