上 下
10 / 75
本編

10 立候補

しおりを挟む

「ふぁ……」

 朝、目覚めてボサボサの髪をかきむしる。
 全ては夢なのではないかと疑っていたが、起きてもやはり窓越しに見えるのはヴェリテ女学院。
 そして場所は寄宿舎の部屋である。
 フルリスの舞台そのままだった。

「そうかぁ……」

 昨日は大変だった。
 部屋で明璃あかりちゃんとルナが、あたしを間に挟んでせめぎ合うものだから、逃げ場がなかった。
 消灯時間になってようやく二人とも渋々部屋へと戻ったのだが……。
 どうしてか主人公もヒロインも、あたしを中心にイベントを消化しようとしてくる。

「これもまた引力なのか……?」

 あたしが悪女としての振る舞いを拒否しようと、楪柚稀は物語に関与するよう強制力が働くのかもしれない。
 つまり、どう足掻いても最終的にはあたしは追放のエンディングが待っているという事か……?
 それは困る。
 この世界でしか生きられないのなら、学歴は必要だ。
 世の中はきっと甘くない。
 そして何より、百合の世界をこの目で見るチャンスを逃したくはない。

「よし、今日こそ百合を見守るモブになりきるのよ……楪柚稀っ」

 そう、覚悟を新たにしてあたしはベッドから跳ね起きた。



        ◇◇◇



「それでは生徒会選挙の立候補を募りたいと思います」

 黒板を前に、担任の先生が生徒会選挙について説明を始める。

「一年生は生徒会長にはなれませんが、それ以外の役職は立候補が可能です」

 来たか、この時がっ。
 あたしは来るべき大イベントに息を潜める。

「まずは副会長から募りたいと思います、どなたか立候補する方はいらっしゃいますか?」

 一年生から副会長になるのは大きな覚悟を要する。
 この学院特有の上下関係の意識からも、一年生から目立つ行為を率先してしたいと思う生徒は少ない。

「はい」

 しかし、そんなプレッシャーを跳ね除ける少女が一人いる。

涼風すずかぜさんですね」

 黒髪クール美少女、涼風千冬すずかぜちふゆさんだ。
 彼女は向上心が強く、自身を高めたいという意識が強い。
 それゆえに生徒会に入り、その地位を高めたいと考えているのだ。
 当然、一年生から最もハードルの高い副会長を迷いなく選ぶ。

「わっ、あの方そんな凄い人だったんですねっ」

「……肩に力入りすぎ」

 お隣の主人公とヒロインは呑気に各々の感想を口にしている。
 彼女たちはそういった役職には一切興味がないらしい。

「それでは副会長の立候補者は涼風さんにお願いします。責任者の方は涼風さんの推薦で決めて頂いて構いませんので、決まりましたら教えてください」

 そして、次なるイベントの種を残して生徒会役員選挙の立候補者を決めていくのだった……。






「ルナ・マリーローズ、貴女は生徒会役員に立候補しなかったみたいね」

 休み時間、意気揚々と千冬さんがやってきた。
 成績では勝てないルナに対して、他のアドバンテージで千冬さんは優位に立とうとしているのだ。
 一生懸命で可愛いね。
 表現は上手じゃないけど、それでも努力する姿勢が眩しいよ。

「しない、興味ない」

 そして本当にどうでも良さそうにルナは頬杖をついたまま生返事をする。
 これはこれで役職に囚われないルナの姿勢に、千冬さんは一瞬だけ躊躇うのだが。
 大義名分を得た千冬さんは、このままでは引き下がらない。

「そんな主体性のない貴女に、私の責任者を担当してもらおうかしら?」

 そう、千冬さんは突如ルナを責任者に抜擢する。
 お分かりかとは思うが、ルナに対してマウントを取りたい感情が大半を占めている。
 “立候補者と責任者”そこに本来優劣はないが、どちらが主役かと問われれば前者を挙げてしまうのは自然な流れだろう。

「しない、興味ない」

 しかし、ルナはそんな千冬さんを一蹴。
 全く同じ抑揚で同じセリフを吐くのだから、どれほど興味ないかはよく伝わってくる。

「貴女は部活動もしていないのだから、時間に余裕はあるはずでしょ?」

 されど千冬さんは食い下がる。

「しない、興味ない」

「……あ、貴女ねっ!」

 さすがに三回同じセリフを吐かれては千冬さんもイラっとしたのか、眉間に皺が寄る。
 それでもルナは頬杖をついたまま空模様を眺める始末だ。
 外の景色ほども関心が持たれてないと考えてしまうと、そりゃ千冬さんもショックだろう。

 そこで、あたしは隣に視線を移す。

「あ、あわわ……」

 二人の剣幕に慄いている明璃あかりちゃん。
 だが君はここで尻込みしている場合ではない。
 あたしは小声で話しかける。

小日向こひなたっ)

(な、なんですか、ゆずりはさん)

(あんたが責任者を代わりにやりなさい)

(え、ええええ……!?)

