冴えないOL、目を覚ますとギャル系女子高生の胸を揉んでた

白藍まこと

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45 タイムリミット

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 ダメだ。

 このままだと私は雛乃ひなのに流されてしまう。

 それは悪い事ではないのかもしれないけど、いつまでもこうしてはいられない。

 そろそろ私たちは、はっきりしなきゃいけないタイミングが来たと思う。

 ご飯を食べ終え、二人でテレビを見ている今が話すチャンスだろう。

「雛乃」

「ん、なに?」

 ベッドから壁にもたれる私からは、座椅子に座る雛乃の後頭部が映る。

 料理をするのには邪魔だったのか、髪を上げている雛乃の首筋から見えるうなじは妙に綺麗だった。

 そんな無防備な状態でいてくれているのは、私との信頼の証なのかもしれない。

 だけど、それでも。

「いつ、帰る?」

「……」

 沈黙。

 私からは雛乃の後ろ姿しか見えていないけれど、それでも雛乃の表情が曇っているのは分かる。

 それが手に取るように分かるくらいには、彼女との時間を過ごしてきた。

「……もう、帰ってるけど」

「私の家じゃなくて、雛乃の家のこと」

「……ここが、あたしの家みたいなもんじゃん」

 そう言ってくれるのは正直、嬉しい。

 でも、ここは雛乃にとって束の間の逃げ場所だ。

 本当あるべき場所、前を向くべき場所へと戻らないといけない。

「でもやっぱり雛乃が言った通り“みたいな”場所なんだよ。本当の家じゃない」

「……なんで、そんなこと言うの」

 聞きたくないのは分かる。

 雛乃にとって、私は彼女の存在を肯定する大人として在り続けた。

 それは雛乃を否定し続けた家族とは対照的な人間で、それを失ってまた元通りになるのが怖いのは分かる。

「だって、雛乃は高校生なんだから学校に戻らないと」

「じゃあ、ここから通う」

 何も考えずに済むのなら、それもいいかなと思えただろう。

 雛乃との時間をこうして続けられるのなら、それが願ったり叶ったりだ。

 でも、私は大人だ。

 何も考えないわけにはいかないし、雛乃の未来を考えずにはいられない。

「そんなの雛乃の両親が認めてくれないよ」

「関係ないじゃん」

「でも、これから全部のことを家族に頼らずに生きていくなんて出来ないよ」

 生活していくことにも、学校に通っていくことにも、お金は掛かる。

 それら全てを家族だけ無視して、都合よく学校に行くことなんて出来ない。

しおりさん、けっこう残酷なこと言うんだね」

「でも、雛乃のためだよ」

「……あんな人達の所に戻るのが、あたしの為なの?」

 それは雛乃の本音で、そこにあるのは負の感情。

 でも、それも含めて雛乃で、その感情は重たいけれど捨てるわけにはいかないものだ。

「雛乃はもっと自分の人生のことを考えないと」

 ぽん、と私は雛乃の頭に手を置く。

 そのままさすって、落ち着いてくれたらいいと思いを込める。

「それが何で、家に戻ることなの」

「雛乃が自分と向き合う為には必要なことなんだよ」

「……やだ」

「雛乃」

「あたし、やだ」

 雛乃が振り返る。

 私の手は空をさまよって、雛乃の揺れた瞳がこちらを見据える。

「あたし、戻りたくない。ここにいる」

「……でも、それは」

「学校なんて辞めてもいい。お金が必要ならこのままカフェで働く時間増やしてもいいし、他の仕事をしてもいい。それなら誰にも迷惑かけないし、ここにいても問題ないでしょ?」

 雛乃は本気で言っている。

 ありのままの感情をぶつけ、ここにいたいとそう願っている。

 それは痛いほど私にも伝わってくる。

「それはダメだよ」

「……なんでっ」

「雛乃にとってこれからの数年はずっと大事な時間になる。価値観も変わっていくし、見える世界はずっと広がっていくと思う。その時に雛乃の選択肢が狭まるようなことを、私はしてほしくない」

