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42 もっと知りたい
しおりを挟む「……あんた、しつこすぎ」
「……貴女の方こそ、往生際が悪すぎます」
結局お互いに一歩も譲らず、勝敗は決まらなかった。
目の前には生まれたての小鹿のようにガクガクと膝を震わせながらも、地に膝をつけることを許さない少女たちのプライドがあった。
コロコロと転がってきたボールをわたしが拾う。
「ていうか、最初から涼奈にどっちがいいか聞けば良かったんじゃない?」
そんなわたしを見て凛莉ちゃんが変なことを言い出した。
「そうですね。ご本人の意思を尊重するのが一番でした」
それに同意して同じようにわたしを見てくる金織さん。
「えっ……」
アレだけの大勝負を繰り広げておいて、最後はわたしの一存なのか。
じゃあさっきまでの勝負は何だったのかと問いたいところだけど、わたしの練習のために頑張ってくれたんだから下手なことも言えない。
「……二人交互でいいんじゃないかな」
「マジか」
「そう来ましたか」
それこそ二人の戦いを無意味にしそうな提案だったけど、どちらかに優劣をつけることなんて、わたしに出来るわけもない。
凛莉ちゃんと金織さんの試合の後で、わたしの稚拙なバレーを見せるのは生き恥を晒すような行為だった。
それでもわたしは耐えた。
それなりにボールを返せるようになったところで、練習は終わることになった。
二人の協力のおかげだ。
「ああ、疲れたねー」
凛莉ちゃんがコートに座って息を吐く。
「雨月さんは上達されましたし、目標もクリアできたので安心しました。今日はこれで失礼しますね」
そう言って金織さんは体育館を去ろうとする。
「帰るんですか?」
「いえ、仕事が残っていますので生徒会室に戻ります」
これだけ運動した後に、まだやることがあるんだ……。
なんてバイタリティなのかと感服する。
「が、頑張って下さいね」
それを聞いて金織さんはきょとんとした表情を一瞬見せたが――
「ええ、ありがとうございます」
――はにかんだ笑顔を見せて、去って行くのだった。
「ちょっと涼奈さーん、なーにやってんですかぁ?」
「え、あ、ちょっと凛莉ちゃん……?」
すると凛莉ちゃんが急に後ろから肩を組んでくる。
距離が近すぎてビックリする。
「わたし涼奈に“頑張って”なんて言われたことないんですけどー」
「え?そ、そう……?」
「ないですー。金織には言って、あたしにはないとか信じられないんですけど―」
凛莉ちゃんはぶーぶーと唇を尖らせる。
どうやらかなり不満らしい。
「た、たまたまだよ。凛莉ちゃんを応援することだってあるよ」
「そうなのー?でも、金織もなーんか嬉しそうな表情してたし、あんまり気分よくないなぁ」
今の凛莉ちゃんはまるで駄々っ子のようだ。
今日の凛莉ちゃんは朝から怒ったり駄々こねてみたり忙しい。
「ほんとだよ。それより練習も終わったんだし、着替えて帰ろ?」
こんな大勢からの羞恥の視線、わたしはもう耐えられない。
はやく体育館から退散したい。
「もう、しょうがないなぁ。涼奈はっ」
何が良かったのか、凛莉ちゃんはその一言だけで笑顔を咲かせる。
よく分からないけど、機嫌を取り戻してくれたのなら何よりだ。
◇◇◇
「もう外暗いね」
帰宅部のわたしたちは、こんな時間まで学校に居残ることはない。
だから陽が暮れた帰り道を一緒に歩くのは新鮮だった。
「ほんとだねー。いつもは寒いんだけど、運動した後だからちょうどいい感じ」
冷たい夜風は凛莉ちゃんの火照った体には気持ちいいらしい。
ぱたぱたと胸元のシャツを掴んで扇いでいる。
それがいつも以上に素肌をさらけ出していて、ちょっとドキッとする。
思わず視線を反らした。
「そ、そうだね。暑いよね」
「ね。でもまさかこうして涼奈と運動することになるとは思わなかったけどねぇ」
「……それもそうだね」
「それで、なんで急にバレーをしようと思ったわけ?」
凛莉ちゃんは今朝も聞いてきた質問を再度尋ねてきた。
「……それは、自分でもよく分かんないって言ったよ?」
「いや、涼奈は何か感じてることあるでしょ。いいから言ってみなよ」
「え、ええ……」
いや、言いたくないんだけど。
ていうか何でバレてるんだ。
凛莉ちゃんが原因の出来事なのに、それを凛莉ちゃんに伝えるって恥ずかしい。
「あたしに隠し事できると思うなよー?涼奈がこんな珍しい行動とってるのに、見逃すわけないじゃん」
えいっ、と凛莉ちゃんはまた肩を組んでくる。
「い、いや……ほんとに何でもないから」
「へえ。今日は随分と意地張るね、そんなに言いたくないんだ?」
凛莉ちゃんの腕の力が強まる
