11 / 52
11 変化に敏感な人
しおりを挟む「やっぱり男の人って、経済力が大事だと思うんですよぉ」
「はあ……」
職場での昼休みになった途端、後輩の七瀬杏はそんなことを私に吹聴してきた。
どういうつもりか知らないが、その手の話題を私に振るのは嫌がらせだろうか。
普通の感覚で言うと嫌がらせに他ならないのだが、この子は感覚がおかしいことも知っているので何とも言えない。
「お金を稼げる人だと頼りがいありますし、安心感もありますよねぇ」
「気のせいかな。この前は“働いてくれていたらそれでいい。何よりも思いやってくれる優しさが大事っ”……的な発言を七瀬の口から聞いたんだけど」
「あはは、やだなぁ先輩。わたしだって意見が変わる時くらいありますよぉ」
つい2週間前の話だけどなっ。
そんなコロコロと気分で主張を変えないでもらえるかなっ。
「そもそも経済力があれば人としての余裕が生まれますからね。それが優しさにも繋がるんですよ」
「今、思いついたように以前の主張を織り交ぜないでくれるかな」
「バレました?」
バレバレだよ。
……とりあえず、七瀬は懐に余裕のある殿方とお近づきにでもなったのだろう。
状況に合わせて価値観を一瞬で変容できるのは、彼女の柔軟さだとも理解している。
悪く言うと節操がない、だけど。
私はそういう柔軟さもなく、いつまでも昔に囚われているからこうして一人なのだろうし……。
おおっと、これ以上暗い方向に話を持っていくな。
メンタルが闇落ちする前に思考を放棄する。
七瀬の恋愛講義も終わった所で、私は雛乃からもらったお弁当を食べることにした。
デスクの上にお弁当箱を広げる。
中身は蒸した鶏肉に大根おろしのソースを絡め、卵焼き、サラダが詰められていた。
なんか、体にも良さげで美味しそうなんだが。
「いただきます」
挨拶して箸で摘まむ。
鶏肉は歯切れが良くさっぱりとした味つけで、卵焼きはほんのりと甘く、サラダはレタスや豆腐との食感の差が心地よい。
雛乃の結婚した旦那は、将来こういう物が食べられるのかぁ……と謎の妄想を膨らませてしまった。
「……先輩?それ、なんです?」
横からずいっと七瀬が顔を出してくる。
いつも七瀬は職場の同期や知人と外食に向かうので、昼休みはすぐにデスクから離れる。
そのためもうすぐに行くかと思っていたのに、驚いて反射的に身をすくめてしまう。
「な、なにって……普通にお弁当だけど」
「先輩がお弁当なんて、初めて見たんですけど」
なぜかそんなことを気に掛ける七瀬。
こういう変化を見逃さない所が彼女の嗅覚の鋭さなのか、私自身のタイミングの悪さも感じる。
「た、たまには私だってお弁当くらい食べるから」
「“お弁当を作るのに掛かる時間とか食材費とか計算したことある?出来合いの物を買った方が絶対にコスパいいから”って身も蓋もないことを言っていた先輩が?」
ああ、そんなこと言ってたこともあったなぁ……。
自分で言ってる時は正論だとしか思えないのに、他人から聞くとやけに拗らせているのがよく分かる。
「たまにはコスパ悪いこともありかなって」
「先輩?コロコロと主張を変えると一貫性がない人だと思われちゃいますよ?先輩は頼られてるんですから、軸はしっかりしないと」
お前にだけは言われたくねえぇ……。
なんかしたり顔で語ってくるけど、私のその主張なんて数年前からのものだからな。
少なくとも、2週間で意見を手の平返しさせる七瀬にだけは言われたくない。
「で、誰に作ってもらったんですか?」
言い返そうとしたのに、七瀬が急に話題を変え、しかも嫌な所のど真ん中を突いてきて言葉を失う。
「……いや、自分で」
「普段料理をしない先輩がそんな綺麗なお弁当作れるわけないじゃないですかぁ」
「なんで断言できるのよ」
私の料理の腕前をなぜ知っている。
壊滅的なのは事実なのだけど。
「先輩が食に無頓着なのは知ってますからねぇ。あれですか、彼氏ですか?」
結局、そこに持って行きたいだけの七瀬である。
しかし、当たらずも遠からずという所が恐ろしい。
「いや、彼氏にお弁当作ってもらうとかないでしょ」
逆ならまだしも。
「今時それくらい不思議じゃありませんって。特に先輩にはそういう包容力のある男性の方が向いてると思います」
「勝手に私の恋愛観を語ってくるな」
「それで、誰に作ってもらったんですか?」
七瀬は私の話を聞いてるようで全く聞いていない。
私から香っている第三者の気配に興味深々といった様子で、その変化を面白がっている。
その嗅覚と他人に対する興味には恐れ入る。
しかし、その情熱を仕事の方に向けてくれないだろうか。
「私です」
まさか、女子高生に作ってもらったなんて口が裂けても言えるわけがない。
ここは押し通す他にない。
「嘘です。先輩はそんなこと絶対しません」
「料理を始めるようになったの」
「彼氏が出来たから、その人のために作るようになったってことですか?」
「話しを全部そっちに持っていくな」
恐ろしいピンク脳だ。
「じゃあ、どうしていきりなりそんなこと始めたんですか?」
