上 下
14 / 52

14 夜の帳

しおりを挟む

 ザーッという水の音。

 台所で雛乃ひなのが皿洗いをしてくれている。

 私が貸したTシャツとスウェットを彼女は着ているが、その姿には違和感がある。

 Tシャツは私が着ると大きくてブカブカなのに、雛乃が着るとほどよくゆとりがる。

 スウェットパンツは私が履くと裾溜まりができるのに、雛乃が着ると足首が見えそうである。

 雛乃の方が身長が高く、細く、手足も長いから、袖丈が足りていないのだ。

 スタイルもいいし、顔も可愛いし、家事まで出来る。

 ちょっと破天荒な面を除けば、めちゃめちゃいい女なんじゃないかと思い始める。

 彼女がこのまま成長していき、まだまだ綺麗になっていく余地があると思うと羨ましさすら覚えるほどだ。

「……ん?どしたの」

 皿洗いを終えて居間に戻ってきた雛乃は、私の視線の意図が分からず首を傾げていた。

 私も見過ぎたなとは思った。

「いや、立ち姿見てて思ったんだけど……」

「うん」

 いや、待て。

 ――私よりスタイルいいね。

 ――このまま成長してもっと綺麗になるね。

 とか、言うつもりか私?

 いやいや、抱いてしまった私がそんなことを言ったらまだ下心があるみたいじゃないか。

 もっと分別をつけろ私。

 えっと、だから別の話題を……。

「制服とそのスウェット以外、服ないよね?」

「そだよ」

「買い物の時の服ってどうしてるの?」

 よし、上手いこと話を違う方向に持って行けた。

「制服で行ってるけど?」

「……おっと」

 なんかちょっと気になる案件になってきた。

「いや、さすがに上下スウェットで出掛けるのも……ねえ?」

 雛乃が足を伸ばす

 袖丈がさらに足りなくなり足首が露出する。

 スウェットというカジュアルすぎる服装も外に出ていくのに抵抗はあるが、それ以上に袖丈の足りない物を外に着ていくのはもっと抵抗があるというジェスチャーだろう。

 確かにその通りだと思う。

「買い物っていつも何時頃に行ってたの?」

「朝とか昼頃だよね。夕方には支度を始めないといけないから」

「だよねぇ……」

 そうなると平日の日中に制服姿の女子高生がうろつくことになる。

「雛乃はこれから平日の昼間からスーパーとかに行くわけだよね?」

「うん」

 周りの方はそんなJKを見て、どう思うでしょうか。

 雛乃は金髪で目立つし、周囲の視線を集める事は分かりきっている。

 そして、そんな目を惹く女子高生が私の部屋を出入りする場面を見られたらどうなる?

 ……寒気がした。

「次の休みの日、買い物に行こうか」

「え、なんの?」

「雛乃の服買いに」

 ぱちくりと雛乃が目を開いて閉じる。

 意味を理解するのに時間を要しているらしい。

「マ?」

「いや、女子高生が私の家に出入りしてるの見られるのまずいでしょ。雛乃は大人っぽいから、私服を着ていれば何とか誤魔化せる」

「え、あたしって大人っぽいの」

 えへへ……と雛乃ははにかむ。

 うん、そういう所は年相応で可愛いけどさ。

 あどけなさは残っているけど顔立ちは美人系だし、背の高さもあいまって雛乃は大人びている。

「でも、あたしそんな服買うようなお金ないよ?」

「そりゃ私が払うよ」

 私が言い出したことだし。

 それくらいの責任は持つ。

「いやいや、さすがに悪いから。そこまでしてくれなくていいって」

 雛乃が慌てて首を左右に振る。

「それくらい何でもないから、気にしないで」

「気にするし。服って高いじゃん」

「私にとっては安いものよ」

 勿論、そんなことはないけど雛乃を必要以上に恐縮させるのも嫌なので余裕があるフリをする。

「あ、じゃあほら。上坂うえさかさんの服を貸してよ。それなら問題ないじゃん?」

 それが出来るなら苦労はしない。

「あんた、そのスウェットの寸足らずを表現したばっかりでしょ」

「……あ」

 そう、私の服を貸した所で雛乃の体には合わない。

 だからやはり買うしかないのだ。

「てなわけで買いに行くから。これは決定事項だから」

「うう……なんかマジで申し訳ないんだけど」

 雛乃が膝を折って縮こまる。

 予想外の反応……もっとこう、いぇーいとか言って喜ぶものと思っていたけど。

 そんな恐縮ですみたいな態度をとらなくてもいいのに。

「これは私が言い出したことだから気にしなくていいから」

「そうかもしれないけど……」

 グチグチと煮え切らない雛乃。

 それはそれで可愛いなぁとか思ってしまうのは、私の性格が歪んでいるからだろうか?


