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36 若気の至りは若いから許される

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 ……と、まあ。

 なんやかんやで、勢い任せに雛乃ひなのを私の家まで連れ戻したわけだけど。

「お、お腹空いたなー」

「あ、ごめん。一応用意はしてあったんだけど、今温め直して出すね」

「お、おねがい、します」

「なんか、よそよそしくない?」

「……そ、そんなことなくってよ」

「? そっか」

 話しづらい……。

 いや、というのも私だけかもしれないが。

 アラサーにもなって、よくあんなクサい台詞のオンパレードを吐けたものだと自分で自分が恥ずかしくなってしまったのだ。



『一緒にいたら近づきすぎて傷つくこともある。でもね、その痛みを分かってあげられるのは、やっぱり一緒にいる人なんだよ。今の私の痛みを理解して心配してくれるのは、この世に雛乃だけなんだよ』



 ああ……。

 きもいよぉ……。

 冷静になればなるほど、しんどいよぉ……。

 こんなの独身アラサーOLが吐く台詞じゃないよぉ……。

 説得力ゼロじゃん。

 “人の距離と気持ちが分かってるなら、何でお前は一人なんだよ!”

 て、私ならツッコむよ。



『だから、雛乃の痛みを分かってあげられるのも私だけなんだっ。もう私たちはそういう関係なんだ。始まりがどうかなんて関係ない。私達は互いを心配できる関係になったんだよ、それは他人には出来ない事なんだっ』



 結果、雛乃が出ていくまでその痛みに気付かなかった人誰ですかー?

 はい、私でーす。

 痛い、痛い。

 発言が痛すぎて体まで痛みを覚えてきた。

 しかも“始まりがどうかなんて関係ない”とか言って、誤魔化してるけど。

 私なんて酔っ払って、雛乃を性的な目で見た事は変わらないからね。

 手を出さなかっただけマシだけど。

 本当にそれだけで、最低すぎる。



『分かったか。だから私は雛乃の痛みが消えるまで心配で仕方がないし、理由なんてこれだけで十分すぎる。私は最後まであんたの面倒を見続けるからねっ』



 何様なんですかぁー。

 自分のご飯の面倒すら見れないヤツが、誰かの面倒を見れるんですかぁー?

