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99 嘘 side:日奈星凛莉

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涼奈すずなの誕生日、ちがうの?」

 耳を疑うような会話だった。

「あ、えっと……」

 涼奈は目線を反らす。

 その癖は何かしら当たっている時で、否定すらしてこない。

「涼奈、あたしに嘘ついたの?」

 嘘の誕生日を教える意味ってなに。

 そもそも誕生日なんてどうでもいいと思ってるってこと?

 なら、あたしの誕生日に涼奈はどうして贈り物をくれたの?

 ネックレスが、首に巻き付いて締め上げてくる気がする。

日奈星ひなせさん。涼奈がどうかした?」 

 涼奈の前に座る進藤しんどうが声を掛けてくる。

 涼奈は黙ったまま言葉を発さないから、進藤から聞く方が早いかもしれない。

「涼奈の誕生日って、いつ」

「え、8月だけど……」

「そうなんだ。その誕生日に進藤はなにしようとしてたの?」

「ああ、涼奈はいつもぼっちだから誕生日は毎年祝ってやってたんだよ。俺が」

 なんだそれ。

 そんなこと聞いてない。

 涼奈から教えてもらってない。

「ちょうど夏休みだし、今年も祝ってやろうと予定を確認していたところ……っていつも予定なんかないもんな、お前」

 進藤の涼奈に対する距離感はあまりに気安い。

 昔ならそれでも良かったかもしれない。

 でも今の涼奈はあたしがいるのに、そんなことを許していいはずがない。

「ちょ、ちょっと進藤くん……わたし、やるなんて言ってない」

「は?いつもやってただろ」

「でも今年はちがくて……」

 昨日、あたしが涼奈に夏休みの予定を聞いた時だ。

『ね。だから夏休みはあたしとずっと一緒ね』
 
『うん、多分大丈夫』

『……多分?』

『もしかしたら、用事入るかもしれないでしょ』

 なんて中途半端に誤魔化していた。

 あたしは全部キャンセルするって言ったのに。

 これがその用事か。

 毎年恒例のお祝い事。

 それをあたしに邪魔されたくなかったってこと?

 だから、あたしに嘘の誕生日を教えたってこと?

 そんなの意味が分からないし、信じたくはない。

 でも、他にどうすればこの出来事に説明がつく?

「涼奈、そんなに進藤に誕生日祝って欲しかったんだ?」

「いや、凛莉ちゃんちがうって……」

「じゃあ、なんであたしに嘘の誕生日を教えたの?6月なんて意味わかんないこと言って」

「それ、は……えっと、その……」

 涼奈は口をパクパクするだけでちゃんとした説明を何もしようとはしない。

 そんなの、認めているようなものだ。

「お前、日奈星さんにそんなことをしてたのかよ。引くわー。ていうかそんなに俺に祝って欲しかった感じ?」

 涼奈に腹を立てているけど。

 進藤にも腹が立つ。

 あたしが涼奈と付き合っているのに、進藤はあたしよりも優先されている。

 ただの幼馴染があたしの知らない涼奈を知り、求められている。

 こんなに不愉快なことはない。

「涼奈の好きなぬいぐるみって、進藤わかる?」

 進藤が涼奈の誕生日に何を贈ろうとしているのか、何が好きか分かっているのか。

 そんな競争心があった。

「ぬいぐるみ……?涼奈にそんな趣味あったか?部屋に何も置いてなかったよな?」

「……」

 あたしは言葉を失う。

 家に行ったことがあるのもムカつくけど。

 それよりもショックなのは、ぬいぐるみは趣味じゃないはずだと言っていること。

 昔から涼奈のことを知る、進藤が。

「い、いやっ、最近好きになったって言うかっ……」

「あ、そうなの?急にメルヘン路線に走ったな」

 言われて見れば、涼奈の部屋にはあたしが贈ってあげたペンギンのぬいぐるみしかない。

 ぬいぐるみを好きな子が、プレゼントされるまで一つも持ってないなんておかしくないか?

