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31 学園の風紀を守って
しおりを挟む「いっ、いいっ、意味わかんない。凛莉ちゃんもするとか聞いていないっ」
頬にキスしたし、キスされた。
こんな展開になるとは思わず、戸惑いを隠せない。
「涼奈だけにやらせるの可哀想でしょ?」
そんなお返しは求めてない。
これって本当にプラトニックな関係なんだろうか。
「もうしないからっ。これっきりだからね」
「え?なんで、いいじゃん」
「よくない、こんなのしょっちゅうする友達なんて聞いたことない」
「あたし達はそういう関係ってことで」
「なんか、やらしい。普通に友達って言ってよ」
凛莉ちゃんは戸惑うわたしの様子を見て、きゃっきゃっと笑っている。
わたしをイジメて、その反応を面白がっているんだと思う。
悪い人だ。
「――あ、貴女達……」
冷たい声が階段の上から聞こえてくる。
「げっ、金織じゃん」
生徒会長の金織麗華が金色の髪を揺らして、わたしたちを見下ろしていた。
その目つきはお昼休みの時より随分とキツくなっている。
……悪い予感しかしない。
「いつまで待っても雨月さんがいらっしゃらないから、何かと思って探しに来てみれば……」
「か、金織さんっ。こ、これはその……」
わたしは上手いこと取り繕おうとするが――
「お二人とも今すぐ生徒会室に来るように」
――そんなことは意に介さず、金織さんの冷徹な声で告げられた。
「何であたしも行かなきゃいけないのよ。生徒会に呼ばれてたの涼奈だけだったじゃん」
しかし、事態を把握できていない凛莉ちゃんは不満の声を漏らす。
さすがとも言えるが、今の金織さんにそれは通用しないと思われる。
「いいから黙って来なさいっ」
口答えは許さない、そんな剣幕で返される。
金織さんはそのまま肩で風を切りながら去って行った。
「は?なにアイツ。かんじわる」
「い、いや……これはわたしたちにも非があるかと……」
不満そうに唇をとがらせている凛莉ちゃんも可愛いが、今はそれどころではない。
早く生徒会室に行かないと、このままではわたしが目をつけられる。
それは、原作で言えば進藤湊の役割なのだ。
「うっざー。せっかく幸せな気持ちになってたのに、アイツが現れるとか最悪だわ」
凛莉ちゃんはご機嫌斜めで階段を上っていく。
「? 凛莉ちゃん、その割には素直に生徒会室に行くんだね」
彼女のことだ。
『生徒の自由時間を奪う校則はなくね?』
とか言って、ガン無視をするものと思っていたけど。
凛莉ちゃんは、くるりと首を回してわたしを見る。
「ん?まあ涼奈がいるからオッケー的な?」
「あ、そうなんだ……」
さすが凛莉ちゃん。
さっきまでわたしを置いて帰ろうとしていたのに、仲直りすればこのテンションだ。
フィーリングで生きるギャルと、規則に生きる生徒会長。
馬が合うとは思えないなぁ……。
◇◇◇
生徒会室。
深紅のカーペットに、重厚な木製の家具、中央に据えられた質の良さそうなソファー。
そして大きな窓を背に、荘厳なデスクに座っている金髪の美少女。
――なんで生徒会室だけ妙に金かかってんだよ。
とか、そんな野暮なことは言ってはいけない。
学園内の作りは至って普通なのに、生徒会室だけ妙に豪奢なのはこの手の世界ではあるあるなのだから。
「ようやく来ましたか」
金織さんはため息をついて、わたしたちを出迎える。
「あんたが呼んだんでしょ。さっさと用件を言いなさいよ」
凛莉ちゃんはそんな態度の金織さんが気に入らないらしく、こちらはこちらでツンツンしている。
お願いだから事を荒立てないで欲しい。
「決まっています。貴女方が先程していた、いかがわしい行為についてです」
「……なんのこと?」
は?と凛莉ちゃんは首を傾げる。
「シラを切ろうとしても無駄ですっ。私はこの目で見たのですからっ」
「だから、何を見たって聞いてんのよ」
「で、ですからっ。階段の踊り場で、きっ、ききっ……」
「は?」
