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41 意地の張り合い

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  体育館。

 半面は女子バスケ部が使っていて、残りの半面がぽっかり空いている。

 そこに場違いなわたしが登場している。

「さあ、雨月あまつきさん。やりますよ」

 ハキハキと声掛けをしてくれる金織かなおりさん。

「いや、ちょっと待って。なんであんたが仕切ってんの?」

 それに批判的な凛莉りりちゃん。

 隣は大勢で部活をしているのに、こちらは三人という構図。

 一応わたしたちもジャージに着替えてはいるが、運動部でもないのに申し訳ない。

「あ、あのー……。思ったんですけど、半面空いていたとしても、普通は他の部が使ったりするんじゃないですか?」

 そうじゃないにしてもバスケ部だってフルコートを使いたいのではなかろうか。

「安心して下さい。顧問の先生にはちゃんと話は通してあります」

 さすが生徒会長、手際の良さが違う。

「よ、よくオーケーが出ましたね」

「ええ。バレーボールを上達したい熱心な生徒がいると相談したら、快く聞き入れて下さいましたよ」

 あ、そんな言い方しなくても……。

 そう言われるとバスケ部の先生もこちらをチラチラと見ている気がする。

 “あんな運動音痴が練習?”

 とか思われてそう。

 や、やめたくなってきた……。

「そういうのってー、職権乱用って言うんじゃないですかー?」

「生徒会に乱用できるほどの権力があるわけないでしょう。それに先生に相談したと言ったではありませんか、きちんと話を聞いてください」

 そして尚も凛莉ちゃんと金織さんの雰囲気は険悪だ。

 そんなにツンケンして、これから三人でバレーの練習ができるんだろうか。

「ひとまず雨月さんはレシーブの練習からです。今朝、お伝えした通りに構えてみてください」

「あ、は、はいっ」

 教えてもらった通りに構えてみる。

 金織さんは対面に立っていて、その手にはバレーボールがある。

 ちなみにネットもちゃんと張っていて、試合仕様の準備は出来ている。

「では私がサーブを打ちますから、雨月さんは落ちてくるボールに合わせて下さい。腕を振る必要はありませんよ」

「わ、わかりましたっ」

 金織さんがサーブを打つ。

 ――トン

 ボールは高く緩い放物線を描いて落ちてくる。

 わたしの位置に合わせてくれたであろうボールは、動かずとも手元に落ちて来そうだ。

 金織さんはかなり優しめに調整してくれていた。

「……へ?」

 しかし、目の前に現れた人影によって視界を奪われる。

 その背中は遥か上に飛び上がり、束ねたポニーテールが揺れていた。

「甘いっての!」

 綺麗な反り姿勢から、しなるように腕を振る。

 ――バシュッ

 ボールは一直線にネットを超える。

 金織さんの足元には見事なスパイクが叩きつけられていた。

「ふぅ……あんまりにショボいボールだから、止まってるのかと思った」

 ダンッと宙を舞っていた凛莉ちゃんがコートに降り立つと、余裕の笑みを浮かべていた。

 この間、当然わたしは何もしていない。

「あっ、貴女は何しているんですか……!雨月さんとの練習を邪魔しないで下さい!」

「だからっ、あたしを無視するなっての。そんな練習ならあたしが代わりにやるからっ」

 凛莉ちゃんはズカズカと金織さんのコートに入り、ボールを拾い上げる。

「はあい、涼奈。こいつのボールなんか返さなくていいからね。サーブはあたしがやるから」

「あ、う、うん……」

 ま、まあサーブをしてくれる相手は凛莉ちゃんでも何も問題はない。

 というかこの空気で断れる訳もなく、わたしはコクコクと頷く。

「ほら、涼奈ー。いくよー」

 ――トン

 とても穏やかなボールが飛んでくる。

 完全に接待プレイだけど、わたしに合わせてくれているのだろう。

 そんな凛莉ちゃんの優しさに感謝しつつ、今度こそとわたしは身構える。

「……え、あ、え?」

 しかし、目の前がまたもや人影によって視界を奪われる。

 その背中は遥か上に飛び上がり、金色の長髪が揺れていた。

「甘いですね!」

 綺麗な反り姿勢から、しなるように腕を振る。

 ――バシュッ

 ボールは一直線にネットを超える。

 凛莉ちゃんの足元には見事なスパイクが叩きつけられていた。

「ふぅ……あまりに拙いボールでしたので、止まってるのかと思いました」

 ダンッと宙を舞っていた金織さんがコートに降り立つと、余裕の笑みを浮かべていた。