        ◇◇◇


 夜も更け、眠気が襲ってくる。

「じゃあ、雛乃寝るよ」

「うん」

 私はベット、雛乃はその隣に布団を敷いて寝る事に。

「ねえ、あんたほんとに隣の部屋で寝なくていいの?」

 なにも私がいる居間にしなくても、区切られた部屋で一人過ごす方が落ち着くと思うのだけど。

 そう提案しても雛乃は一緒に居間で寝ると聞かなかった。

「一人って、寂しいじゃん」

「……それ、私に言うとか当てつけ?」

 独身の私にとって、孤独なんてもはや友達なんですけど。

「いやいや、深く考え過ぎだって。もっとこう単純に、そう感じるじゃんっ」

「ああ……まあね」

 10代といえば、集団に属していないと不安になる年頃だったか。

「上坂さんは一人で寂しくないの?」

「はい?」

 なにその可愛い質問。

「一人でいてさ、寂しいなって思うことないの?」

「どうだろ、慣れるからね。案外、平気になるよ」

 もしかしたら大学を出た最初の頃とか、社会人になりたての頃はそんなふうに思っていたかもしれないけど。

 遠い昔のことで、その時の感情ははっきりとは思い出せない。

「そうなんだ。やっぱり上坂さんは強いんだ」

「そういうわけじゃないと思うぞ」

 一人が好きなのかもしれないし。

 考えたこともなかったから、よくわかんないけど。

「あたしは一人って嫌だなぁ。寂しいじゃん」

「……でも、それで一緒にいるのが私ってのも可哀想な話だね」

 もっと友達とかと遊んだり一緒にいたりしたいだろうに。

 彼女自身が始めた事とは言え、そういう感情が沸き起こるのも仕方ない事だろう。

「上坂さんいたら寂しくないし」

 しかし、雛乃は案外明るい声で言い切る。

 私といることにマイナスの感情をあまり見出していないような声音だった。

「そうなの?」

「だから、こうして隣で寝るんだし」

「ああ……そうね」

 話が脱線して、最初の場所に戻ってきた。

「何だったら、布団じゃなくてそっちに行こっかな……?」

「え、ベッドで寝たいの?交換を希望?」

 このワガママさんめ。

 たしかにベッドの方が寝心地いいから気持ちは分かるけどさ。

 私は布団、あんまり得意じゃなかったりして。

「……そうじゃないっ」

「え、なにその難問」

 なぜか雛乃は尖った声を出して否定する。

 こちらに行きたいと言っておきながら、否定するなんて。

 情緒が乱れすぎてないか。

「上坂さんには、一緒にいたい人とかいないの?」

「……そうねぇ」

 言われて見て考える。

 一人で生きていることが当たり前にはなっていたけど。

 それを望んでいたわけでもなくて……。

「そうだね。いい人がいたら一緒にいたいと思うかもね」

「いい人って、女の人なんでしょ?」

 いまさら雛乃には隠せないが、ストレートに私の秘密を言われると抵抗感がある。

「まあ、できれば」

「ふーん。あっそ」

 雛乃の返事に愛想がなくなる。

「なに、急につめたっ」

「べっつにー。いいんじゃない好きにしたら」

 こいつ……私の恥ずかしい話をしておきながら、そんなおざなりな扱いをするとは許せん。

「ここまで言ったんだから、今度はあんたの恋バナを私に教えなさいよ……!」

「そんな脅すように話す恋バナなんてなくない!?」

 絶対に雛乃の恥ずかしい話を聞き出してやる。

「そっちの恥部も晒しなさいっ」

「なにそれ……こ、今度ねっ」

「あ、ずるっ」

「おやすみー」

 そうして雛乃は寝たふりをして、無視を決め込むのだった。

 都合のいいことしちゃってまぁ……。

 次は絶対に聞こうと決めて、私も眠りについた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...