 これは決して横暴ではない。
 原作ではヒロイン同士の争いを見かねた明璃が仲裁するために、自ら名乗り上げるのだ。
 明璃ちゃんに好意を寄せているルナは当然その案に難色を示すのだが、それを察した千冬さんは予定を変更し明璃ちゃんを責任者に抜擢する。
 こうして主人公を求めてのヒロイン同士の争いは熾烈さを増していく構図になるわけだ。

(今なら必ず涼風千冬すずかぜちふゆはあんたを抜擢するから)

(いえ、そもそも二人の争いに巻き込まれたくないのですが……)

 何を消極的になっているのか、この主人公はっ。
 ヒロイン同士の争いにどうしてもっと興味を持たないっ。

(いいから、言いなさいっ)

(まぁ……楪さんがそこまで仰るなら……)

 渋々頷く明璃ちゃん。

「あ、あのー……」

「何かしら」

「その責任者、マリーローズさんの代わりにわたしがなりましょうか……?」

 一瞬だがルナと千冬さんがフリーズする。
 そして、すぐに。

「コヒナタに任せた」

 ルナは快く了解した。
 いや、あなたはもっと嫌がるはずではっ!?

「お断りするわ、転入したての子にお願いするほど私は壊滅的な人望ではないもの」

 そして千冬さんは一切の迷いなく却下。
 あなたは受け入れるはずでは!?

(あの、すっごい嫌がられてるのですが……)

 涙目でわたしに問いかけ直してくる明璃ちゃん。
 こ、こんなはずじゃなかったのに……。
 何か、他に手立てはないのかっ。
 そ、そうだっ。

「それなら、あたしがやろうか……?」

 悪女の楪柚稀は当然、誰も呼んでいない。
 このお邪魔虫が乱入することで、相対的に明璃ちゃんが良く見えるはずっ。

「え、ユズキはダメ」

 あれ、ルナが反応した?

「なるほどね……それは妙案だわ」

 え、なんか千冬さんが不敵な笑みを浮かべてるんですが……?

「いいでしょう、貴女を抜擢してあげる」

 あれ、え、採用……?
 いやいやいや。

「ちょっとダメ、ユズキはそんな事しない」

 あ、あわわわっ。
 ルナが止めに入ったら千冬さんは……!!

「ふふっ、そう……そうして指を咥えて見ているといいわ。貴女が自身で行わなかった事を後悔しなさい」

 ほらぁ、悪い顔してる。
 千冬さんが悪い顔してるよぉ……!

「さぁ、楪柚稀。この生徒会役員選挙の活動期間、貴女にはしっかり働いてもらうわよ……馬車馬……じゃなくて、二人三脚でね」

「なんかすっごい言い間違いしてなかったっ!?」

 あたしをどうするつもりだっ。
 どうするつもりなんだ、涼風千冬ッ!?

(楪さん……自分でやりたかったなら最初からそう言ってくださいよ)

 明璃ちゃんにもツッコまれているが、そうではないっ。
 あたしは本当にそんなつもりは一切なかったのだ。
 まさかの千冬さんとの共同作業が始まろうとしている……!?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸
恋愛
男女比1:100。 女性の価値が著しく低下した世界へやってきた【大鳥奏】という一人の少年。 夢のような世界で彼が望んだのは、ラブコメでも、ハーレムでもなく、男の希少性を利用した引き籠り生活だった。 ネトゲは楽しいし、一人は気楽だし、学校行かなくてもいいとか最高だし。 しかし、男女の比率が大きく偏った逆転世界は、そんな彼を放っておくはずもなく…… 『カナデさんってもしかして男なんじゃ……?』 『ないでしょw』 『ないと思うけど……え、マジ?』 これは貞操観念逆転世界にやってきた大鳥奏という少年が世界との関わりを断ち自宅からほとんど出ない物語。 貞操観念逆転世界のハーレム主人公を拒んだ一人のネットゲーマーの引き籠り譚である。

処理中です...