 ちょっと自己評価高すぎませんかねー。

 私、調子に乗って上から目線で喋りすぎじゃないですか。

 直近数分前の発言がもう既に黒歴史となっていた。

 ……ツラい、あまりにツラくて何も考えたくない。

 その結果。

「ぴぃやああああああああっ」

「……なにしてんの」

「はっ、いや、これはっ」

 黒歴史に耐え切れず、頭を抱えて奇声を発しているところを雛乃に見られてしまった。

「なんていうか、これしないと落ち着かなくて」

「えっと……大丈夫?」

 雛乃が引いている。

 気持ちは分かるけど、私も今自分に引いてるんだよ。

 そもそもあんなクサい台詞を受け入れてくれたのも、雛乃の心が純粋なことの証明だ。

 普段の私なら絶対にあんなこと言ったりしないのに、いつの間にか感化されてしまったのかもしれない。

 あんなの、一番鼻で笑い飛ばすタイプの人間だったのに。

 そう、つまりこれは――

「雛乃に影響をうけた結果なんだからね」

「……あたしはそんな声出さないけど」

 雛乃は、やれやれと言った様子でご飯をテーブルに運ぶ。
 
 全くこれではどちらが大人なのか分かったもんじゃない。

 少しだけ取り戻せたかもしれない威厳も、すっかり失ってしまったな。

「そんなことよりお腹空いてるんでしょ。早く食べなよ……しおりさん」

「……」

 あれ、今なんか聞こえたぞ。

 なんか聞き慣れない単語が聞こえたぞ。

「ど、どうしたの。

「……」

 また聞こえたな。

 雛乃からは初めて聞く単語。

 なんでだろう。

 珍しいこともあるものだ。

「え、ちょっと無視しなくてもよくない?」

「いや、珍しいから驚いてしまってね」

「……ダメ、なの?」

「いや、全然構わないよ。それくらい」

 ふっ、と私は鼻で笑いながら立ち上がる。

 雛乃は気恥ずかしそうな表情をしていたが、そんなこと気にしなくてもいいのに。

 棚に近づいてとある物を手に取り、雛乃に手を伸ばす。

「……なにこれ」

 雛乃は私の手の平の上をまじまじと見つめていた。

 そこにあるのは、薄い小さな紙だ。

「栞(本の目印に使う)、欲しかったんでしょ?」

「ちげえよ」

 パンッと手をはたかれた。

 ひらひらと栞が舞う。

「いたいっ、なにすんのっ」

「そんなの要らないからっ」

 おいこら、全国の読書家の皆様に謝りなさい。

「栞、栞って言ってたじゃん」

「本の栞じゃないから、ていうか本なんて読まないしっ」

 おいこら、全国の――以下略。

「だから雛乃にしては珍しいなと思って、なんか照れてたしっ」

「分かってるよね?絶対分かってるのに誤魔化してるよね?」

 な、なんのことですかねーっ。

 べっつに名前で呼ばれたくらいで取り乱すほど、ピュアじゃないんですけどぉー。

 こじらせアラサーにしたって、それくらい何でもないんですけどぉー。

「まっ、何のことかは分かりませんがご飯を食べましょうかねー」

 私は何事もなかったのようにテーブルの前に座り、食事を再開しようとする。

「ねえ、ちゃんと答えてよ。ダメなの?栞さん」

「……」

 しかし、雛乃は真っすぐに私を見て訴えかけてくる。

 この……私が反応に困ってるのが分からんのか、こいつめぇ。

「好きなようにしなよ」

 はい、万事解決。

 さっそくご飯に

「栞さんはどっちがいいの?」

 ああああああああ。

 終わんないよおー。

「……どっちって、なにが」

「上坂さんか、栞さん。どっちで呼ばれたいの?」

 なに、この子ぉー。

 私をどうしたいの。

 そんな斬新な質問、受けたことないんですけどぉ……。

「そんなこと聞いてのどうすんのよ」

「あたしは上坂さんでも栞さんでもいいから、呼んで欲しい名前で呼びたいの」

 ああ、もう、なにっ、それっ。

 アオハルかよ。

 そんな瑞々みずみずしい感性、若すぎてついてけないよおおおお。

「べ、別にこだわりはないっていうかぁ……」

「じゃあ、しおりん?」

 !?

「な、なぜその呼び方を……!?」

「え、初めて会った時にそれで呼べって……」 ※08 家出の経緯 参照

 それは私がまだ社会性をかろうじて保っていた頃の、幼稚園時代のあだ名……!!

 そんな幼少期の体験を、雛乃で疑似体験しようとしていたのか、私は!?

 は、恥ずかしすぎるっ。

「なんか反応いいから。じゃあこれからは、しおりんで――」

「栞でいい、ていうか栞がいいです!お願いしますっ!」

 ムリムリムリ。

 “しおりん”が良いとか悪いとかじゃなくて、私の幼児退行を雛乃にぶつけていたという内面が痛々しい。

 そんな呼び方をされたら、私は雛乃に対して幼稚園児になってしまうことになる。

 あ、いや……もう自分でも何言ってるのか分からなくなってきたな。

 パニくりすぎかもしれない。

「普通に名前がいいの?」

「まあ、うん……。仕事でも苗字でしか呼ばれないし」

 雛乃にだったらそっちで呼んで欲しいかな。

「ふふっ、そっか。じゃあ、あたしくらいしか名前で呼ばないんだね」

「そうね。下の名前で呼んでくれるのなんて、家族くらいかな」

「そ、そっか……、家族か」

「え、うん」

 笑ってみたり驚いてみたり、なんか雛乃も忙しいな。

「じゃあ、これからもよろしくね。栞さん」

 雛乃は満面の笑みを浮かべて、私の名前を呼ぶ。

 それは何だか嬉しいけど、でもそれ以上に気恥ずかしくて――

「最後まで、あたしの面倒みてくれるんだもんね?」

 そして、私の黒歴史も合わせるもんだから。

 私の感情はぐっちゃになってしまって。

「……ぴ、ぴぃやああああああああっ」

「だから、なんでそうなる」

 嬉しいも、恥ずかしいも、楽しいも、哀しいも、怒ったりも。

 雛乃の前では、私の心はいつも踊る。

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