顔を寄せて来て、ちょっと動いたらくっついてしまいそうだ。
「意地なんて張ってないし……」
「それにいつの間に金織とあんなに仲良くなってんの?あたし聞いてないんですけど」
凛莉ちゃんの声がワントーン落ちる。
何か薄暗い感情が垣間見えそうな気がする。
「いや、金織さんの方から話しかけてくれただけだよ」
「ふーん。仲良くなったのは否定しないんだ。へえー、あたし以外にも友達できたってこと?」
それは問いかけでありながら、どこか責められている様にも聞こえる。
でもちょっと待って欲しい。
金織さんとの関係を友達とはまだ言えないだろうけど、それでもわたしが他の誰かと仲良くなってもいいはずだ。
「ダメなの?」
「ダメっていうか、気になる的な?あたしがいない所で話進んでたのがちょっとねーって感じ」
そこまでわたしを把握しようとするのは傲慢だと思う。
「……凛莉ちゃんだって、橘さんとかいるじゃん」
「ん、なんでいきなり楓の話?」
クラスの中でも目立つ方の橘楓さん、そんな友達がいるのにわたしのことばっかり言うのはおかしいと思う。
「凛莉ちゃんだって橘さんと仲良くしてるし、楽しそうにバレーやってたじゃん。それなのに、わたしが金織さんとちょっと親しくしてただけで、とやかく言ってくるのは不公平だと思う」
「……」
……あ、しまった。
思っていたより感情的に話してしまった。
口調も語尾も強かったと思う。
だから凛莉ちゃんは黙ったのかもしれない。
わたしのせいで、空気がおかしくなってしまった。
ど、どうしよう。
「ご、ごめん、凛莉ちゃん、わたしそんなつもりじゃ――」
「むふふ……」
「――え?」
意を決して謝ろうとすると、凛莉ちゃんからは笑みが零れていた。
いや、その反応はおかしいと思う。
「なになになに?涼奈ぁ、そんなふうにあたしと楓のこと見てたわけ?あれれ、それってヤキモチってやつー?」
「え、ええっ。ちがっ、そんなのじゃあ……」
「つまり、体育であたしと楓が仲良く目立ってたのが気に入らなくて、バレーの練習始めたんでしょ。そりゃあたしに言えないワケだ」
「ち、ちがうって言ってるのに……」
「えー?ほんとに?」
「ほんとだし」
「涼奈、顔真っ赤ですけどー?」
う、うそだ……。
ぜったいそんなことない。
確かに顔は死ぬほど熱くなってるけど、凛莉ちゃんにバレるような顔はしていないはずだっ。
「は、離れてっ。凛莉ちゃん近いっ」
「いまさら逃げようとしても遅いから。逆に“図星です”って言ってるようなもんだよそれ?」
「図星じゃない、知らない、凛莉ちゃんの妄想っ」
わたしはもがくが、凛莉ちゃんの方が力が強くて抜け出せない。
「でも涼奈さっき謝ってたよね?」
「……それは」
凛莉ちゃんは聞いてきただけで責めるようなことは言っていない。
だから声を荒げたりしたのは間違ってしまったと思う。
「あたし、涼奈にいきなり怖い声だされて傷ついちゃったなー」
「……わたしも感情的になりすぎたと思ってる」
「どうしよ、許して欲しい?」
それは許してくれない可能性があるみたいな言い方だ。
「……許してくれないの?」
「罰を一つ与えるから、それを聞いてくれたら許してあげるよ」
「なに、それ」
「目、閉じな」
こ、こわい……。
何する気なんだろう。
分からないけど、許して欲しくて目を閉じた。
「ほんと涼奈は素直でかわいいね」
「変なこと言ってないで、やるらならやってよ」
「はいはい」
視界は暗闇で、音もない。
すると、首に湿り気が帯びる。
水が滴り首筋を伝っていくような感覚。
触れられているのに、指先とは全く違う生暖かさ。
これは、なんだ?
知らない感覚に理解が追い付かなくて困惑する。
何をされているのか気になって、薄く瞼を開ける
首元には、凛莉ちゃんの顔があった。
ただ予想外の動きが一つ。
凛莉ちゃんは赤く柔らかそうな舌先を出していたのだ。
「凛莉ちゃん、なにしてんのっ!?」
わたしは思わず後ずさる。
「あ、涼奈ー。目開けたらダメじゃんっ」
凛莉ちゃんは残念そうな声を漏らしながら、舌を戻した。
「凛莉ちゃん、ちゃんと答えてっ」
首筋を伝うような感触と濡れたような湿り気。
それって……。
「涼奈を舐めてみた」
信じられない発言を凛莉ちゃんは平気で返してきた。
「い、意味わかんないっ。ていうか運動したばっかりなのにっ」
汗だってそれなりに掻いた後だ。
その首を舐めるなんてどうかしてる。
どうせ舐められるならもっと綺麗な時に……ってそうじゃない。
「涼奈は綺麗だよ」
「いや、そういう問題じゃないっ」
変態だ、ここに変態がいますっ。
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