1 / 77
本編
01 悪女にはなりたくなかった
しおりを挟む「……か、感動が止まらない……うぅっ、ずびびっ」
あたしは両目を涙で濡らし、鼻水を啜っていた。
視界は揺れ輪郭はぼやけているが、画面の向こうにいる少女たちが手を取り合って歩き出している後ろ姿はよく分かる。
エンディングに到達してしまったあたしにとって、もはやそのシルエットだけで涙腺崩壊していた。
「う、ふぐぐっ……こ、これ以上泣いてしまったら体の水分が枯渇してしまう……」
ティッシュが何枚あっても足りやしない。
あたしがこんな状態に陥てしまったのには、当然だが理由がある。
――少女たちが織り成す感動の物語。
そう聞いて何を連想するだろうか?
うん、そうだね。
百合だね。
百合一択だよね。
分かる分かる、常識だよね。
百合とは、端的に言えば女性同士の恋愛を描いたものである。
その尊さ、崇高さ、気高さ、儚さ、愛らしさ、美しさ……etc.
その魅力を言い出し始めたらきりがない。
あたしごときの貧困なボキャブラリーでは恐らく1パーセントもその魅力を伝える事は出来ないだろう。
特にこれ。
【Fleur de lis 】
略称“フルリス”は、百合ゲーと呼ばれるジャンルにおいて別格だった。
何者でもなかったはずの主人公が、令嬢であるヒロイン達の心を開きその葛藤を受け入れる。
そして、お互いに手を取り合い助け合っていく姿は胸に迫るものがあった。
というか胸を抉られた。
そこから心臓を鷲掴みにされて、ぎゅっと握られるレベルだった。
とにかく多大なる衝撃を受けたという事だ。
「……だけど、やっぱりあの子は要らない子だった気がする」
感動に心を浸す中、思い返すと一点だけ不純物が紛れ込んでいた。
それは、とある登場人物の事である。
――楪柚稀
彼女はこのフルリス世界において“悪女”ポジションだった。
主人公とヒロインの仲が深まろうとした途端、邪魔な存在として現れるのである。
「いや、分かる……分かるけどさ。悪役ポジションは物語に展開を作ったり抑揚をつけるのに大事だけどさ」
とは言え、兎にも角にも楪柚稀の出しゃばり方は半端じゃない。
ヒロインが登場したかと思えば、次の瞬間には楪柚稀が出現するのである。
複数のヒロインとの交流があるこのゲームで、ヒロインと同じ登場回数で悪女が出現するのだ。
そして発する言葉は罵詈雑言、起こす行動は仲を引き裂くような嫌がらせばかり。
最終的にはその悪事が度を越してしまい、学園を追われる事になるのだが……。
その瞬間は胸がスッとしたが、振り返るとやはり思う。
「出番多すぎじゃね……?」
あたしが見たいのは女の子同士の恋愛模様、そのドラマである。
間違っても、邪悪な心で仲を引き裂くようなドロドロ展開ではない。
楪柚稀の悪行は前評判では知っていたのだけど、その予備知識すら上回るお邪魔虫さんだった……。
ま、そんなの遥かに凌駕する尊さだったから、いいんだけどねっ!
「……んー。しっかし、徹夜でやりすぎちゃったなぁ」
大きく伸びをして、息を吐く。
フルリスの物語に惹き込まれ、止め時を見失ってしまったあたしは三夜連続で眠る事なくその世界に熱中してしまっていた。
食事もちゃんと取ってないし、大量の涙で体力も使い果たしている。
窓を見るとカーテンの隙間から光が零れ始めていた。
いつの間にか朝を迎えてしまったらしい。
エンディングを見届けた充足感と達成感はあるものの、体は満身創痍だった。
「うん、もうダメだ」
瞼が異常に重くなっていくことに抵抗する事なく、あたしは瞳を閉じたのだった。
◇◇◇
「……はっ!?」
目を覚ますと、反射的に声を上げてしまった。
気づけば寝落ちしていたらしい。
しまった。
アラームを掛け忘れていた。
三夜の貫徹のせいで、どれほど眠っていたのか体感時間で測る事は難しい。
