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104 覚悟を決めて
しおりを挟む期末試験最終日。
あっという間に時間が過ぎて、もうすぐ夏休みを迎える。
その前にわたしは答えを出さないといけない。
答えは自分の中にあると、金織さんが教えてくれたから――。
昼休み。
今日は購買には寄らず、少しだけ遅く歩いて屋上へ向かう。
お腹が空く気配がないから、緊張しているのかもしれない。
扉を開けると、昨日と同じくらい晴れやかな空と、そこに佇む少女がいた。
「やあ、今日も来てくれたんだね」
「昨日、そう言ったじゃないですか」
「君なら平気で無視されることもありそうだからね」
二葉先輩は、いつものように力が抜けている。
自然体なんだろうけど、その余裕はどこからくるんだろう。
「無視なんてしません、あんなこと言われて出来るわけないじゃないですか」
少なくともわたしのことを思って差し伸べてくれた手を、そんな突き放すようなことはできない。
「それじゃ、答えを聞かせてもらってもいいかな?」
「いきなりですね」
「本題が終わらないと、雑談なんて盛り上がらないでしょ?」
「それは……そうですね」
自分の心に問いかけた。
わたしがどうしたいかって。
でも、そんなの分かりきっていた。
だって、こんなにも傷ついて動けなくなったのは、その人が何よりも大事だったからだ。
その大事な人の代わりなんているわけがない。
誰かで埋め合わせようだなんて出来るわけがないし、二葉先輩にも失礼だった。
覚悟を決めて、二葉先輩の顔を見る。
今日はお互いに同じ目線で、太陽で表情が見えなくなることもない。
「二葉先輩ありがとうございます。こんなわたしに優しい言葉を掛けてくれて、嬉しかったです」
素直な気持ちを打ち明けて、頭を下げる。
「うん、私はやりたいことをしただけだけどね」
二葉先輩の抑揚は変わらない。
どう思っているのかは分からない。
だけど――。
「でも、やっぱり先輩には甘えられません」
顔を上げて、言い切る。
先輩はほんの少しだけ目を見開いて、いつもの緩んだ笑顔に戻る。
「私じゃ物足りなかったかな?」
「いえ、そういうことじゃないんです」
わたしなんかが、そんな偉そうなことを言う資格なんてない。
そうじゃなくて、もっと単純なこと。
「やっぱりわたしは、諦めきれないんです」
一度拒絶され、手を放されて、居場所を失っても。
それでもわたしは学校に来続けた。
いつだって諦めることも出来たのに。
それでも耐えていたのは、ずっと期待していたからだ。
「あの子のこと、君は忘れられないんだね」
「はい」
「また君のことを拒絶するかもしれないよ?」
「だとしても、それが二葉先輩に頼る理由にはなりません……いえ、しちゃいけないんだと思います」
思いがないのに人に寄りかかってはいけない。
楽になれるかもしれないけど、その関係は少しずつ歪んでいくと思うから。
「そっかそっか、じゃあ頑張っていきなよ」
それでも二葉先輩は軽やかに笑う。
「……怒らないんですか?」
「なんでかな」
「いえ、助けてくれようとしたのに結局断ることになってしまって……」
差し伸べた手を握り返してくれないのもツラいはずだから。
「覚えてないかな、涼奈ちゃん」
「……はい?」
「私はね、面白いものに興味があるんだよ」
「……はあ」
それは彼女との出会いから聞いている言葉だけど。
「自分の手に届かないからこそ、面白いことってあるでしょ?」
それか彼女らしい言い回しで。
本音なのか、気を遣ってくれているのかは、未熟なわたしには分からなかった。
◇◇◇
覚悟は決まった。
もう一度、凛莉ちゃんと話し合ってみる。
凛莉ちゃんがまたわたしのことを見てくれるかどうかは分からない。
それでも、わたしはもう後悔したくなかった。
教室に戻り、席に着く。
「進藤くん」
でも、その前にやらなきゃいけないことがもう一つある。
「ああ、なんだよ涼奈。今必死に単語を覚えてるんだ、どうせ話し掛けるなら英語で話せ」
こ、この男……。
お互いにそんな頭ないくせに……。
「放課後、ちょっと時間いい?」
