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24 微妙な距離感
しおりを挟む雛乃が急にアルバイトをしたいと言い出した。
まあ、彼女が希望している喫茶店であれば仮に受かったとしても特に問題はなさそうだけども。
しかし、どうしていきなりそんなことを言い出したのか。
その理由をまだ聞いていない。
『ねえ、雛乃。アルバイトをするのは分かったけど、お金が必要なことがあるの?』
『え、うーん。まあね』
『何に使うの?』
『いやぁ……そんな大したことじゃないし?』
……と、ずっとこの調子で明確に答えようとしない。
しかし、アルバイトの期間は短期間のものにしたと言う。
ヒントがあるとするならば、きっとそこだ。
非常に、非常に楽観的に捉えるならば“私への誕生日プレゼント”の費用を稼ぐことが考えられる。
それならちょうどタイミング的に合っている。
しかし、それは期待しすぎな気もする。
そんな妄想だけを繰り広げられるほど、お花畑な頭はしていない。
他にあるとすれば、“次の家出先の移動費を稼ぐこと”が考えられる。
明言こそしていないものの、私はずっと雛乃を家に置いておくことを良しとするつもりはない。
具体的には夏休み期間中には折り合いをつけて戻ってくれればいいと考えている。
しかし雛乃はその雰囲気を察し、先回りして動こうとしている可能性は十分に考えられる。
どっちにせよ、私がすべきことはあまり変わらないのだが。
「雛乃ってさ、ずっとスマホは持ってたんだよね?」
「え、うん。あったけど」
私はベッドに座り、その前には座椅子からテレビをぼーっと見つめている雛乃の後頭部がある。
「誰かから連絡とか来ないの?」
「友達からとかは来てるよ。遊びの誘いとか、もちろん断ってるけどね」
“ていうか行けないし”、と軽い口調で雛乃は続ける。
「それじゃあ、家族からは?」
「家族からは、来てないかな」
まあ、やはりというか。何というか。
家族関係の不和がなければ、家出をするなんて行動はしないよなとは思ってたけど。
それにしても連絡先があるのに、家族は一切連絡をしてこないのか。
娘の心配をしないのだろうか?
それとも雛乃が私に悟らせまいと嘘をついている可能性もあるけど……。
どっちにしても前向きな状態ではない。
「……そうなんだ」
「うん、なにしてんだろうね」
それは雛乃ではなく、家族の方が言うべきセリフのように思えるけど。
あまり不用意に踏み込んではいけない領域な気もしている。
いずれはそこに踏み込んで雛乃も決心をつけなきゃいけないとは思うのだけど。
それをするには、まだ私と雛乃の距離は微妙かなという気はしている。
……いや、その距離が埋まることはあるのだろうか。
どうしても、私には負い目がある。
彼女のことを性欲にかまけて家に連れ込んでしまったという引け目。
そんな私が、彼女に対して説得力のあるような言葉を持てるとは思えないし、その資格を有せるとも思えない。
この曖昧な距離はそのままに、いつまでも踏み出せないんじゃないだろうか。
踏み出したとしても、きっと雛乃にとっては土足で上がられるようなもので拒否感しか生み出さないだろう。
それでは、意味がない。
ずるずると、空虚な時間だけが流れていくような気がする。
困ったな、と良い案は浮かばない。
「ところでさー……」
雛乃が私の方を振り返り、眉をひそめて少しだけ困ったような表情を浮かべている。
「どうかした?」
「上坂さんって面接とかしたことある?」
「面接?」
「うん、ほら。就活とかでさ」
「あー……いやいや。さすがに私もまだ役職とかないし、そんなことしないよ」
「そっか、そうだよね」
そして顔をテレビに戻す雛乃。
なんか違和感残る会話だな……て、そうか。
「アルバイトの面接のこと?」
「あ、うん、そうだけど。もし上坂さんがそういう面接とかやってたら、どういうの気にするんだろうなぁと思って」
なるほど……。
確かに面接対応は大事だな。
下手に今回のアルバイト先に断られて、別の目立つような場所になし崩し的に働かれる流れは避けたい。
働かないのが一番なんだけど、そこまで言う権利も私にはないしな。
「分かったよ、雛乃」
「ええっ」
私はガシッと雛乃の両肩を掴み、こちらを振り向かせる。
いきなりで驚いたようだ。
「面接の練習をしましょう」
「え、マ……?」
「出来る事はやっておいた方がいいよ」
「あ、そう、かな……」
◇◇◇
――コンコン
廊下から居間に通じる扉をノックする音。
「どうぞ」
――ガチャリ
「しつれいしまー」
「“失礼します”は入室前ッ」
「あ、あー、そうだった……」
「やり直しっ」
「うええ……上坂さん、厳しい……」
というわけでちゃんと練習してみるのだった。
私もこんなの学生の時以来で懐かしいんだけど。
――コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
――ガチャリ
何故かぎこちなく腕を左右に振って歩く雛乃。
座椅子の横に立って、ぺこりとお辞儀をする。
ちなみに私はベッドの上に座ったままだ。
環境がカジュアルすぎるのはどうしようもないのでご愛敬だ。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。雛乃寧音と申します。よろしくお願い致します」
うんうん、ちゃんと言えてるし問題ないな。
「ねー……上坂さん?」
「なんでしょうか」
「なんで、そんな眼鏡かけてんの?」
「……」
私は面接官っぽい雰囲気を出す為に、黒縁の伊達メガネをかけていた。
「私語は慎んでください」
「いや、これは面接じゃなくて……」
「ありがとうございました。本日はお帰り下さい」
「うええ。不採用だぁ……」
緊張感を出す為に、私は雛乃の私語を遮ることにした。
改めて仕切り直す。
「おほん。では、お座りください」
「……失礼します」
納得いかないような雰囲気を残しつつ、雛乃は着席する。
座椅子で体育座りなので、面接してる感はだいぶない。
「それでは、なぜ当社でのアルバイトを希望されたのですか?」
「え、えーっと、近くて通いやすいからです」
まあ……これはいいか。
「アルバイトは初めてですか?」
「あ、はい。初めてです」
あ、そうなんだ。
「どうして今回、アルバイトを始めようと思ったのですか?」
「え、えーと、それは……秘密、的な?」
もじもじと言葉を濁らせる雛乃。
「こら、なんだその回答。ちゃんと答えなさいよ」
「いや、面接のときはちゃんと言えるんだけど……」
「練習で出来ないことは、本番では出来ませんよ」
くいっ、と私は眼鏡を上げる。
「これはそうじゃなくてさぁ……」
「もう一度お聞きします。今回、アルバイトを始めようと思った理由は何ですか?」
「……だから、それは秘密っていうかぁ」
「ありがとうございました。本日はお帰り下さい」
「うええー……進まないんですけど」
聞き出したい私と、言いたくない雛乃。
面接を呈した情報戦は全く意味をなさないまま、ちゃんとした練習をするのには30分ほど同じやり取りを繰り返してしまった。
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