 この間、当然わたしは何もしていない。

 ……て、いやいや、待て。

 これさっきの凛莉ちゃんと金織さんが入れ替わっただけで同じ展開じゃん。

「あっ、あんたは何してんのよ……!涼奈との練習を邪魔しないでよ!」

「これは元々、雨月さんと私とで始めた特訓です。部外者の貴女は大人しく見ていて下さい」

「ぶっ、部外者……?あんた誰に向かって言ってんのよ」

「ですから日奈星ひなせさんのことを言っているんです。お分かりになりません?」

 視線がバチバチ絡み合う。

 二人とも臨戦態勢だ……。

「どう考えたってあたしの方が適任でしょ。涼奈とあたしは友達なんだから、あたしの方がやりやすいに決まってる」

「全く理由になっていませんね。それでしたら、なぜ雨月さんは朝の練習に貴女を誘わなかったのでしょう?」

 聞いてるわたしまでギクリとするようなことを金織さんが言い出す。

「そ、それはっ……」

「答えは簡単です。雨月さんは貴女から教わる必要はないと判断したのです」

「はあ……?なによそれ、あんたの勝手な妄想じゃん」

「少なくとも、雨月さんは私と一緒に練習することを承諾しています。ですから、貴女より私の方を選んだというのは揺るぎようのない事実です」

 凛莉ちゃんが歯ぎしりする。

「涼奈!どうなの、あたしより金織を選ぶわけ!?」

 その矛先はわたしの方へ。

「い、いや。わたしは教えてくれるなら誰でも嬉しいと言うか……」

 選ぶような立場ではないし、誰が適切・不適切だなんて考えてもいない。

「ほら見なさい、全部あんたの妄想よっ」

「ですが、“友達だから”という関係性だけで貴女を優先する理由にもなりません」

「はいはい、わっかりましたー。じゃあ、バレーボールが上手な人が教えた方がいいに決まってます」

「なるほど同感です、それならば異論はありません」

 そうして金織さんは相手コートに入っていく。

 そのまま凛莉ちゃんの足元にあったボールを拾おうとして……手が重なっていた。

「ちょっと金織、なにしてんのよ」

「日奈星さんの方こそ、その手をどけて下さい」

「いや、話し聞いてた?上手な方が涼奈に教えるって言ったわよね?」

「ええ、勿論。ですから私が適任だと決まったばかりではないですか?」

 ……この二人、お互いに譲る事を知らない。

「はあー?どう考えてもあたしの方が上手に決まってるでしょ。さっきのスパイク見てなかったわけ?あたしがやるべきよ」

「貴女の方こそ、私のスパイクが見えていなかったようですね。なるほど、その程度の動体視力なのですから底が知れました。私がやるべきです」

 ギリギリ、とお互いがバレーボールを掴んで離さない。

「この分からず屋、どうやら直接教えないと分からないようねっ」

「同意見です。どちらが上かはっきりさせましょう」

 そうして二人は対面のコートに入り向き合った。

 わたしはそれを体育館の隅で見る事に。

「ほら、このサーブがあんたに返せるかしらねっ!」

 ――バシュン

 サーブから全力のスパイクを打ち込む凛莉ちゃん。

「これがサーブ?冗談がお上手ですね」

 しかし、金織さんはそれを物ともせずに受けきる。

 そのままトスを自分に上げると……

 ――バシュン

「どうですか、これで貴女も降参して頂けますねっ!?」

 これまた瞬速のスパイクを打ち返す。

「これくらい、止まって見えるっての……!」

 しかし、凛莉ちゃんもそれを受けきる。

 そのままトスを自分に上げると……

 ――バシュン

 またスパイクを打ち返すのだった。

「やりますねっ……!ですが、これしき!」

「あんた、また拾うの!?」

 あれ……わたしの練習は?






 その後も、二人は戦いを繰り広げていた。

 しばらく見ていたがボールは未だにコートに落ちていない。

 スパイク、レシーブ、トスの音がずっと体育館に鳴り響いている。

「ね、ねえ……今日バレー部休みじゃなかったけ?」

「いや、あの二人バレー部じゃないよ」

「ウソでしょ?どう見てもバレー部……と言うか、それより上手いって言うか……」

「二人とも部活はしてないよ……。一人は生徒会長だし、もう一人は帰宅部」

「……才能って残酷、部活やめようかな」

 これから部活を頑張ろうとしている子の心を折ってしまうほど、二人は目立っていた。

 ていうか、この後わたしがやるの?

 こんなハイレベルな戦いを見せた後で、わたしのお粗末なバレーを見せるの?

 ……た、たすけて。
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