……うん。
凛莉ちゃん分かって言ってるのかな。
それに、この金織さんの煮え切らない態度。
初々しい。
気持ちわかるよ。恥ずかしいよね口に出すの。
「キッスをしていたのを、私はこの目で見たのですっ!」
ダンッ、とデスクを叩くようにして金織さんは立ち上がる。
言い切った彼女の顔は真っ赤っかだ。
わかる。照れるよね。
そしてこの生徒会長、初心キャラなのだ。
「……だから?」
「学園内で、そのような風紀を乱す行為を見過ごすわけにはいきませんっ!どういうおつもりですかっ!?」
「……金織、あんた年いくつなの」
「同い年に決まっています、知っているくせに聞かないで下さいっ」
「そんな子供みたいなこと聞くからよ。百歩譲って、あたしたちがほんとのキスをしていたとしたら注意されるかもしれない。意味わかんないけど」
いや、意味はわかると思うよ凛莉ちゃん。
「ですから、あんな階段の踊り場という人の目のつくような場所で……露出狂ですかっ」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
それは本当におかしいことをしました。
わたしも必死だったんです。
もうしませんから許してください。
「いや、ほっぺにちゅーしただけじゃん」
「そういう問題ではありませんっ」
「じゃあどういう問題よ」
「学園内でそのような性的行為をするのが問題だと言っているのです」
「大袈裟な……」
まくしたてる金織さんに、息を吐く凛莉ちゃん。
お互いに譲る気は見られない。
「否定するおつもりですかっ」
「男女でやってるならそう見られてもおかしくないけど、女同士なんだけど?」
だからこれは性的なものではなく、軽いスキンシップだと凛莉ちゃんは言っている。
「古い考え方ですね。多様化が謳われている現代、同性同士で愛することは何らおかしなことではありません」
だが、それを金織さんが真顔で否定する。
言いたい事は分かりますが……。
「同性同士で愛……って、やっぱり、あんたが一番いやらしいのよっ」
「!? なぜそうなるのですかっ」
「あんたは女同士のキスでもエッチなことしてるって感じたわけでしょ?そんな発想をする方がいかがわしいのよっ」
「ふっ、ふざけたことを言わないで下さい!それで言うなら貴女達の方こそ、あんな情緒的な雰囲気でキッスをしておいて、よくそんな言い逃れが出来ましたねっ」
「解説すんなっ!やっぱり頭おかしいわあんたっ」
話せば話すほどテーマが深くなり、二人とも恥ずかしさで顔が赤くなっている。
それでもお互いに譲る気はないのだが、主張を繰り返す度にキスの話になるという悪循環。
聞いているわたしも恥ずかしさで大変だから、そろそろ終わって欲しいんですけど。
「注意しなければならない私の身にもなってください!」
「頼んでない!」
「それでしたら、公共の場であのような行為は慎むべきですねっ」
「そんな変なことしてないっ」
話は平行線を辿っている。
ていうか、生徒会室に入ってからわたしまだ一言も発していない。
「あ、あの……金織さん。階段の件は反省してます。もうしませんから許してください」
「涼奈っ、もうしないってどういうことよっ!」
お願い、凛莉ちゃんはもう黙ってぇ……。
「分かりました。それでしたら私もこれ以上は追求致しません。日奈星さんはもう帰っていいですよ」
「展開はやっ」
いや、金織さんも恥ずかしいからこの話題やめたかったんだと思う。
凛莉ちゃんも察してあげて欲しい。
「ここから先は涼奈さんとのお話しです。日奈星さんはご退席を」
凛莉ちゃんは納得いっていないようだったが、わたしはアイコンタクトでもう大丈夫だと伝える。
「……はいはい、わかりました。涼奈、玄関で待ってるから」
「あ、うん」
そうして渋々、凛莉ちゃんは生徒会室を後にする。
残されたのは金織さんとわたしだけになった。
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