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15 好きになるということ
しおりを挟む「さあて、これはどういうことなのか説明してもらおっかなー?」
凛莉ちゃんが見た事もない、張りぼての笑みを浮かべている。
怖い怖い怖い……。
外面と内心が剥離しているのが丸わかりだ。
それゆえに、ただ恐ろしい。
わたしは訳も分からず、体を硬直させる。
「ひ……日奈星凛莉!?あんたいきなり何しに来たのよっ」
しかし、ここなちゃんはそんな彼女の微細な変化に気付かない。ただ驚いたように声を跳ね上げる。
あ、あんまり刺激しない方がいいと思うんだけど……。
「なんかお弁当を持って教室を出る二人組を見つけて?気になって見てみたらこんな時期に中庭で?隠れるようにベンチに座ってるから何かと思って?……来たのよ」
すごい高い声だったのに、最後の台詞だけ妙にドスが効いている。
背後にいた凛莉ちゃんが回り込んでわたし達の前に立つ。
笑みを浮かべている口元とは対照的に、見下ろしてくる彼女の目は感情の色が消えている。
な、なんだろ……。そんな変なことはしてないはずなんだけど……。
「勝手に追いかけといて意味わかんない。そもそも、ここに連れてきたのは雨月涼奈よ。何か言いたいならこっちに言いなさいよ」
「……そうね。説明してもらえるよね、涼奈?」
「えっ、えと……」
いや、説明も何も凛莉ちゃんが一番状況を理解してくれているはずでは……?
なのにどうして、そんなわたしに対する圧が凄いのだろう。
無言の圧力、といった表現があるが今ほどそれを感じたことはない。
「あたし、涼奈にご飯断られてるのに。この子とはいいんだ……?」
「へ……?」
ちょっと理解が追い付かない。
いや、言っている事は理解できるのだけれど、その内容と彼女の態度がリンクしてこないのだ。
「しかもお互いにお弁当あげてるし……なにそれっ、聞いてないんですけどっ」
「ま、待って凛莉ちゃん。わたし言ったよ?ここなちゃんに料理教えたいって……」
放課後、その悩みを打ち明けて頭を撫でてくれたのは他ならぬ凛莉ちゃんじゃないか。
なのにどうしてそんな態度をとるのだろう。
「聞いたよ。料理を教えたいとはね」
「じゃ、じゃあ……」
「でも、お弁当を作って二人で食べる。なんて一言も聞いてないんだけど?」
え……待って。そ、そこなの?
いや、確かに料理を教えたいとお弁当を食べ合うというのは同一の内容ではない。
でも、その延長線上にある行為だというのはすぐに分るはずだ。
それこそ、これまでの経緯を知っている凛莉ちゃんなら、尚更。
「料理をいきなり教えるより、食べてもらう方が入りやすいと思って。説得力も増すし……」
「だから、それ聞いてないし。なんで黙ってたの?」
「黙ってたわけじゃ……」
「涼奈はあたしに隠し事するんだ」
ええ……?
こ、これ隠し事なの……?
だいたい仮に隠してたとしても、どうして凛莉ちゃんはこんなに詰めてくるように接してくるのだろう。
わたしがそんな悪いことをしただろうか。
「……ここなは、いま何を見せられてるの」
うんざりしたように溜息を吐くここなちゃん。
本人のわたしもよく分かっていないのだから、第三者の彼女はより意味が分からないだろう。
「そもそも原因はあんたなんですけど」
凛莉ちゃんの標的はここなちゃんへ。
「……なんの話?」
しかし、ここなちゃんは一切動じない。
「あんたが最初からちゃんと料理作れてたら涼奈がこんなに手を出す必要もなかったってこと」
「……別に頼んでないし。どっちにしたって日奈星凛莉には関係ないし」
ふん、と顔を背けるここなちゃん。
けれど、そんな拒絶の態度も一切お構いなしなのも凛莉ちゃんだ。
「だいたいね、涼奈は料理なんて全くしたくないけど、あんたに上達してもらいたいって一心でお弁当を作ってくれたのよ」
「……それは分かったわよ。ちゃんと学ぼうとは思ったわ」
お……。
ここなちゃんの料理への方針が変わっている。
良かった、これでここなルートへの希望が見えた。
「だいたい涼奈の手料理なんて……なんてうらやま……じゃなくて、そこまでしてくれる気持ちを考えなさいよ」
「……なんか変なこと口走ってなかった?」
「口走ってない」
ここなちゃんはそれに対して一息つく。
「たしかに、雨月涼奈がここなにそこまでする理由が分からないのよ――」
ここなちゃんが隣にいるわたしを見る。
「――あんた、お兄ちゃんのこと好きだった癖に。どうしてそんなすっぱり諦めたわけ?」
彼女は、その答えを尋ねてきた。
「ちょーちょちょっ!?マジ、なにそれ!?」