 どこまで行っても、私との時間は逃避行。

 厳しい現実から目をそらすための白昼夢。

 そんな逃げるような人生、後ろ向きな姿は雛乃には似合わない。

「いらないっ、あたしそんなのいらないっ」

「えっ、あ、ちょっと……!?」

 雛乃がいきなり迫ってくる。

 身を反らした私は体勢を崩して、ベッドに倒れ込んでしまう。

 雛乃はその両手を支点に私に覆いかぶさる。

 私を見下ろすその瞳は、今にも雫を零しそうだった。

「そんなよく分からない価値観も、未来もっ。あたしは求めてないっ」

「……でも、それはまだ雛乃がその時を迎えてないから、分からないだけだよ」

 若さとは無知ゆえのものなのだろうから。

「今は、今のあたしのこの感情はどうなるのっ」

「雛乃の言う今を、私はいいことだと思ってないよ」

「あたしは栞さんと一緒にここにいたいだけ。それって、そんなにいけない事!?」

 いいよ、ここにいて一緒に暮らそう。

 そう言えたら、私だってどれだけ嬉しい事か。

「栞さん、あたしのこと最後まで面倒見てくれるって言ったじゃん。あれって嘘だったの!?」

「嘘じゃないよ」

 そんなこと、軽々しく口するものか。

 でも、私にとって雛乃のことを最後まで面倒を見ると言うのは、この家に住まわせることだと思っていない。

 そんな無責任なことをするつもりはない。

「じゃあ、なんで」

「だって、雛乃は逃げ続けてるから」

「……っ」

 私だって意見の合わない家族と一緒にいることや、学校に行くことが全てだなんて思っているほどおめでたい頭はしていない。

 でも、雛乃にとってそれらを否定して逃げ続けるのは間違っていると思う。

「家族からも、学校からも、未来の自分の可能性に目を背けて。全部嫌なことを放り出して、私の所にいるだけでしょ?」

「そうだとして、それってそんなにいけないこと?」

「私は雛乃の逃げ場所として生きているわけじゃない」

「……」

 これは私の感情の話でもある。

「私との生活を選ぶなら、私は雛乃にちゃんと選ばれたい。そんな中途半端な首も回らないような状況で私のことを選ばれても、それが本当に雛乃の気持ちだとは思えない」

 だって、今の雛乃にはそうするしか選択肢がないのだから。

 逃げ続ける限り、私との生活を選ぶしかない。

 そんな私に追いすがるような彼女との未来を歩みたくない。

「そんな、ふうに、あたし思ってないのに……」

 今にも零れだしそうな雫。

 それが落ちる前に、私は手を伸ばす。

 雛乃の頬に触れ、指で目元を拭う。

「それにね。私は分かってるんだよ」

「……なに、が?」

「雛乃はちゃんと嫌なことにも向き合える強さがある子だって。否定してくる家族のことなんて突っぱねてさ、ちゃんと言いたい事を言ってきなよ。学校もそうやって見てきたらいいじゃん。それでもやっぱり下らないなと思って、私の所がいいと思うなら、その時に戻って来なよ」

 それをするだけの強さが雛乃にはある。

 それが私には分かっているから、雛乃には前を向いて欲しいんだ。

「……それって、必要?」

「うん。私は雛乃を見捨てるわけじゃないからね。どうせ一緒にいるなら、ちゃんと胸を張って戻って来なよ」

 だから今は、私たちは別れよう。

 それは雛乃にとって決して悪い事じゃないと思う。

「……栞さんが、そう言うなら、そうする」

 まあ、なんかやっぱり若干後ろ向きだけど。

 全ては私の思い通りにいくわけもない。

 少なくとも雛乃とは、受け入れる気持ちを持ってくれたのだ。

 それで良しとしよう。

「じゃあ、いつ戻る?」

「……夏休みが終わるまで、それならいいでしょ」

 語尾が強い。

 ギリギリまで戻りたくないと言う雛乃の最後の抵抗だろう。

 まあ、でも、それくらいならいいのかな。

「そっか。そうだね、そうしよう」

「……うん」

 7月の末、雛乃の夏休みが終わるまであと2週間。

 私たちのタイムリミットはこうして時を刻み始めた。

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