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24 気にしているのはいつも自分

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「よし、涼奈すずな。一緒に帰ろ」

「え……」

 放課後、凛莉りりちゃんが声を掛けてくる。

 それはいつもの事のようで、いつもと違う。

 なぜならここはHRを終えたばかりの教室で、まだクラスメイトのほとんどが残っている。

 この状況で一緒に帰るなんて、仲が知れ渡るような行為だ。

「友達なら一緒に帰るのが普通でしょ?」

「い、いや……」

 本気だ。

 凛莉ちゃんはわたしと本気で学校から帰る気でいる。

「あれ、凛莉なにしてんの?」

 そこに、凛莉ちゃんの背後から女の子の声が聞こえてくる。

 橘楓たちばなかえでさん。

 凛莉ちゃんとよく一緒にいる人で、同じくスクールカースト上位。

 綺麗な人だけど、キリっとした雰囲気が相まって近寄りがたいオーラがある。

「あ、ごめんかえで。今日は涼奈と帰るから、あたし抜きで」

「あ、そう。別にいいけど……珍しいね」

 凛莉ちゃんの隣に並んだたちばなさんが、横目でわたしを見る。

 “こんなイモくさい女と何をするんだ?”

 とか思っているに違いない。わたしには分かる。

「うん、最近仲良くなったの」

「へえ。知らなかった」

「ね、涼奈?」

 二人だけで会話してくれたらいいものを、凛莉ちゃんはわたしに話を振ってくる。

 こういう突然の会話のパスを、陰キャは上手く受け取れないことを彼女は知らない。

 普段培っていないコミュニケーション能力はこういう時に発揮されてしまう。

 もちろん悪い意味で。

「……あ、まあ……はい」

 案の定、視線は右往左往し呂律が回らずモゴモゴした。

 誰かわたしを殺してくれ。

「ほんとに仲いいの?」

 橘さんは口角を少し上げて薄く笑う。

 わたしの失態を見て、笑い転げるのを我慢しているのかもしれない。

「ほんとだし。よく遊ぶ仲だし」

「そうなんだ。じゃあ雨月あまつきさんが髪型変えたのは、凛莉の影響?」

 意外なことに、橘さんまでわたしの変化を認識してくれていた。

 きっと近くに凛莉ちゃんがいるからだろうけど、驚きだった。

「それはあたしも分かんないけど。でも変えた方が可愛いとは言ったよ、似合ってるよね?」

 ああ……凛莉ちゃん。

 あなた、これ以上わたしを晒し上げてどうするつもりなのさ。

 そんな変な話題を橘さんに提供しないでほしい。

 凛莉ちゃんはなぜかわたしに好意的だから、可愛いとか言ってくれるけどさ。

 基本的に雨月涼奈のことなんて誰も興味ないんだから。

 そんな子の変化の感想なんて聞かれても困るんだよ。

「うん、いいと思うよ。雨月さんはしっかり者のイメージだったけど、髪も下ろして眼鏡ないと幼く見えて可愛いね」

 橘さんが、そんな奇怪なことを口にする。

「でっしょー?ほら涼奈、楓もそう言ってるんだから」

「あ、ああ……うん。ありがとう」

 まあ、きっとお世辞だ。

 凛莉ちゃんも友達同士であってもお世辞は言い合うものだと言っていた。

 クラスメイト程度の距離感のわたしには、当たり障りない会話を選ぶに決まっている。

「でもね、凛莉は自分がいいと思ったら人に押し付けてくるクセあるから。雨月さんも気を付けた方がいいよ」

「あ、なにそれ。感じわる」

「ほんとのことでしょ」

 あははっ、と橘さんは小気味よく笑うとそのまま踵を返して他の女の子たちと教室を後にしていた。

 見た目通り、スマートな人だった。

「どう、涼奈?」

「どうって、なにが」

 凛莉ちゃんは改まった空気を出して、わたしに尋ねてくる。

「涼奈とあたしが友達って教えても、楓なにも言わなかったでしょ?」

「……“ほんとに仲いいの?”って疑われたけど」

「それは涼奈の反応が薄かったからでしょ。その後は普通だったじゃん」

「まあ……ね」

 たしかに橘さんは、その後わたしたちの関係性に口を出すようなことはしなかった。

