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46 あたしのやりたいこと
しおりを挟む「……はあ」
溜息が漏れる。
栞さんに突然の別れを切り出されてしまった。
まだ時間はあるけど、でも2週間なんてあっという間だ。
そのカウントダウンが今のあたしには恨めしい。
もっと、この生活を続けていたいのに。
それを許してくれない子供というポジションの自分自身にも悔しさを感じる。
「おーい、なんか動きが雑だぞぉ」
そうしていると、店長から声を掛けられる。
「あ、すみません」
「昨日は上機嫌だったのに、今日はすっかり別人じゃない」
「……分かります?」
「雛乃ちゃん、分かりやすいよね」
ははっ、と乾いた笑いを見せる。
そっか、そんなにあたしは分かりやすくテンションを落としていたのか。
「なんかあったの?」
「いえ、夏休み終わるの、さみしいなって」
それはこのアルバイトの期限であり、栞さんとの別れの期限でもある。
だから、それが今は悲しい。
「あー……。たしかにねぇ、雛乃ちゃんならずっと働いてもらっていいのに」
「そうですか?」
それは大した問題じゃない気がするんだけど。
「ほんとだよ。それにお別れって寂しいしね」
「あ、ありがとうございます……」
店長の言う通りで、別れというのは寂しくて悲しい。
それをあたしは栞さんとしないといけない。
それがあたしの気持ちをひどく憂鬱にさせる。
「夏休みが終わったら実家に戻るんでしょ?」
「……はい」
そうだ。
あたしはまたあの家に戻らないといけない。
あたしのことを否定ばかりしてくる家族のもとへ。
栞さんは、あたしにはその否定を突っぱねる強さがあると言っていたけど。
本当にそうなんだろうか。
あたしはそれに耐えきれなくて、家を飛び出したのに。
栞さんはあたしのことを過大評価しているだけじゃないのかなって、迷いもある。
「進路とか決めないとだもんね。あ、もう決めてる感じ?」
「いえ、まだ何も」
「まあ、そんなもんだよね」
栞さんは、あたしにはこれから見えてくる世界があってそれらを知らないで栞さんの所にいるのは違うと言っていた。
でも、あたしはそんな世界に興味なんてない。
あたしはただ、栞さんといれたらそれでいいのに。
他のことなんて、どうだっていいのに。
「店長は最初から店を継ごうと決めてたんですか?」
「ううん全然。やりたいことなさすぎて、なし崩し的に後を継いだの」
「そ、そうなんですか」
そんな消極的な選択の仕方もあるのか。
「でも、やりたいことあるなら迷わず進んだらいいよ。大人になるとやりたいことあっても色んなしがらみで出来なくなるからさ」
「やりたいこと……」
あたしのやりたいこと。
そんなの、すぐに答えは出る。
あたしはずっと栞さんと一緒にいたい。
でも、そのためにはあたしは子供すぎた。
仮に栞さんがあたしの家出をそのまま許してくれていたとしても、本当の意味で栞さんはあたしのことを見てくれないだろう。
栞さんにとってあたしは“女子高生”であり“子供”という絶対的なフィルターがある。
それが栞さんにとって、何をするにも判断基準になっている。
だから、そこに“雛乃寧音”という個人以外が混ざっている。
それがあたしは納得できない。
あたしは栞さんに、あたしだけを見てほしいのに。
だから、このままじゃあたしの望む幸せは手に入らない。
そのためには、あの最悪な家に戻って我慢しないといけない。
そこで卒業して、やっと栞さんはあたしを個人として見てくれる。
それがようやく分かった。
「何かある?」
「そうですねぇ……」
栞さんと一緒にいることは、もう少し先の願いだ。
だから、この2週間で叶えられる願いがあるとするなら……。
「友達の誕生日を祝いたいですね」
「あ、前言ってたやつね」
うん、今あたしに出来ることがあるとすれば栞さんの誕生日を祝うことだ。
『誕生日?あー……30代突入の魔の合図ね……はは……』
栞さんはそんな事を言って、全く喜んでいなかったから。
そんな気持ちで迎える誕生日なんて寂しすぎる。
だから、あたしが祝ってもっと特別な日にして欲しい。
それがきっと、最後にあたしが出来ること。
そのためにあたしは期限を夏休みを最終日までと決めたんだ。
栞さんの誕生日を祝うために。
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