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89 気持ちが高まると

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「全く何なのですか、あの方はっ」

 結局、凛莉りりちゃんと金織かなおりさんは一緒にいると喧嘩してしまうので、別々で行動してもらうことに。

 ある程度目途が立ったところで、残りの片づけはクラスの人だけで十分だと金織さんを送り出すことになった。

 皆、金織さんにはビクビクしているので空気的にわたしが廊下までお見送りする事になる。

涼奈すずなはこっちでしょっ!」

 と思ったところで、凛莉ちゃんが後ろで声を荒げていたけど……

「まあまあ、金織のおかげで本当に片付け進んだんだから。あんたは黙ってな」

「それと涼奈は別でしょうがっ」

「はいはい、黙んないとメイド服の写真SNSにばら撒くよ?」

「はっ、なにそれ、いつの間にっ」

 たちばなさんが凛莉ちゃんを宥めてくれていた。

 ちょっと聞き捨てならない発言が聞こえたけど、それは凛莉ちゃんが猛抗議しているからお任せする事にする。

「金織さん、ありがとうございました」

 廊下に出て、わたしは頭を下げる。

 おかげさまで規定の時間で終わりそうだ。

「いえ、当然のことをしただけですから。雨月さんはお気になさらず」

 さすが金織さん、器の大きさが違う。

「ちなみにですが、文化祭で雨月さんから相談して頂いた件は上手く行ったのですか?」

「あ、えっと、それは……」

 そうだ。

 文化祭の途中で金織さんに悩みを打ち明けたら、それは凛莉ちゃんに対する恋愛感情だと教えてくれたんだ。

「その、はい……おかげさまで、何とか」

 金織さんにこんなことを伝えていいのか、困惑するけど。

 でも、相談に乗ってくれたのに答えないわけにもいかない。

「そうですか。それは良かったですね」

 でも、そんな不安とは裏腹に金織さんは微笑む。

 もしかすると、本当に喜んでくれているのかもしれない。

「金織さんのお陰です。ありがとうございました」

「いえ、私は何もしていません。それに深い事は詮索しませんが、学校では節度を持ったお付き合いをお願いしますね。雨月さんを叱りたくはありませんので」

「あ、はい。そこはちゃんとします」

 この一歩引いてくれる感じとか、やっぱり大人だなー。

「また何かありましたら、いつでも相談に乗りますから」

 そう言って金織さんは踵を返したけど――

「あの、一つ聞いてもらってもいいですか?」

「あ、はい。構いませんが、思ったより早かったですね」

 虚をつかれたようで、驚いたように振り返っていた。

「あ、あの。その人に誕生日プレゼントを贈りたいんですけど、何がいいと思いますか?」

「プレゼントですか……?正直、私はそういった経験がありませんので的確なアドバイスは出来かねますが……」

 そう言いながらも金織さんは考え込む。

「好みは勿論あるでしょうが、雨月さんが本当にその方を想って贈るものなら、何でも喜んでくれるのではないでしょうか?」

「何でも、ですか……?」

「ええ。自分の好きなものを貰う事でしか喜べないようなら、その方はきっと狭量なのでしょうね。本当に好きな相手を想うなら、選んでくれた雨月さんの気持ちを汲むべきでしょうから」

