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38 ボールも叩かれたら痛いと思う

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 体育。

 それはわたしが最も嫌いな授業。

「はあ……」

 憂鬱な気持ちを溜め息に込めて、どうにか更衣室までやってくる。

 今日は体育館でバレーの授業をやるらしい。

 おずおずと、ジャージに着替える。

「……」

 当たり前だけど、他の女の子も同様に着替えている。

 当然、下着姿になるわけだけど、一つ思ったことがある。

(クラスメイトの下着なんて見ても、何とも思わないよね)

 凛莉ちゃんの家で下着を見てしまった時は相当慌てたけど、他の子には何の感情も湧かない。

 スタイルいいなとか、意外にお腹にお肉あるんだな、くらいは思うけど。

 それ以上でも以下でもないというか。

 あくまで淡白な感想しかない。

 でも、これが普通だと思う。

 なのに、わたしはどうして凛莉ちゃんの時だけあんなに心が乱れたんだろう。

涼奈すずな?」

「へっ、なっ、なにっ」

 ジャージ姿の凛莉ちゃんがぴょこんと跳ねるように現れた。

「そんなに周りをジロジロ見てどうしたのかなと思って」

「み、見てないし」

 凛莉ちゃんには見透かされていたようで内心、慌てる。

「えー、怪しいなぁー。涼奈、女の子に興味あるわけ?」

「なんでそうなるの」

「さぁてね。じゃ、あたしも見ちゃおっかなー?」

 そう言って凛莉ちゃんは今度はわたしをまじまじと見つめてくる。

「な、なに」

「涼奈ってやっぱり肌白いし、細いね」

 凛莉ちゃんが上から下へと視線を動かしている。

 なんせわたしも着替えている最中だったので下着姿だ。

「ちょっ、ちょっとどこ見てんの……」

「えー?どこって……全部?」

 なんでそれを堂々とニヤニヤしながら言えるのか謎である。

「変態」

「涼奈だって、同じことしてたでしょ」

 ちがう。わたしは不特定多数を景色のようにして眺めていただけだ。

 凛莉ちゃんみたいに個人にフォーカスを当てたりなんてしていない。

 しかも体を見た感想を言うなんて、変態の所業だ。

「わたしはそんなことして――」

 ――ないと、言おうとして言葉が止まる。

 でも、凛莉ちゃんの家でわたしは似たようなことをしている。

 あれは不可抗力だったとは言え、わたしはずっと見つめてしまっていた。

 じゃあ、わたしも変態ということか。

「して、なに?」

「知らない」

 わたしは上手い言い訳を見つけ出せず、さっさとジャージに着替える事にした。


        ◇◇◇


 体育はバレーを行う。

 班分けは適当で、好きな人同士で組んでいいとのことだ。

 わたしは人数が合わないグループに混ぜてもらう。

 わたしを入れてくれるのだから良い人たちだけど、普段接していないから肩身は狭い。

 ちなみに凛莉ちゃんはたちばなさんを筆頭にいつも仲良くしているメンバーと組んでいた。

 凛莉ちゃんは終始わたしのことを引き込もうとしていたが、それはやめてくれとお願いした。

 彼女たちのグループに入るわけにはいかない。

 それはわたしのコミュ障だけが理由ではない。

 ――ピッ

 先生の笛を合図に試合がスタートする。

 わたしのチームからサーブが始まり、相手がそれを返してくる。

 こちらも1、2とボールを拾ってトスが上がる。

 ……わたしに。

雨月あまつきさん、お願い!」

 トスを上げた子がご丁寧にわたしに声出しまでしてくれる。

 ありがとう。

 でも、いらないよ。それ。

「涼奈、やっちゃえーー!!」

 凛莉ちゃんの声が聞こえる。

 きっと壇上から見ているんだろう。

 でもそれを確認する余裕はない。

 だってボールはわたしの頭上に落ちてきているんだから。

 わたしはそのボールを凝視し、タイミングを合わせてジャンプする。

 ジャンプした最高到達点とボールの落下点を合わせて、腕を振ればいいだけ。

 簡単なことだ。

「えいっ」

 ――スカッ

 腕は勢いよく空を切り裂いた。

 おかしい。

 ボールを叩きつける音は一切聞こえない。

 もう一回頭上を見る。

 ボールは未だに頭上の遥か上にあった。

 どうやら、ジャンプをするタイミングも腕を振るタイミングも早すぎたらしい。

「あたっ」

 頭の上にボールが落下。

 それなりに固いバレーボールは頭に落ちるとそこそこの衝撃がある。