 一体、涼奈の言っていることはどこまで本当なんだろう。

「涼奈、それも嘘なの?」

「い、いや、嘘じゃないっ。本当だから」

 じゃあ、進藤が嘘をついてるってこと?

 いや、進藤がそんな嘘をつく必要はどこにもない。

 それに思い返せば、涼奈は初めて出会った時から違和感を残していた。




『雨月さん、甘いものとか好き?』

『……嫌い』

 涼奈は、甘いものが好きだった。

『放課後だし、ちょっとお腹空いてたりしない?』

『空いてない』

『あ、じゃあ喉は乾いてるでしょ?けっこー走ったし、雨月さん息切らしてたし』

『乾いてない』

 そうやって当たり前のように嘘をついていた。




 もしかして、ずっと嘘をついてたってこと?

 ぬいぐるみも嘘で。

 誕生日も嘘で。

 あたしのことも嘘で――。

「……そっか、分かった」

 ダメだ。

 このままいたら、きっとあたしは感情に任せておかしなことをする。

 ここにいてはいけない。

「凛莉ちゃんっ、待ってよ」

 珍しく声を張る涼奈は、あたしの手首を掴んでいた。

 でも、今のあたしにとってその手は触れて欲しいものじゃない。

「放して」

 涼奈の手を振り払う。

「えっ……」

 涼奈の悲しそうな声。

 ズキン、と胸が痛んだけど。

 だけど、それはあたしの方だ。

 こんな裏切られ方なんてない。

 あたしは涼奈に目を向けず、廊下へ飛び出した。






「り、凛莉ちゃんっ」

 家に向かって外を歩いていると、あたしを呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、鞄も持たずに息を切らした涼奈がいる。

「……なに」

 今、冷静に話せる自信はない。

「聞いて、さっきのは違うの」

「違うって……なにが?」

「進藤くんの言っていたことは、全然ちがくて」

 きっと、涼奈は誤解だと言って色々なことを語り出すのだろう。

 だけど、問題はそこじゃない。

 涼奈はずっと進藤に関することを隠していて、打ち明けようとしてこなかった。

 その違和感はずっとあったんだ。

 そして、明かされた事実。

 もしかしたら本当に誤解もあるのかもしれない。

 でも、だけど。

「それってさ、あたしはどう信じたらいい?」

「だから、それを今から」

「涼奈は、今まであたしに嘘偽りなく本当のことを話してくれてたって言える?」

「……っ」

 その一言で、涼奈はすぐに押し黙った。

 ほら、それが答えだ。

 進藤の言っていたことが本当に誤解なら。

 あたしのこんな一言で黙ったりはしないはずだ。

 全てが嘘じゃなかったとしても、どこかに本当の嘘があるから黙ってしまうんだ。

 そんなの、今の涼奈を見ていれば分かる。

 涼奈をずっと見ていたあたしだからこそ、その反応だけで理解してしまう。

「言ったよね、“あたしは涼奈の味方だから。何でも言ってね”“嘘、つかないでね”って……」

「それは……」

 涼奈はそこから黙ったまま、うつむいた。

「人間だからね。ずっと本当のことばかり言うわけにもいかないのは分かるよ。でもさ……これはよく分かんないよ。そんな嘘つく意味わかんないよ」

「……」

 本当はそれでも否定して欲しかった。

 それこそ嘘でもいいから、全部否定して。

 理由があるんだと言って欲しかった。

 でもそうしないのは、後ろめたいことがあるからなんだろうね。

「あたし、しばらく涼奈と仲良くできないかも」

「……うん」

 そうやって、すぐに諦める。

 本当に好きなら、愛してくれてるなら、放さないんじゃないの?

 繋ぎ止めようとしてくれるんじゃないの?

 あたしが求めていたのは、ずっと一緒にいてくれる人だったのに。
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