「なるほど……」

 うぬぼれかもしれないけど、わたしが贈るものは凛莉ちゃんは何でも笑って受け取ってくれる気はする。

 大事なのは何かじゃなくて、何でそれを選んだかの気持ちなのかな。

「ですが、その辺りの経験は雨月さんには敵わないでしょうから釈迦に説法でしたね。お聞き流し下さい」

「い、いえっ。そんなことないですっ、ありがとうございますっ」

「お役に立てたなら良かったです。それでは」

 そう言って金織さんは今度こそ去って行った。

「涼奈ーっ、そんなヤツはどうでもいいから戻ってきなさいっ」

「あ、はい。ただいまっ」

 不機嫌な凛莉ちゃんの声に急かされて、わたしは教室に戻る。


        ◇◇◇


「いやー。やっと終わったー」

 凛莉ちゃんは大きく伸びをする。

 文化祭の片付けは終わって、いつものようにわたしたちは二人で帰る。

「う、うん」

「意外に力仕事も多かったね。内装に力入れ過ぎなんだよ男子」

「そうだね」

「まあ、そのおかげで売り上げは一位だったみたいだから。いい働きだったんだろうけど……」

「なるほどね」

「涼奈?」

「うん、たしかに」

「……あいうえお」

「わかる、よくあるよね」

「…………おい、話しをちゃんと聞けっ」

「あいたっ」

 気付けば凛莉ちゃんにデコピンをされていた。

 しかも、結構強め。

「なにボーっとしてんのさ」

「あ、いやボーっとなんて……」

「してるでしょ。全く会話成立してなかったし」

 あ、そうだったのか……。

 ちょっと緊張しているから会話が右から左になっていたようだ。

「どうしたの、悩み事?」

「いや、悩みごとっていうか……」

 言う決心をしようとしているだけ。

 その心の準備をするのに、気が気じゃないっていうか。

「なにさ、ほら言ってごらん。恋人のあたしが何でも聞いてあげるよ?」

「わ、分かったから。そんな言い方しないでよ」

 “恋人”を強調されると、なんか余計に言い出しづらくなるじゃないか。

「あ、ほらすぐそこに公園あるし。そこで聞こうか?」

「え、あ、うん……」

 住宅街のコンクリートの世界から、突然切り離されたような緑広がる公園。

 広さはないけど、周囲の空間から隔絶された感じはちょっと落ち着く。

 わたしたちは木々の下にあるベンチに腰掛けた。

「それで、どうしたの?」

 凛莉ちゃんは足を組んで、わたしに問いかける。

「あの、その凛莉ちゃん、もうちょっとで誕生日、でしょ……?」

「うん、そうだね」

「その日さ、わたしお祝いしたくて」

「うんうん、それで?」

 凛莉ちゃんはすぐに足を崩して、ぐいぐい体を寄せてくる。

 恋人の距離かもしれないけど、外でやるのは違うと思う。

「予定、空いてるかなって……」

「涼奈、忘れたのかな?」

「え、なに……?」

「あたしは、全ての予定を涼奈のために空けるって言ったじゃん」

「あ、うん……でも大丈夫かなって」

 自分から誰かの誕生日を祝うなんてしたことないし、誘ったことも当然ないから改めて言うのは緊張する。

 大丈夫だとは思うけど、断られたりしたら不安だし。

「当たり前じゃん、もちろん一緒にいるよ。楽しみにしてるねっ」

「ちょっ、ちょっと凛莉ちゃんっ」

 凛莉ちゃんがくっついてきて、しかも頬ずりまでしてくる。

 凛莉ちゃんの肌はすべすべしてるから気持ちいいけど。

 でも、そんな感触以上にこの距離感にドキドキする。

「誰かに見られたら、どうするのさ」

「大丈夫、誰もいないよ」

 確かに周りには誰もいない、とは言え公園。

 いつ誰が通りかかっておかしくない状況でもある。

「それに、涼奈も見られなきゃしていいって思ってるんでしょ?」

「いや、それは……」

 確かに否定することもないけど。

 だからと言って、肯定すればいいってものでもないし……。

「どうする?キスしちゃう?」

「はい?……なんで、いきなりっ」

「涼奈が誘ってくれて嬉しかったから」

「いや、そんなの当たり前だし……」

「じゃあ恋人同士がキスするのも当たり前だね」

「うっ……」

 その返しはずるくないか。

「ね、いいよね」

「……いいも、悪いもないよ」

 凛莉ちゃんの両手が、わたしの頬に触れる。

 その手がわたしの顔を固定するから、自然と凛莉ちゃんの視線を真っすぐに受けることになる。

「断りたかったら、この手を払えばいいだけだからね」

 余計な一言だ。

 そんなことしないって分かってるくせに。

 あくまで了解の下だと、わたしも認めたという事実が欲しくて凛莉ちゃんはそんな前置きをしてくる。

 凛莉ちゃんの指先に少しだけ力が入った。

 ほんのりと凛莉ちゃんの熱が伝わってきて、唇が重なる。

 三度目のキスは、初めての時よりずっと凛莉ちゃんの感触が伝わってきた。

 凛莉ちゃんの唇が、わたしの唇を挟むように動いてくる。

 その時、舌に何かが触れた。

「んんっ……!」

 ぬるりとした感触。

 わたしの舌に、凛莉ちゃんの舌先が触れていた。

 舐めとられるように、わたしの舌をなぞっていく。

 こ、これっ、なにっ……!?

 わたしの動揺を感じ取ったのか、凛莉ちゃんの方から唇を放す。

「凛莉ちゃんっ、なにしてんのっ」

「え……?恋人のキス、みたいな?」

「そっ、そこまでするって聞いてないっ」

「いや、わざわざ言わないでしょ。それに涼奈、顔真っ赤だよ?」

 そうは言いつつも凛莉ちゃんの頬だって赤い。

 そこまでは準備していなかったから、さすがにビックリする。

「知らないことするなら、ちゃんと事前に言ってっ」

「そんなムチャな……」

「言ってっ」

「いやあ……テンションとかもあるじゃん?」

 わたしのお誘いは凛莉ちゃんの気持ちをかなり高揚させてしまったらしい。

 こっちは誘うだけでドキドキしているのに、それ以上のドキドキを放り込んでくるのは反則だと思う。
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