焦りながらスマホを探した。
「……ん?」
あれ、おかしい。
スマホが見つからない。
と言うかよく見るとこの場所、あたしの部屋ですらない。
だから、物の配置が理解できない。
「え、ちょ、え?」
怖い、怖い、怖い。
どこですか、ここ。
ベッドから跳ね起きる。
「……おや?」
部屋を見回すと、やはりあたしの部屋ではない。
ないのだが既視感はあった。
どこか見覚えのある部屋だった。
「あれ、ここって寄宿舎の部屋じゃない?」
そう、フルリスにおける主人公とヒロインが住まう寄宿舎。
その背景と瓜二つだったのだ。
……え、いや、まさかね?
そんなわけないと、ベッドから跳ね起きてカーテンを開ける。
「……ヴェリテ女学院」
据えられた木々の奥、その向こうにそびえ立つシルエットが垣間見えた。
白一色に染まる外壁に、ステンドグラスの窓が光を反射する荘厳な建物。
その特徴的な造形を見て、思わずその学院の名を口にする。
やはり、それもフルリスの女学生が通う学び舎だったからだ。
「うごっ、ごふっ、ぐふっ……ま、ままさかっ!? こ、ここは男子禁制……乙女の花園 ヴェリテ女学院……!?」
意味不明な状況に思わず咳き込む。
「こ、これは、転生ってやつ……?」
咄嗟に思い付いた推論。
夢の可能性も捨てきれないが、ここまでリアルに体感し、いっこうに目を覚まさない夢というのも聞いた事がない。
「……となれば、まず学校に行かないとだよね」
改めて自分の恰好を見るとピンク色のサテン生地のパジャマだった。
派手過ぎて全然趣味じゃない。
どこの陽キャだよ、これ。
「髪もボサボサだし、整えるか」
段々頭が冴えてくると部屋の配置が分かるようになってきた、なんせプレイ済みですからね。
あたしは洗面台へと足を運んだ。
鏡に映る自分の姿を確認し……て……?
「こ、この子は……」
茶色に染まり、ゆるゆると巻かれた毛先。
きつめの猫目に、鼻筋が通った小さな唇。
整った顔立ちだけれど、ニヒルな笑みが似合いそうな小悪魔的な少女がそこにいた。
「……ふーん」
ブラシを取って髪を梳かそうと思った、が。
「いや、楪柚稀じゃねぇかっ!」
やはり、納得いかずにブラシを投げ飛ばす。
そこにいたのは悪女、作中随一の嫌われ者だったからだ。
5
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。


Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

シスター☆クライシス~完全無欠のS級美少女である妹は、実兄の俺のことが好きらしい。~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「妹を好きにならないお兄ちゃんはおかしいよ?」「お前が一番おかしいよ」
高校2年生の沢越彩華は、誰もが認める完璧な美少女。容姿端麗で成績優秀。運動神経も抜群。そんな三拍子も揃った上に、人当たりも良くて誰とだって仲良くなれる。そんな彼女にはある秘密がある。それは……。
登場人物
名前:沢越 冬也(さわごえ とうや)
年齢:18歳。高校3年生。
外見:身長185cm。黒髪のショートヘア―。切れ長の目をしたイケメン。
性格:真面目だけどどこかぶっきらぼうな性格。不器用なので想いが伝わりにくい。
趣味:部活でやっているバレーボール。それと昼寝。
名前:沢越 彩華 (さわごえ いろは)
年齢:17歳。高校2年生。
外見:容姿端麗の美少女。身長163cm。髪はセミロングの黒髪。
性格:周りに対しては社交的で明るい性格。誰とでも打ち解けられる完璧人間。
趣味:人間観察、料理

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる