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74 好きなモノ

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 六月も下旬に差し掛かる頃。

 体育祭も終わり委員会活動から解放され、わたしの日常に落ち着きが戻ってきた。

 ただ、日が照りうだるように暑い日々には参ってはいたけど。

涼奈すずな、今日の放課後ヒマ?」

 そんな昼休みに凛莉りりちゃんとお弁当を食べていると誘われた。

「ヒマだけど」

「じゃあ買い物付き合ってよ」

 買い物……前にもそんな誘いで繁華街に出掛けたことがあった。

 その時には慣れていない私服を買ったりなんかして、あたふたした記憶がある。

「制服姿で買い物すると金織かなおりさんに怒られるよ」

 その名前を出すと、凛莉ちゃんはムッとした表情に変わる。

「あんなヤツの言う事なんか知らないし、犯罪行為してるわけじゃないんだからいいでしょ」

「生徒会長のお言葉だよ?」

「あたしは認めてない」

「……民主主義に反対?」

「そういうことじゃないのっ」

「……選挙制に不満?」

「涼奈、わざと話難しくしようとしないでっ」

 怒られた。

「で、どうなの。行くの、行かないの?」

 すごい圧力で迫られる。

 凛莉ちゃんに誘ってもらえるのは嬉しい。

 生徒会長のお言葉を無視するのは気が引けるけど。

 このまま断わったら、凛莉ちゃんの機嫌を損ねてしまいそうだ。

 わたしはこくこくと頷く。

「行く」

「素直でよろしい」

 凛莉ちゃんの機嫌はそれだけですぐ直った。


        ◇◇◇


 放課後。

 二人で繁華街を歩く。

 夕暮れの街は仕事終わりの社会人や学校終わりの学生と人通りが多く、雑多な雰囲気がある。

 こういう空気は相変わらず得意ではない。

「はい」

 すると凛莉ちゃんが手を差し伸べてくる。

 なんですか、これ。

 手の平の上には餌があるわけでもない。

「涼奈おろおろしてるから。手つないだら安心でしょ」

「あ、うん……」

 特別何か言ったわけでもないのに凛莉ちゃんはわたしの機微をすぐに察する。

 しかも、何のためらいもなく、こういうことをしてくるから頼もしい。

 わたしは凛莉ちゃんの手を握った。

「よし、行こっか」

 そのままわたしの先を歩く。

 こんな光景を何度も目の当たりにしてきた。

 凛莉ちゃんはわたしの前を歩き、道しるべになってくれる。

 わたしはいつも彼女に頼りっぱなしだ。

 辿り着いたのは、以前も来たビルの雑貨屋さんだった。

「ここなんだ」

 それを見ると、少し嫌な記憶が蘇った。

「そだよ、何かあった?」

「……いや、何もない」

 この雑貨屋さんで凛莉ちゃんはぬいぐるみを見ながらたちばなさんのプレゼントをどれにしようかと悩んでいた。

 わたしはそれにひどく憤慨して勝手にお店を出た。

 その後に仲直りはできたけど、それ以来入っていないお店を見ると、その時の記憶が鮮明に蘇ってくる。

 でも、それはもう過去のことで今のわたしたちには関係ない。

 わたしが気にし過ぎているだけ。

 心を落ち着けてお店の中に入る。

 目を惹いたのはやっぱりぬいぐるみコーナーだった。

「涼奈はほんとにぬいぐるみ好きなんだね」

 そんなわたしの様子に気付いた凛莉ちゃんが関心を示す。

 確かにぬいぐるみは好きだけど、今見てしまった理由はそれだけじゃない。

「前さ、ここでぬいぐるみ見ながら橘さんのプレゼントどうしよっかなって言ってたよね?」

「あ、うん。言ったね」

 凛莉ちゃんも覚えていて、少しだけバツの悪そうな表情を覗かせる。

「それで何買ったの?」

「あー。それね、なんだっけな……結局ここでは買わなくて、アロマ的なのあげた気がする」

「そうなんだ」

 それを聞いてちょっとだけ気が楽になる。

 わたしと凛莉ちゃんが見て可愛いと思った物を橘さんに贈られるのは何か嫌だった。

「さ、さすがにそれで怒ったりしないよね……?」

 凛莉ちゃんはわたしの地雷を踏んだみたいな様子で少しオドオドしている。

 わたしのせいで気を遣わせてしまっているみたいだ。

「しない。分かってるから大丈夫だよ」

「だ、だよね」

 でも、ぬいぐるみを贈っていたら気分は悪かったかもしれない。

 わたしは改めてぬいぐるみを見る。

「……」

「涼奈、こういうの好きなの?」

 わたしが見ていた隅っこにあるぬいぐるみを凛莉ちゃんが手に取る。

「……わりと」

 ペンギンのぬいぐるみ。

 でも顔も体も丸すぎて手足は異様に短い。

 恐らくそれがペンギンだと判断できるのは青白のカラーリングによるもので、それがなければ正体不明の生物だった。

「……けっこう微妙じゃない?」

「その何とも言えない感じがいい」

「あ、そうなんだ……」

 凛莉ちゃんの感性には合わなかったらしい。

「ちなみに選ぶとしたらどっちがいいの?」

 凛莉ちゃんはもう一つのペンギンを手に取る。

 灰色と白の色違い。

 ペンギンのぬいぐるみはそれで全部だった。

「どっちも」

「え、そうなの……こんなに色ちがうのに?」

「いや、かわいそうだから」

「かわいそうって……?」

「二人組なのに、一人残ったらかわいそう」

「……なるほど」

 凛莉ちゃんは目を丸くして両手にあるペンギンを交互に見た。

 その反応を見て、わたしはまた変なことを口走ったのかと不安になる。

「えと、変かな?」

「いや、かわいい」

「かわいい……?」

 たしかにペンギンは可愛いけど……。

「ぬいぐるみを大事にしてる感じとか、一人が寂しいって思ってる涼奈がかわいい」

「あ、そっち……」

 まさかのわたしの話だった。

「でもそんな可愛いモノを両手に持ってよくそんなこと言えるね」

 その二羽の可愛さに比べたら、わたしの可愛さなんてミジンコほどもないと思う。

「うーん。これがかわいいのか……」

 だけどやっぱり凛莉ちゃんには理解できないみたいだった。







 結局、凛莉ちゃんは何も買わなかった。

 お目当ての物はあるにはあったが、今日じゃなくてもいいという事らしい。

 そうなんだ、と思いながらビルを出る。

「じゃ、今日はここでお別れだね」

 街に住む凛莉ちゃんの家は徒歩で数分。

 解散するのは自然な流れだった。

 でも、わたしはそれに素直に頷くことが出来なかった。

「……家まで送るよ」

「え、急にどうしたの?」

「どうって……」

 別れるのが寂しいと思ったから、それだけ。

 でもそれを口にするのは恥ずかしい。

「凛莉ちゃんの家から出る時、わたしを送ってくれるでしょ。それと似たようなもの」

「……そっか。涼奈がそう言ってくれるなら、お願いしようかな」

 体育祭の時、人を好きになる気持ちが分かるようになると凛莉ちゃんは言ってくれた。

 友達というものを凛莉ちゃんを通して知ることが出来たのだから、と。

 好きな人がいる凛莉ちゃんだからこそ、わたしにもそれを伝えることが出来るのだろうか。

 けれど、そこまで考えて気分が下がった。

「って、涼奈が足止まってるし。送ってくれるんじゃないの?」

「あ、ごめん……」

 凛莉ちゃんの好きな人。

 その人と付き合えば、こうしてわたしと一緒にはいられなくなる。

 それはどうしようもない事だけど、寂しいと思ってしまうのはいけないことだろうか。

 だから、そんな日が来ないことを祈る。

 わたしは少しでも凛莉ちゃんと一緒にいられたらと願って、わざとゆっくり歩いた。
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