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33 生徒会長は心配性

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「さて、貴女をお呼びたてしたのには理由があります」

「はあ……」

 生徒会室で、金織かなおりさんと二人きり。

 果たしてこれからどんな会話が行われるのか……実は少し予想がついている。

 それが外れている事を、わたしは願っているけれど。

雨月あまつきさん、貴女は最近まで髪型は三つ編みで眼鏡を掛けていらしゃったと記憶しています」

「その通りですけど……」

 さすがは生徒会長。

 こんな地味な生徒のこともしっかり記憶しているなんて、もの凄い観察眼と記憶力だ。

「一年生の頃からそのスタイルだと思いましたが、どうしてここ最近になって髪をストレートにして、目もコンタクトにされたのですか?」

「それはですね……まあ、気分としか言いようがないと言いますか……」

 ああ、嫌な予感がしてきましたよ。

日奈星凛莉ひなせりり、彼女の影響ではないのですか?」

「……どういうことでしょうか」

「貴女の今の姿で校則に反している点はありません。ただ、私はその変化の原因がどこにあるのかを危惧しているのです」

「それが凛莉りりちゃんと関係があるって言いたいんですか?」

「否定できますか?貴女が日奈星ひなせさんとここ最近になって親交を深めているのは知っています。彼女は良くも悪くも目立ちますから、自然と情報は集まってくるのです。そして、そのタイミングで貴女は今の姿に変えられている」

「……何が言いたいのでしょう」

 ああ、このパターン。

 完全にアレです。進藤湊しんどうみなとにやるはずだった流れに入っちゃってます。

「ですから、彼女の悪影響を受けているのではないかと私は心配をしているのです」

 やっぱりねえ。そうですよねえ。そうなっちゃいますよねぇ。

 原作であれば本来の流れはこんな感じ。

 ①進藤湊が急に日奈星凛莉との親交を深める

 ②幼馴染の雨月涼奈あまつきすずな、妹の進藤しんどうここなとの三角関係に。

 ③ハーレム主人公キャラが誕生。

 ④風紀を乱す進藤湊を、生徒会長の金織麗華かなおりれいかが注意しに登場。

 ……その注意対象がすっかりわたしに変わってしまっている。

 だが、まさか風紀を守っているはずのわたしがこんな視点で金織さんに攻められるとは思わなかった。

 どうしたら金織さんはわたしじゃなくて、進藤くんを注意してくれるのだろうか?

「い、いえ違いますよ。ですから、これはわたしの気分なだけであって……」

「人は人に影響されるものです。それが今の貴女にとって日奈星凛莉だということは状況的に明らかです」

「……本人が否定してるのに、どうして金織さんが決めつけるんですか」

「人は自分の事こそ理解し難いものです。そして日奈星さんの恰好は校則を破っており軽薄です。私はこれ以上、貴女にそんな影響を受けて欲しくないと思っています」

「……それは、わざわざどうも」

 ありがた迷惑ですけど。

「貴女のような真面目で模範的な生徒が、どうしてあのような非常識な方と関わるようになったのかは分かりません。ですがご友人は選ぶべきだと思いますよ」

「……」

 なんだろう。

 金織さんは善意で言ってくれているのは分かっている。

 彼女の立場にとってみれば当然のことをしているだけで、そこまでおかしいことを言っているわけでもない。

 原作でもこういう立ち位置で進藤くんと接し、徐々に距離を縮めていくことも知っている。

 でも、ただ、凛莉ちゃんのことを一方的に貶める言い方は聞いていて穏やかな気持ちにはなれない。

「日奈星さんの成績は決して褒められたものではありません。雨月さんがこのタイミングで成績を落とすなんてことがあれば――」

「金織さん」

 わたしは最後まで聞いていられず、金織さんの言葉を遮る。

「――はい?」

「……あまり、凛莉ちゃんのこと悪く言わないで下さい」

「ですが、日奈星さんは模範的な生徒とは言い難く……」

「凛莉ちゃんは、金織さんが思っているような悪い人じゃありません」

「……ご友人のことを低く言われるのが不快なのは理解できます。ですが」

 ああ、ダメだ。

 もう聞きたくない。

 これ以上、凛莉ちゃんの悪口なんて耳にしたくない。

「恰好はだらしないかもしれないですけど、凛莉ちゃんはいい人です。金織さんはそれが分かってないんですっ」

「いえ、服装がだらしない方は生活もだらしないのです」

「金織さん、ちょっと頭固いと思いますっ」

「わ、私がっ!?」

「はい、スカートの丈がちょっと短くてもいいじゃないですかっ」

「それだけではありません。校内で化粧をするのも禁止されていて……」

「他の人だってやってますよ。薄いか濃いかの違いじゃないですかっ」

「ですが、規則は規則ですっ」

「金織さん、多様化を謳っている現代の話をするなら服装の自由だって認められていいと思います!」

「そ、それは……」

 さっき話していた金織さんの言葉を借りて反論する。

 ちょっとずるい言い回しだし、生徒会長の立場もあって難しいことを知っているのに卑怯かもしれない。

 それでも、金織さんの主張に素直に頷くことは出来なかった。

「とにかく、わたしは悪い事はしていないのでこれ以上お話しする必要はありませんよね」

 水掛け論になりそうだから、わたしはそのまま踵を返す。

「お待ちなさい!私は貴女のことを心配して……」

「なら、その心配は不要です。わたしは清く正しく生きていけます」

「公衆の場でキッスをする方が何を……!」

「そそっ、それは反省しましたからっ!」

 金織さんの射抜くような視線を背中に感じながら、生徒会室を後にした。


        ◇◇◇


 ――バタン

 生徒会室の重厚な扉を閉じる。

 思っていたより時間が掛かってしまった。

 でも、ひとまずこの件を終えたことに安堵……していいのか?

 結局、わたしって金織さんに目をつけられたままじゃないか?

 ……どうしよ。

 ここから金織さんが進藤くんに注目させることは可能なんだろうか。

「って、いけない。凛莉ちゃん待たせてるんだ」

 わたしは急いで玄関へと向かった。






「あ、凛莉ちゃんごめん。待ったよね」

 玄関に着くと、凛莉ちゃんは廊下の壁にもたれていた。

 わたしの声を聞くと壁から離れて振り返る。

「そんな待ってない。でも、申し訳ないと思うならキスで許してあげるよ?」

 そして、わけわかんないこと言ってきた。

 さっき金織さんにキスはしないと話したばかりじゃないか。

「だからっ、それはもうしないって」

「ケチ」

「ケチじゃない」

 わたしは清く正しく生きるのだ。

 これ以上、金織さんに注意されないように。

 そして進藤くんを注意してもらえるように。

「じゃあ手を繋ぐのは?」

「恥ずかしいって、意味わかんないから」

「人いない場所ならいいでしょ?」

 ……手を繋ぐくらいなら、いいのかな。

 うん、それはさすがにいかがわしい行為ではない。

 人目につかない所なら恥ずかしくもないか。

「……まあ、誰もいないとこなら」

「えへへ。やった」

 凛莉ちゃんはこんなことでも嬉しそうに笑う。






 学校を出て、人通りの少ない住宅街を行く。

「はい、涼奈」

 凛莉ちゃんが手を伸ばす。

「……うん」

 わたしはちょっと戸惑いつつも、その手を握る。

 手は凛莉ちゃんの方が少し大きい。

 でも指先は細くて、包み込まれるように柔らかい。

「涼奈の手、いつもあったかいね」

「凛莉ちゃんの手はやっぱりちょっと冷たいね」

 どうやら体温はわたしの方が高いらしい。
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