「だからさ、涼奈は気にしすぎなんだよ。涼奈が思ってるより、あたしのことだって皆なんとも思ってないんだよ」

「……そうかな」

「そうだよ。だからさ、学校でももっと仲良くしようよ」

 いいのだろうか。

 そんなことをして、枠からはみ出そうとする自分をやっかむ人はいないだろうか。

 それが気になる。

「ほーら。学校は終わったんだし、もう行くよ」

 凛莉ちゃんは立ち止まるわたしの手を引いて歩き出す。

 ……いつからだろうか。

 最初はその手を振り払おうとしていたんだけど。

 今はもう、そんな気は一切起きない。

 凛莉ちゃんにその手を握られると、抗う気すら起きなくなる。

 わたしは凛莉ちゃんにリードしてもらうことを許しているんだと思う。

 もう、それは認めなくちゃいけない事実なんだと気付いた。


        ◇◇◇


「ねえ涼奈。今日ヒマ?」

 校門を出ると凛莉ちゃんはおもむろにそんなことを聞いて来た。

「……まあ、ヒマと言えばヒマだけど」

 基本的にわたしに用事なんてない。

 部活もしていなければ、バイトもしないし、進藤湊しんどうみなとに尽くすこともない。

 家に帰っても、漫画・小説を読むかゲームをするだけだ。

「あたしの家に遊びに来ない?」

「……なんですって?」

 驚きのあまり声が上擦った。

「なにその反応、そんな変なこと言ってないじゃん」

「いや、それ……重要なイベントだから」

「そう……なの?」

 凛莉ちゃんのお誘いの台詞を聞いたことがある。

 それは原作、日奈星凛莉ルートに入り進藤湊と親密になった先にあるイベントだ。

 その台詞をわたしに言われる日が来るとは思わなかった。

 凛莉ちゃんは、わたしとは友達だから気軽に誘えるんだろうけど。

 誘い方が原作と全く一緒だったからドキッとしてしまう。

「涼奈の帰り道からも外れないし、どう?」

 知ってる。

 凛莉ちゃんのお家は街の中心部、繁華街の高層マンションにある。

 だから凛莉ちゃんは繁華街によく現れるのだ。

「……いいけど。凛莉ちゃんの家でなにするの?」

「え、なにって――」

 あまり考えていなかったのか、凛莉ちゃんは眉間に皺を寄せる。

「――そう言えば、涼奈って普段家でなにしてんの?」

 どうやら、わたしの趣味に合わせて何をするか決めてくれるみたいだ。

「……」

 だけど、とても言いづらい。

 漫画・小説かゲームだなんて。

 陰キャなことこの上ない。

 わたしは自分が陰キャであることは認めているが、かといってそれを声高にアピールしたいわけではない。

 陰キャの性格は晒しても仕方ないと諦めているが、陰キャな趣味を見せるのはハードルが高い。

 この気持ち、凛莉ちゃんには分からないだろう。

「なんで黙んの?」

「……映画(アニメのだけど)鑑賞かな」

 ウソは言っていない。

 言葉足らずなだけで。

「へえ、洋画?」

「……邦画かな」

「ジャンルは?」

「……問わないかな。恋愛から戦争ものまで何でも」

「そうなんだ」

 もうこの話題を終わらせよう。

 下手に掘らせてもボロが出る気しかしない。

「そういう凛莉ちゃんは、家で何してるの?」

「ん?最近はアニメとかネットの動画見たりするかも。あたしオタクだから家だとそういうの多いね。映画とかドラマも見るけど」

「へ……へえ」

 ず、ずるい……。

 陽キャの人はそうやって恥ずかしげもなく自分のことをオタクと称して、その手の趣味を楽しめるのだ。

 ていうか映画もドラマも見るなら、ただの多趣味な人だ。

 あと絶対ほかにも色々ある。

 羨ましい、健全で憧れる。

 わたしは隠れるようにひっそりと肩身を狭くして楽しんでいるのに……。

「じゃあ涼奈のオススメ映画を教えてよ。それ見るのもアリかもね」

「……ああ、うん、まかせて」

 完全に墓穴を掘ってしまった。

 そんなほいほいと紹介できるような趣味じゃない。

 自分が招いた失態によって足取りが段々と重くなっていた。
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