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01 ギャルJKと同居……?
しおりを挟む恋人との同居生活。
それがリアルからファンタジーに変わってしまった頃、私はすっかりアラサーになっていた。
恋人なしの独身女性として生きていると、たまにメンタルが闇落ちすることがある。
いや、ほとんど毎日と言ってもいいかもしれない。
「うう……」
そのせいだろか、何だか寒い。
体はベッドの中だが、どこからか風が吹き込んでいるのを肌で感じる。
「クーラー、つけっぱなしで寝てたのか……」
昨夜の記憶は定かじゃない。
が、飲み過ぎて体が火照った時はクーラーをつけたまま寝てしまう事が過去に多々あった。
きっと昨夜も同じ行動を繰り返してしまったのだろう。
止めたらいいのだろうけど、リモコンのために動きたくない。
体が気だるく重い……窓から背を向けようとごろりと寝返りを打つ。
風を相手にこの行為がほとんど意味を成さないのは重々承知だが、今の私に出来る最大限の防御反応は、これが限界だった。
寒さを凌ぐため布団の中で体を丸めようとする……が。
「あれ、あったかい……」
なぜだろう。
反転しただけで急に暖かさが伝わってくる。
それだけではない、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
とにかく心地よいぬくもりと香りが、ストレス過多な私の心を優しく包み込む。
自然とその癒しに近づこうと体を寄せる。
ふにっ、と柔らかい感触。
なんと。
ぬくもりと香りだけに飽き足らず、この癒しは感触まで完璧ときた。
私にもたまに幸せな事が――
「あ、やらしー」
――あると思ってましたが?
何か、声が聞こえてきたんですけど?
張りのある瑞々しい高い声。
私からはすっかり失われていたその声音が、なぜか部屋に反響している。
癒しは一瞬にして反転、恐怖と変わる。
眠気も頭痛も吹き飛ばされ、私は目を開く。
目の前には艶やかな金髪と、顔立ちの整った女子が寝ていた。
……視線が絡み合う。
丸々としたつぶらな瞳に、ふさふさのまつ毛。
濃い目の化粧。
完全にギャルのそれだった。
しかし、完全に初めましての人物である。
身の毛がよだつ、とはこの事だろう。
「はあっ!?あんた、ななっ、なにやってんのっ!?」
「いや、それあたしのセリフ的な……?」
「は、何言って……」
「ほれ、ほれ」
意味わかんない、と泡を食っていたら目の前のギャルは目線を下に向ける。
とりあえず従って目を向けると、私の手が、掴んでいた。
その……見知らぬギャルのおっぱいを。
なるほど、癒しの感触はこれだったのか。
ていうか、デカいなこいつ。
「って、そうじゃなぁぁああい!」
一個疑問が解決したところで、遥か巨大な疑問がそのままだ。
こんな恐怖の現実を見過ごすことも出来ない。
私は飛び跳ねるようにベッドから身を起こす。
その動きに合わせて、布団も翻る。
「あ、寒いんですけどー」
妙に間延びした声でギャルは腕で体を摩りながら、身を起こす。
しかし、その姿が問題だった。
容姿にも目を惹くが、それ以上の大問題。
ギャルは裸だったのだ。
いや、自由奔放にも程がある。
「そりゃそんな恰好したら寒いに決まってるでしょ!?ていうか、あんた何で裸なのっ!?」
「あはは、それは上坂さんも一緒じゃん」
上坂……上坂栞は私の名前だ。
なぜだ、なぜ見知らぬギャルが私の名前を知っている。
素性を知られていることに更に恐怖感を抱きつつ、不可思議な発言に眉をひそめる。
一緒……だと?
私は自身の姿を顧みる。
一糸まとわぬ、見慣れたアラサーのだらしない裸体だった。
なるほど、どうりで寒いわけだ。
「って、どうして私まで裸なわけっ!?」
「えぇ……?なにそれ、ひっどぉーい」
ギャルが唇を突き出して、何やら不機嫌な声を漏らす。
この場において、彼女が機嫌を損ねることなんて有り得るか?