……大声を上げてカットインしてきたのは凛莉ちゃんです。
「……日奈星凛莉、あんたさっきからうるさいんだけど」
「いやいや、涼奈に好きな人いるとか初めて聞いたんだけどっ!?」
過去形ですからね。
でも、もうここは潔く答えるしかないだろう。
「……わたしは進藤くんを甘やかす存在だった。でもそれはもうやめようと思ったの」
「……それは、どうして?」
その答えはかつての雨月涼奈という存在の否定に等しい。
それが分かっているここなちゃんはその意味を問いただす。
「きっとそうすることで、わたしも甘えてたんだと思う。誰かに頼ってもらうのは、それだけで存在していい理由になる気がするから」
「……それをあんたは捨てたわけ?」
「うん。だってそれは自分で立ってると、わたしは思わないから。どちらか一方が頼るんじゃなくて、お互いに支え合ってくれる人をわたしは探したい」
「……そう。それがあんたの答えなのね」
ここなちゃんは、わたしから視線を外した。
「ちょっ……ちょっと待ってくれない?あたしまだ整理ついてないんだけど。なに、涼奈は進藤のことが好きで毎日弁当を用意してたの?」
「それは過去の話らしいわよ。よかったわね、日奈星凛莉」
ここなちゃんはベンチから立ち上がると困惑する凛莉ちゃんを横切り、そのまま校舎へと戻って行った。
……まあ、彼女の問題はこれでクリアされるだろう。
困ったのは、目の前にいるヒロインだ。
「ねー。涼奈、お弁当もそうだし、好きな人がいるとかも初耳なんですけど?」
……若干怒り始めていた。
な、なんでだろう。
「え、えと……。お弁当は昨日の夜思いついたし、進藤くんのことは過去のことで……」
「納得いかない!ちゃんと説明してよ!」
「いや……もうこれ以上ないんだけど……」
凛莉ちゃんが納得できるように説明するには、昼休みは短すぎた。
◇◇◇
翌日のお昼休み。
今日は心が軽い。
だって、ここなちゃんはこれから料理の腕前を上げて進藤くんとのルートをひた走るのだろうから。
これでわたしのモブとしての生活は確約されたに等しい。
心置きなく平穏な生活を謳歌できるというものだ。
――ガラガラ
扉を開く音ともに、ここなちゃんが姿を現す。
その手にはお弁当袋がある。
「こ、ここな……今日も用意してくれたのか?」
「うん、どうぞ」
安心してね進藤くん。
ここなちゃんの料理の腕前はこれから、めきめき上がる。
憂鬱なお昼休みとはこれでさよならだよ。
「ここな、これ……」
ふふっ、さっそく効果が出たのかな?
進藤くんの驚いた声が聞こえてくる。
わたしは素知らぬフリをして、今日も今日とてサンドイッチの封を開ける。
「はい、雨月涼奈」
――ゴトッ
少し重みのある音がわたしの机の上に響く。
一瞬、自分の視界を疑う。
「……はい?」
ここなちゃんが、わたしの机の上にお弁当袋を置いていた。
意味が分からず彼女の顔を見上げる。
「お弁当よ、あんたもう料理しないんでしょ」
「え……なぜ、わたし……?」
「ここなの料理の腕前を上げてくれるんでしょ。なら、最後まで面倒みなさいよ」
……え、なにこれ。
ここなちゃんが、雨月涼奈にお弁当……?
ああ、ちょっと意味わかんない。
なにそれ知らない。そんなルート知らない。
「いや、わたしサンドイッチあるし……」
「そんなのばっかりじゃ栄養偏るでしょ」
な、なぜわたしの心配……?
進藤ここなと雨月涼奈はライバル関係のはずでは……?
「お、おい。ここな……それなら俺に対するこれはどう説明するんだ?」
進藤くんから上擦った声が聞こえる。
彼の机の上に置かれていたのはお弁当ではなく、サンドイッチだった。
「ここなはもうお兄ちゃんに、お弁当用意するのやめたの。これからは自分で準備してね」
「な、なんだって……!?」
「ここなも考えたの。今まではお兄ちゃんに認めてもらおうと必死だったけど、もういいんじゃないかって。ここなもお兄ちゃんも、それぞれ自立していくべきじゃないかって――」
待ってください。
き、気のせいかもしれないけど。
それは昨日のわたしの発言と似ているような……。
「――雨月涼奈も、そう思うでしょ?」
そうして、ここなちゃんはわたしにだけ見えるようにウィンクをしてきたのだった。
「ウ、ウン、ソダネ……」
……ああ。なんてことだ。
また主人公にそっぽ向いたヒロインが爆誕しちゃったよ。
もうどうなってんのこのゲーム。
誰かタイトルコールして下さい。
※俺のとなりの彼女はとにかく甘い
……どこが!?
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