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11 伝えるのに大切なこと
しおりを挟む「あのー……」
放課後の無人の教室、あたしの前には足を組んで値踏みするかのようにこちらに視線を向けてくる黒髪少女がいる。
「なに?」
「あたしが責任者はどう考えてもムリがあるんじゃないかな、考え直した方がいいと思うよ」
「却下」
「取り付く島もないっ!」
ヒロインの一人である涼風千冬に一蹴されてしまう。
さて、どうしてあたしはこの場に残されているかと言うと……。
『立候補者のアピールの場として街頭演説が始まるわ。それに向けて私の紹介演説を考えなさい』
という事だ。
つまりこの時間は作戦会議、もはや千冬さんの中であたしが責任者になるのは既定路線らしい。
だが、それで本当にいいのか。
「いや、“涼風千冬”の責任者に“楪柚稀”はブランディング的に良くないと思うよ。悪評が目立つよっ」
この学院内で楪柚稀の評判はすこぶる悪い。
その証拠に、あたしに話しかけてくるのは主人公とヒロインのみである。
そんなあたしを採用して、当選出来ると思っているのだろうか。
「それは逆ね」
「逆?」
とんとんと、千冬さんは組んだ足を上下に揺らす。
長い足はその仕草だけでも様になる、あたしがやると貧乏ゆすりなのに。
ヒロインってすごい。
「“あの悪辣で劣等生の楪柚稀を、涼風千冬が手懐けた”そう解釈させる事が出来れば、私は学院の問題を解決できる能力を有しているとアピールする事が出来るわ」
「ほー……」
あ、やべ。素で関心してしまった。
素直に受け入れてどうする。
「でも、その応援が足を引っ張るほどの低レベルだったらどうする?」
あたしがこんな大舞台で応援演説なんて出来ると思うなよ?
「そのクオリティを担保するために私が協力してるんでしょ」
「さようですか……」
監視の間違いではないでしょうか。
「だから、しっかり作ってもらわないと困るわよ」
「それならいっそ千冬さんが作ってくれた方が間違いないと思うんだけど」
「言葉っていうのは、その人の心情が現れるのよ。他人の借りた言葉では、人の心を動かす事は出来ないわ」
「そういうものですか……」
そんな高尚な心得はなかったもので、千冬さんの言っている事がどれほど合っているのかは分からないが。
とりあえずあたしの千冬さんに対する思いを文章にしてみるしかないようだ。
しばらくして、演説文がひとまず完成した。
「えっと……こういうのはどうかな」
「聞かせてみて」
こほんと、咳ばらいを一つする。
「“漆黒よりも深い艶やかな黒髪、その研ぎ澄まされた視線は見た者全てを魅了する魔性の双眸、その持ち主こそ現代の大和撫子こと涼風千冬。彼女の頭脳と行動力を以てすればヴェリテ女学院の伝統と栄華はこの先百年は約束されたも当然……”」
「ちょっとストップ」
「え? まだ途中なんだけど」
言われるがままに素直に応援しようと表現したと言うのに。
何か問題だっただろうか。
「大仰すぎるわ……もっと普通にしなさいよ」
千冬さんからクレームが入ったが、あたしは何の事だかピンとこない。
「これでも抑えてる方だけど?」
「誇大広告になってるじゃない」
「いやいや、これくらいは適正な評価でしょ」
「嘘は人を惹きつけないわ」
「客観的事実なんだけどね」
千冬さんは珍しく目を丸くして、少し戸惑ったような表情を見せる。
常にクールで、感情を露わにする時も苛立ちがほとんどの彼女にしては珍しい。
「楪は……そう思っていると?」
「え、うん」
ていうか個人的な感情を乗せたらもっと語れるぜ。
原作プレイ済みのあたしの感想力を舐めないで頂きたい。
披露する機会はないだろうけれど。
「そ、そうかしら……」
千冬さんは視線を反らし、くるくると自分の髪を指で巻き付ける。
なんだその分かりやすい仕草。
ふふ、可愛い奴め。
「褒められて照れてるな?」
「は……はぁ? どう勘違いしたらそんな解釈になるのかしらっ」
そうは言いつつも、声をちょっと上擦らせるあたりが感情を乱されている証拠なんだぜ千冬さんよ……。
「でもほんとに皆そう思ってるはずだよ。美人だし、成績だってルナの次にいいんだから。否定できるような人いないって」
「そうよ、ルナ・マリーローズの次よ私は……」
ああ……そっちに反応するのかぁ。
ほんとにこの子は、どうして自分の事をもう少し可愛がってあげないのか。
「いやいや、二番でも十分すごいじゃん」
「それでも劣っている事に変わりはないわ」
「そんな事言い出したら千冬さんより遥かに多くの人が劣っていると思うんだけど……」
「その他大勢で一括りにされるという事よ、私も含めてね」
千冬さんの向上心は素晴らしいと思うのだが、如何せんその原動力が後ろ向きすぎるとは常々思っていた。
彼女は常に一番を追い求める。
この副会長への立候補も一年生における最上級のポジションだから求めるわけで。
その付加価値を得れば、他者より優れていると証明できると思っているのだ。
「そんな事ないと思うけど、もっと千冬さんは自分の魅力に気づいた方がいいよ」
「そのために副会長になり、いずれルナ・マリーローズも超えるのよ」
「いやいや、そういうポジションとかじゃなくてもっと人間的な魅力がさぁ……」
「それは、他人との競争を諦めた愚か者の戯言ね。そうする事でしか自分を肯定出来ないんでしょ」
……ひぃええ~。
さっきまで可愛い感じ出てたのに、クールな千冬さんに逆戻りだよ。
彼女は順位とかポジションに囚われてるからなぁ。
そっちを意識するとすぐにこうなっちゃう。
「ふん、特に貴女のような他者を否定してきた人間は、そうやって競争から逃げ続けるしかないようね」
おっと鋭い棘があたしに飛んできたぞ?
まあ、楪柚稀がそういった人物なのは確かだし。
あたしも他人と争うタイプではないけれど、一つだけ訂正しなきゃいけない事もある。
「あたしは千冬さんは肯定してると思うけどね」
過去の“楪柚稀”はともかく、今関わっている“あたし”は“涼風千冬”を肯定し続けている。
その事実は忘れないでもらいたいね。
「それは……そうね」
言われて考えを改めたのか、千冬さんの歯切れが悪いものに変わる。
「そんな事を言い出すなんて、貴女どういうつもりなの?」
そのまま訝し気にあたしを見つめてくる。
責任者に抜擢しておいて、肯定したらしたで怪しんでくるってどういう事なんだろ。
「千冬さんに言われた通りに思ったままを口にしただけ。“他人の借りた言葉では、人の心を動かす事は出来ない”なんでしょ? どうだった?」
さきほど千冬さんが放った言葉を引用する。
あたしの言葉は、千冬さんには届かなかっただろうか?
「……そうね、表現は稚拙だけど。言葉に嘘がない事くらいは感じたわ」
「手厳しいね」
「当たり前よ。一時とは言え、私の責任者なんだから」
そうしてまた千冬さんは視線を反らすのだった。
まあ、今はこれくらいが精一杯か。
彼女が自分の魅力に気づくには、後どれほどの時間が必要だろうか。
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