「ヒドイって何、酷いのは不法侵入のあんたでしょっ?」
「いやいや、昨日あたしを部屋に連れ込んで、そのまま抱いたクセにそれはないでしょ」
「……えっと、今、なんて?」
キーンと耳から頭の奥まで反響音が響いていた。
多分、脳が拒否していたんだと思う。
「だから、抱いたじゃん。あたしを泊めてくれる代わりに、抱かせろって」
「……という妄想ね?はいはい、オッケー」
ああ、笑った笑った。
なにその面白い冗談。
ユーモア効いてるねぇ。
「逆にこの状況で、それ以外ありえる?」
「そ、それは……」
しかし、ギャルはそれが現実だと突き付けてくる。
いや、まあ、状況証拠的にはだいぶその説は有力だけども……。
まあ、もうこの際、どうでもいいっ。
「ああ、おっけおっけ。あんたのその下らないジョークに、この優しい私は乗ってあげる。でも、もう目が覚めたこれまでね。もう帰ってちょうだい」
「あはは、帰る所ないから上坂さんの所に来たんじゃん」
「知らん」
「体と引き換えに家に住ませてくれるって」
「ムリ、いいから出てけ」
まあ、泥酔して昨日の記憶が一切ない私にも落ち度はある。
でも、それもここまでだ。
これから先の私は真人間。
見ず知らずの人間を住まわせるほど、私も酔狂ではない。
まあ……見た目は可愛いけれども。
それを差し引いても、いきなり他人と同居とかありえない。
「いや、それだとあたし困るんだけど」
「私も困るんだよ」
さっきまでヘラヘラと笑っていたギャルも、さすがに私の様子を見てその拒否具合を察してきたのか。
妙にシリアスな表情に変わってきた。
「……えっと、ガチ?」
ボキャブラリーが貧困だな。
もっと多様な言葉を使え。
「マジだよ、ガチだよ、本気だよ。住む所ないなら他あたりな」
「お金ないし」
「働けよ」
社会、舐めてんのか。
いや、確かに舐めてそうな見た目してるもんな。
妙に軽薄というか、10代のノリを引きずっているようにしか見えない。
「いやぁ……せっかくだから上坂さんの所がいいなぁ」
「その上坂さんが良くないって言ってんだよ」
「……マジか」
「マジだっての」
ギャルは、がっくりと肩を落としてうなだれる。
一体、私のどこの何を気に行ったのか。
どうせ自己主張の少ない都合のいい女にでも見えたのだろう。
甘いな、私はこう見えても嫌なことは嫌と言える女なのだ。
そのせいで、誰も寄り付いてこないがな!
……くそ、自分で自分を傷付けてしまった。
「他の人に言いふらしちゃうよ?あたしのこと抱くだけ抱いて捨てたって」
「勝手にしなよ」
「どうなっても知らないよ……?」
「どうにもならないよ」
一夜限りの付き合いなんて星の数ほどある。
特に酒を飲み過ぎた日にはそういう事が起きやすい……と、よく聞く。
私自身が経験したのはこれが初めてだったけども。
今後は気を付けようと思う。
しかし、だからと言ってこれくらいのことは噂にもなり得ない。
他人同士の一夜など、それこそ誰も興味もないものだから。
「ちぇっ、ほんとに知らないんだからなぁ」
負け犬の遠吠え。
住処を亡くそうとしている哀れなギャルは不満そうに立ち上がる。
その剥き出しの肢体が視界に飛び込む。
四肢は細いのに、膨らみのある部分は豊満で、何より肌の張りが半端ない。
……スタイルいいな、こいつ。
って、そうじゃない。
兎にも角にも、ギャルは渋々といった様子で着替え始めた。
その間に私もとりあえず寝間着のスウェットを着こむ。
ギャルは床に散らばった下着を着け、そのままブラウス、スカート、リボン、ブレザーを着て……。
「はあ……、じゃあね。上坂さん」
「待て、こら」
私は背を向けたギャルの肩を掴む。
望んでいたはずの状況が着替えた途端、一変していた。
「なに」
「あんた……それ、コスプレ?」
「は?」
意味わかんないんですけど?
みたいな反応がより一層、その姿に偽りがないことを示していた。
つまり、その……制服姿。
誰がどう見ても女子高生。
なるほど、どうりであったかいし、肌の張りも段違いなわけだ……。
ああ、だからそうじゃないって。
「えっと、あんた女子高生?」
「うん、まあ」
冷や汗が止まらなくなっていた。
「えっと、さっき言いふらすって言った?」
「うん」
やべえ、やべぇって。
女子高生抱いたとか、社会的にアウトじゃねぇか。
さすがにそれはマズすぎる
「ちょっと、それはやめて欲しいかなぁ……なんて?」
「“どうにもならないよ”なんでしょ?」
さっきの私のセリフ。
しかし、その発言は取り消そう。
だってこれは既に犯罪案件だ。
「いや、ちょっと、何やら良くないと思うんで……」
「都合いいなぁ。出て行けって言うし、言いふらすなって言うし。それじゃ聞けないよ」
ギャルは唇をとがらせる。
可愛い……けど、事態は全く可愛くない。
「口止め料を寄越せ、と?」
さすがに私も察する。
「あ、うん。それいいね」
「何をご所望で……?」
立場は逆転。
私が下手に出るしかなくなっていた。
「最初から言ってるじゃん。エッチなことした責任として、ここに住まわせて?」
「……」
天秤に懸ける。
犯罪と隠蔽――どちらをとっても茨の道だが。
万が一があるとすれば……。
「す、少しの間だけ、ね……?」
ギリの妥協案。
どっちにせよ、女子高生を家に長く住まわせるわけには行かない。
彼女を懐柔し、同意の上で家に帰ってもらおう。
「わあ、やった!」
さっきまで曇り模様だったのに、お日様が差したような明るさ。
若けぇ……。
「よろしくね、上坂さんっ」
「あ、ああ……よろしく。えっと……」
いや、だから誰なの、この子。
「雛乃寧音、あたしの名前」
「あ、うん……よろしく、雛乃」
まさかのギャル系女子高生との日々が始まってしまった。
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