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12 買い物に迷いはつきもの
しおりを挟む定時になり、私はパソコンの電源を消す。
バッグを持って、デスクから立ち上がる。
「あれ、先輩。もう帰るんですか?」
「……そうだけど」
そんな私に後輩の七瀬が声を掛けてくる。
なんか、嫌な予感。
「え、先輩が定時に上がるとか。わたしが入社してから初めて見るんですけどっ」
驚いたように目を丸くする七瀬。
どうしてこういう所ばかりに気がつくのか、この子は。
「いいでしょ、たまには」
「いやいや、せんぱぁい。隠してきれてないじゃないですかぁ?」
七瀬がにやけ顔で、口元を押さえてふっふっと肩を揺らす。
何か勝手に妄想して、勝手に笑い始めている。
「何も隠してないんだけど」
「絶対、彼氏じゃないですかぁ?急にお弁当作ったり、定時に上がるとか。この後、予定があるんでしょう?」
あー……やっぱりそうなったか。
当たってはいないのだけど、全く的外れというわけでもないのだから私としては微妙な心境になってしまう。
否定するのにも、若干引っ掛かりが出来てしまうというか。
それにしても七瀬のニヤニヤが止まらない。
「ちがうって」
「なら、今日はどうしてこんなに早いんですかぁ?」
「買いたい物があるの」
「彼ピへの贈り物ですか?」
う、うぜぇ……。
なんで全部そっち方面でしか会話が成立しないんだ、この子は。
いやいや、待て待て私。
それもこれも、私の軽率な行為から始まってしまった事なんだ。
怒りの矛先を間違えるな上坂栞。
「あんたみたいに新しい男が出来る度に貢ぎまくるような趣味ないから」
「ああっ、ヒドイっ!それわたしが本気で後悔してるやつなのにぃーっ」
うわあんと顔を歪める七瀬。
カウンターを喰らって神妙な雰囲気になり、会話は打ち切られた。
七瀬の無駄話も聞いていれば、こういう時に役立つことを学んだ。
「しくしく……あーあ……。こんな曇った心じゃもう仕事できない、かえろっと」
あんたはいつも定時に上がるでしょうがっ。
と、心の中だけでツッコんで私も会社を後にした。
退社後、大手の家具屋さんに足を運ぶ。
雛乃の布団を買うためだ。
「うーん……」
とは言え、どれを買ったものかと悩む。
というのも、人には好みというものがある。
特に金髪ギャルなんて見た目に最もこだわる生き物だろうから、寝具なんかもこだわりがあるかもしれない。
居候なのだから、そこまで注文する言われもないのだが、とは言えこうして新しい物を買うのだから好みに合わせて問題があるわけでもない。
「一緒に連れてくるべきだったか……?」
いや、しかし。
金髪の女子高生と一緒に歩くのは、どうなのだろう……?
まあ、私服に着替えてもらえば年齢は分からなくなるだろうけど。
それでも職場の人に見つかったりでもしたら、何と説明したらいいか分からない。
友達にしては若すぎるし、親族にしては顔立ちが違い過ぎるしなぁ……。
まあ、どれも考え過ぎなのだろうけど。
押し通せば何とかなるような気もする。
それでもそうしないのは、やはり自分でしてしまったことに後ろめたさを感じてしまっているからだと思う。
「はぁ……あらかじめ好みとか聞いとくんだったな」
ダメだ打つ手なし。
明日にしようかとも思ったけど、雛乃も自分の寝床はすぐに欲しいだろうし
まあ……何でもいいから買って帰るか、と。
若干、ヤケクソになった。
◇◇◇
「……」
家の前、両手には買ってきた布団一式セットでパンパンである。
ここからバックの中に手を入れて鍵を取るのは至難の業。
布団を置けばいいじゃないかとも考えたが、地べたに付けたモノを家の中に持ち込みたくないという思いもある。
潔癖でもないくせに、こういう所だけ妙に気になってしまう性格が煩わしかった。
「あ、チャイム押せばいいのか」
ボタンなら、このまま押せそうではある。
中には雛乃がいるのだし、開けてもらえばいい。
布団を持ち上げつつ、指先だけ伸ばしてチャイムを押す。
――ピンポーン
部屋にチャイムの音が響き渡る。
『はいはーい。今、開けるねー』
モニター越しで私を確認したであろう雛乃の声がスピーカーから鳴る。
ばたばたと廊下を急ぎめで足音が鳴ると、ガチャリと開錠される金属音が続く。
「おかえりーって、その荷物はなに?」
両手いっぱいに広がる私の荷物を見て、雛乃は首を傾げていた。
「雛乃へのプレゼント」
「……デカくね?」
確かに、プレゼントにしては大きすぎるかもしれない。
布団だと分かれば普通だろうけど。
「布団、毎日あの狭いベッドで寝るの大変でしょ」
「え、うそ」
理解した雛乃が私の手から布団を受け取る。
「おっと、意外に重くね?」
「そうなのよ、肩凝りそう」
歩いて持って帰るには、ちょっと大変だった。
「なんか申し訳ないなぁ。あ、それよか早く休みたいよね。入って入って」
そう言って雛乃は慌てて部屋へと引き返す。
……うむ。
家でチャイムを押したら人が出て来て、荷物を受け取ってくれる。
これはまた随分と新しい経験だな、なんて思ったりする。
同棲ってこんな感じなのかなぁ……と、またアホな妄想をしてしまい、頭を振って部屋へと入った。
「好みに合うか分からないけど、とりあえずそれにした。大丈夫?」
「あ、うん、全然いい感じ。ありがと」
アイボリーとブラウンのチェック柄、暖色系の柔らかい見た目だった。
「あれか、ドンキの黒とかピンクのやつの方が良かった?」
なんか私のギャルのイメージ。
最初からそっちにするべきだったかも。
何となく私の好みでシンプルな家具屋さんに足を運んでしまった。
「いやいや、これ可愛いよ」
それなら、良かったけど。
とは言え、遠慮をしているのかもしれない。
いまさら好みを知ったところで手遅れだが、答え合わせ感覚で聞いてみる。
「好きな色は?」
「金」
「……金の布団はなかったなぁ」
「いや、だから色は関係ないって」
雛乃はなぜか面白そうに笑っていた。
にしても、金色が好きって珍しい気がするな。
それで金髪にしているんだろうか。
「それより疲れたでしょ?」
「うん、疲れた」
「ご飯の用意は出来てるし、お風呂も準備できてるけど?」
「……あんたは、私の嫁になったのか?」
「え?」
「あ、すいません。何でもないです」
やばい、思わず変なことを口走ってしまった。
抱いてしまった女子高生にこの発言は完全なセクハラではないか。
家に帰ってきて気が緩んだのか、雛乃に対して心を開きすぎてしまったのか。
どちらにせよ軽率な発言なことに変わりはない。
「あはっ、なになに。上坂さんはあたしみたいな人を嫁にしたいのー?」
ばっちり聞かれていた。
しかも何か軽く笑われてバカにされてるっぽい。
変に重く受け止められないのは良かったけど。
しかし、私は自分の軽率な発言を自己回収しなければならない。
「いや、私のお嫁さんは黒髪ロングの大和撫子。由緒正しい家系に生まれ育ち、正しい日本語を扱う、和を尊ぶ清廉な人で……」
「真逆すぎんだろ」
なぜか真顔で返された。
いいでしょ別に。
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