 コロコロと足元をボールが転がっていた。

「……」

 ああ、みんな黙っちゃってるよ。

 わたしの痛い空振りを見て言葉失ってるよ。

 最悪な空気だよ。

「涼奈ー!飛ぶの早すぎ、ボールだいぶ上にあったけどー?」

 凛莉ちゃんの応援が耳に痛い。

 やめて、やめてちょうだい。

 恥の上塗りをしないでちょうだい。

 わたしはとにかく運動が苦手なのだ。

 しかも球技とかいうセンスとか練習量が必要なものとの相性は最悪だ。

 なんで人に作ってもらったボールに、人であるわたしが合わせなければならないんだ。

 バレーボールの方こそもっとわたしに寄り添うべきだ。

「ど、ドンマイ雨月さん。次がんばろ?」

「うん……次が来ないことを祈ってるけどね」

「あ、あはは……」

 さすがに誘ってくれたその子も愛想笑いだった。

 わたしはそのまま頭上に落ちてくるボールをひたすら空振りした。

 誰かわたしを殺してくれ。






 当然の如く、わたしのチームは敗北した。

 勝ち負けなんてどうでもいいけど、その原因が自分となれば罪悪感しかない。

 わたしは誰の目にも触れないように背中を丸めて、隅で体育座りをしていた。

 このまま蒸発しないだろうか。

「もー。涼奈、空気ばっかりスパイクしてたけど当てるのはバレーボールだぞ?」

 だが、そんな殊勝な空気を気にせず問答無用で話しかけてくるのが凛莉ちゃんだ。

「当てたくても当たんないんだよ」

「それにしても凄いよね、全部ダメだったじゃん」

 凛莉ちゃん、そんな痛めつけないでよ。

 自分でも分かってるんだから。

「分かったでしょ。こんな実力で凛莉ちゃんに迷惑かけたくなかったんだよ」

「あー。そういうこと?気にしなくてもいいのに」

 いや、気にするよ。

 誰にも迷惑なんてかけたくないけど、親しい人には尚更だ。

 本当なら見られるのも嫌だったけど。

「凛莉ー。うちらの番だけど」

 すると橘さんが凛莉ちゃんを呼んでいた。

「オッケー、今行くー。……涼奈、あたしも試合みたい」

「うん、頑張ってね」

 凛莉ちゃんは、笑いながら腕をぶんぶん回してコートに入っていく。

 ……そう言えば、凛莉ちゃんの運動神経ってどうなんだろう。

 原作ではそこまでの描写なかった。

 まあ、でも凛莉ちゃんは帰宅部でギャル。

 どちらかと言うと、運動は苦手なのではないだろうか。

 わたしに比べれば天と地だろうが、それでも同じ分類に入っていたら嬉しい。

 ――ピッ

 試合開始の笛。

 サーブは凛莉ちゃんからだった。

「いっくよー?」

 ボールを上げ、凛莉ちゃんが飛ぶ。

 そのまま叩きつけるように腕を振ると、ボールは球体から線に変わった。

 ――バチンッ

 次の瞬間にはボールが床面を勢いよくバウンドしていた。

「……見た?今の日奈星ひなせさんのサーブ」

「見た見た、しかも相手はバレー部の遠藤さんだよ。一年生から試合出てる人なのに」

 コソコソとクラスメイトの噂する声も一緒に聞こえてきた。

 ……マジか。

 ギャルなのに運動神経もいいのか。

「はい、かえで

 試合は一方的な展開になった。

 今度は凛莉ちゃんが橘さんにトスを上げる。

「ちょっと凛莉、雑だからそれ」

 橘さんは妙に高くズレたトスに文句を言いながらも上手く調整、そのまま打ち込むとポイントになっていた。

 どうやら橘さんも運動が得意らしい。

 陽キャはコミュ力あってスポーツも出来ていいね。

 せめてどっちかにしてくださいよ。

 わたしはどっちもないよ。とほほ……。

「でも点になったじゃん」

「私のおかげでね」

 二人は笑い合いながらハイタッチしていた。

 ……それを見て、胸がざわっとする。

 何でだろう。

 仲良さそうにお互いを理解し合っている雰囲気が、見ていて嫌な感じがした。

 今までで橘さんと凛莉ちゃんがどれだけ仲良くしても何とも思わなかったのに。

 今はそれがすごく嫌だった。

 試合はすぐに終わった。

「涼奈、見てくれたー?あたし頑張ったよー」

 凛莉ちゃんがわたしの方に戻ってくる。

 でも今は、上手く話せる自信がない。

「見てない」

「え、うそ。あんなに活躍したのに」

「知らないし」

「えー、残念。次こそはちゃんと見てよね」

「……多分」

 なぜかは分からない。

 けれど、凛莉ちゃんが他の子と仲良くしているのを見ていられる自信がわたしにはなかった。
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