「……いいけど、どうかしたか?」
「話しがあるの」
真剣さが伝わったのか、今度は冷やかさずにわたしのことを見る。
「なんだよ改まって」
「これからのこと」
「……まあ、いいけど」
腑に落ちない様子ではあったけど。
進藤くんは頷いて、教科書に視線を戻していた。
――パタッ
床に物が落ちる音。
「……ん?」
見ると、ブランド物の財布が落ちていた。
(知識がなさすぎて高いのは分かるけど、どこのブランドとか分からない)
とりあえず拾い上げる。
「あ、ごめん」
財布を取って見上げると、橘さんがわたしを見ていた。
どうやら彼女の物らしい。
「はい」
「あ、ありがと……」
橘さんに手渡すと、そのまま自分の席へと戻って行った。
放課後。
残ったのはわたしと進藤くんだけになった。
「……それで、何だよ涼奈。ようやくテストから解放されたってのに最後まで残らせてよ」
「それは、ほんとにごめん」
「……用件を言えよ」
ずっと主人公である進藤湊に対して、わたしは向き合おうとしてこなかった。
他のヒロインと繋げようとするばかりで、彼と対話をすることを避けていた。
でも、結果的に最後までヒロインとの仲を続けてしまったのは雨月涼奈だ。
それが全ての過ちだったんだと思う。
「夏休みのことなんだけど、誕生日お祝いしてくれなくていいから」
「……あ、そう」
「うん、これからも幼馴染だけど。特別なことはしなくていいから」
「……どうしたんだ。一人でいたいわけ?」
進藤くんは驚きと心配が入り交じったような顔をする。
きっと、わたしのことを考えていてくれてるんだと思う。
でも、こういうのを見てみぬふりしてきたらダメだったんだ。
「わたしね、好きな人が出来たんだ」
「……ガチ?」
今度こそ本当に驚いたように声が上がる。
「うん、だからね。わたしは出来ることなら、好きな人とずっといたいの」
「……へ、へえ。あの涼奈が、好きな人……へえ……」
先細りしていく進藤くんの声。
今の進藤くんの中でどれくらい雨月涼奈に対する気持ちが芽生えているかは分からない。
でもきっと、幼い頃から育んできた気持ちはゼロではないと思う。
それこそエンディングの選択肢として、雨月涼奈のルートはあるのだから。
だから、わたしのやるべきことは誰かに責任を丸投げするんじゃなくて。
自分からはっきりと彼との関係を断ち切るべきだったんだと思う。
そうして初めて雪月真白は、進藤湊と雨月涼奈とのしがらみから逃れることが出来る。
そうじゃなければ、凛莉ちゃんと向き合っていいはずがなかったんだ。
「そうか、そうか……。お前、どんどん変わっていったもんな。そういうことだったか」
「うん、そういうこと」
進藤くんは自分に言い聞かせるように頷き続ける。
「オッケー、そういうことなら分かったぜ」
「いいの……?」
わたしの言っている事は、進藤湊と雨月涼奈との関係性を断ち切ることだ。
それを彼が、こんなにもすぐに受け入れてくれるとは思わなかった。
「幼馴染の腐れ縁だぞ。お前の本気度くらい分かるし、それを否定するほど俺も野暮じゃねえよ」
ぐっ、と進藤くんは拳を突き出してくる。
多分、拳を突き合わせてグータッチしたいのだろう。
でもそれ、女の子にすることじゃないんだけどなぁ……。
「ありがとう」
それでもまあ恥ずかしいけど、拳を突き出す。
理解してくれた進藤くんに感謝して。
ゴツン、と意外に硬い拳の感触が返ってくる。
よし。
これで後は、凛莉ちゃんに……。
――ガガッ!
「え……?」
廊下側の扉の方から物音がした。
ガラスに映り込んだ茶色の髪がなびいて、そのまま消えていく。
でも、直観的に分かった。
凛莉ちゃんだ。
きっとそうだ。
凛莉ちゃんがそこにいたんだ。
「涼奈、行けよ」
「え、進藤くん誰か分かったの?」
髪の毛が一瞬映り込んだだけなのに。
「いや全然」
「じゃあ何で言ったの……」
「でも展開的にお前だろ、こういうのって」
「……」
ほんとテキトーでいい加減だけど。
そのはずなのに、迷いは消えた。
きっと、伝えるのは今なんだと思って廊下へ駆け出す。
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