「……将来のためよ」
いずれ現れる旦那様のために。
花嫁修業的なことを始めた、そんな設定にするしかないだろう。
「……先輩」
「なによ」
七瀬は急に目を細めて、何やら遠くを見つめたような表情を浮かべている。
そんな哀愁漂う空気を出される意味はさっぱり分からないが。
「先輩が目標に向かってコツコツと努力できる人だって知ってますし、仕事においてその姿勢をわたしはとても尊敬しています」
「え、あ、うん……」
なんだ、急に褒められたぞ。
後輩とは言え、常に仕事を一緒にしている人に評価されて悪い気はしない。
「でも、彼氏を作る努力をしないのに、デキた後のことだけ考えて練習するのは何か違う気がします……現実逃避っぽいです」
あ、ちがう。
こいつ、私を可哀想なものを見る目でそんな物憂げな雰囲気になってたんだ。
完全に憐れまれている。
「ていうか、正直怖いです」
「勝手なことを言うなっ」
「先輩、歳の割には若く見えて可愛いんだし。もっと彼氏を作る直接的な努力をしましょうよ」
「……う、うるさいなっ」
褒めと憐れみを同時にされて情緒がおかしくなる。
仕事はともかく、プライベートな話になると七瀬の手綱を上手く握れない。
「ていうか、今、歳って言った!?」
七瀬、やっぱり私のことを馬鹿にして……!?
「先輩がその気になったら、そういう場をセッティングしてもいいですし。なんだったら男性も紹介しますからっ」
要らない親切心。
そんなものなくたって、私は――
「間違った方向にだけはいかないで下さいね?」
「うっ……」
“間違った方向”
その単語に言葉が詰まった。
「七瀬、ごめーん。待たせたぁ?」
入り口から別の部署の女性スタッフが声を上げている。
それに合わせて七瀬が手を振る。
「ううん、今行くー」
七瀬はデスクから離れて行った。
「……」
何も言い返せないのは、女子高生を家に住まわせてしまった過ちゆえか。
それとも恋愛観に対して七瀬の意見が的を射ているからか。
どちらにせよ、私に問題があることに変わりなかった。
……まあ、私、彼氏なんて必要ないんだけどね。
そう言い聞かせる度に雛乃の顔が思い浮かぶのは、私自身よく分からなかった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説


とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件
楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。
※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。
白藍まこと
恋愛
百合ゲー【Fleur de lis】
舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。
まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。
少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。
ただの一人を除いて。
――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)
彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。
あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。
最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。
そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。
うん、学院追放だけはマジで無理。
これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。
※他サイトでも掲載中です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

かわいいわたしを
丘多主記
恋愛
奈々は、王子様のようにかっこよくて、女の子にモテる女子高生
そんな奈々だけど、実はかわいいものが大好きで、王子様とは真逆のメルヘンティックな女の子
だけど、奈々は周りにそれを必死に隠していてる。
そんな奈々がある日、母親からもらったチラシを手に、テディベアショップに行くと、後輩の朱里(あかり)と鉢合わせしてしまい……
果たして、二人はどんな関係になっていくのか。そして、奈々が本性を隠していた理由とは!
※小説家になろう、ノベルアップ+、Novelismでも掲載しています。また、ツギクルにリンクを載せています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる