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14 兄に手料理を
しおりを挟む「はあ……」
思わず、そんな力ない息を吐いてしまう。
凛莉ちゃんに励まされて一時的にメンタルが回復しても、朝はやってくる。
ここなちゃんのお弁当問題が解決しない限り、わたしのモブとしての未来は約束されない。
事態を速やかに改善する必要がある。
わたしは記憶にないくらい久しぶりに台所に立って、包丁を手にした。
昼休み。
皆が一時の解放感に羽を伸ばす時間。
だけどわたしの緊張感は増す。
彼女が来るからだ。
「お兄ちゃん!お弁当持ってきたよっ!」
「お、おう……」
ここなちゃんの登場に、顔を引きつらせる進藤くん。
この惨劇をいつまでも続けさせるわけにはいかないのだ。
席から立ち上がる。
ここなちゃんが進藤くんに近づくより先に、わたしの方が歩み寄った。
「ここなちゃん」
「……何よ、雨月涼奈」
彼女は“何しに声を掛けたんだ”と言わんばかりの雰囲気を一切隠そうとしない。
その鋭い視線から逃げたくなるけど、踏みとどまる。
わたしは朝作ってきたお弁当袋を掲げた。
「一緒にお昼ご飯食べよう」
「……は?」
今度は純粋に驚いた声を出していた。
わたしの方から誘ってくるなんて想像すらしていなかっただろう。
「中庭に行こう」
「いや、その前にお兄ちゃんにお弁当を……」
「ダメ、そのお弁当はわたしたちで食べるから」
「は?なんでいきなりそんな――」
このまま話していても埒が明かない。
わたしはここなちゃんの腕をとって歩き出す。
「ちょっ、ちょっと放しなさいよ。雨月涼奈……!」
「放さない、一緒にご飯食べるの」
「い、意味が分からないんだけど……!」
「そうだぞ涼奈、そんなことしたら俺の飯はどうするんだ」
それを傍観していた進藤くんがブーイングを入れる。
いや、あなたは何でこの期に及んで、ここなちゃんのお弁当を食べようとするのかな……。
助け船を出してるの分かってよ。
「ほら、お兄ちゃんも言ってる!」
「わかった、はい、進藤くんっ」
わたしは進藤くんの席にサンドイッチを置く。
自分でお弁当を作ったのを忘れて、いつものクセで買ってしまったものだ。
たまたまだったけど、タイミングが良い。
「……これだけ?」
しかし、“量足りないんだけど?”と訴えかけてくる進藤くんの視線が信じられない。
これ以上何を望むんだ。
ひたすらに甘やかされる主人公は注文が多い。
「足りなかったら購買で買ってきて。……ほら、ここなちゃん行くよ」
「あっ、ちょっと、雨月涼奈……!!」
わたしはそのまま、ここなちゃんと教室を後にした。
◇◇◇
中庭にて。
春は肌寒いことも多いが、今日は幸いにして天気が良い。
太陽が出ていて気温は高く、風ものどか。
制服で外に出ても心地よい風を感じる程度だ。
「あっちに座ろっか」
わたしは木陰にあるベンチを指差して、そこまで連れて行く。
そのまま腰を下ろすと、ここなちゃんは不満げな様子でわたしを見下ろしていた。
「あんた……どういうつもりよ」
「だから一緒にご飯食ようって」
「その目的が何なのって聞いてんのっ」
「進藤くん……いや、ここなちゃんのためになることだよ」
わたしは訝し気に見つめてくるここなちゃんの目から反らさずに言い返す。
「その言葉、ウソだったらすぐ戻るから」
わたしの意思が伝わったのか、観念したようにここなちゃんは隣に腰を下ろす。
「うん。それじゃお弁当開けて」
「いいけど……」
パカッと、ここなちゃんのお弁当が開かれる。
半分はおにぎり、残りの半分はオカズが入っている。
黄色という色彩を失った卵焼きに、中途半端に色づいたブロッコリー、ドロドロに溶けたハンバーグ。
なかなかにカオスな中身だった。
キャラ設定とは言え、やりすぎじゃなかろうか……。
「わたしのはこれ」
持参したお弁当を同じように開ける。
「雨月涼奈、それって……」
「そう同じの作ったの」
ここなちゃんの料理のレパートリーが少ないのも原作を通してリサーチ済みだ。
その知識を活かし、あえてわたしは全く同じものを用意した。
「……雨月涼奈。これ、同じだったの?」
「え?」
ここなちゃんは不思議なものを見るような目でわたしの弁当を眺めている。
「なんていうか……その、形悪すぎない?」
「あ、ああ……形は、ご愛敬ということで」
「ハンバーグはデコボコしすぎじゃない?」
「こねるのって難しいよね」
わたしはとにかく不器用なのだ。
「どうして、おにぎりは異常に丸いわけ?」
「握るのって難しいよね」
むしろ、どうしてそんな綺麗な三角に形を整えられるのかを聞きたい。
「雨月涼奈……いつの間にそんなに料理下手になったの」
「えへへ……」
「いや、そんな恥ずかしそうにはにかまれても困るんだけど」
そうなのだ。
雨月涼奈の記憶は共有している。それは間違いない。
けれど誤算だったのは、その技術を継承していなかったことにある。
だから何をするにも手先が追い付かない。
むしろ料理をしていた雨月涼奈の記憶がある分、理想と現実の乖離がより激しいものになる。
結果、料理をすればするほどイラつくという負のループが待っていたのだ。
ただでさえ好きではない料理、それがこんな状態では形が整うはずもない。
「イップスってやつかな」
「料理にあるの!?」
あ、さすがは兄妹。
進藤くんにもそんな反応をされた覚えがある。
「まあまあ、料理で大事なのは味だよ。味が良ければいいんだよ」
「……おにぎりもちゃんと握れない人が味を良くできるとは思えないんだけど」
それは分かっている。
というか文句を言いたいのはわたしの方だ。
普通、転生したらある程度のスキルは保有しているものだと思う。
なのに、この雨月涼奈は記憶以外はほとんどわたしのままだ。
もうちょっと融通を利かせてくれても良いと思う。
「いいから、ほら食べて」
わたしはお弁当を差し出す。
それをここなちゃんは怪訝そうな目で見つめる。
「ちゃんと焼けてるんでしょうね……」
「大丈夫、味見はしてるから」
「ならいいけど……」
ここなちゃんが恐る恐る、わたしのハンバーグを箸でつまんで口に運んだ。
どこか警戒しながらも、モグモグと口を動かしている。
「どう?」
「美味しいわね……」
そうなのだ。
下手と言っても、それは見た目の話。
味付けや火加減、その他の調理は不器用なわたしでもカバーできる。
味自体は雨月涼奈の料理を再現できているのだ。きっと。
「ここなちゃんのもらってもいい?」
「別にあげるとは……って聞きなさいよ」
わたしは最後まで聞かずに、ここなちゃん弁当の卵焼きをつまんで食べた。
「うん……ちょっとだけ焼きすぎてるかな。あとね、ブロッコリーはドレッシングよりマヨネーズの方が進藤くん好きだよ」
「な、なにそれ……。お兄ちゃんいつもサラダはドレッシングで食べてるんだけど」
「サラダはね。煮たブロッコリーはマヨネーズが好みなんだよ、前に言われたことあるんだ」
ゲームをプレイしている時は、“ただ食べてるだけで調味料にも口出すとか何様なんだこいつ”とは思ったが。
この知識がこんな場面で役に立つとは思わなかった。
「なによ。それでマウントとろうっていうの?もうお弁当は作らないって言ったクセに」
見た目はともかくとして。
味の差と、進藤くんに対する好みの理解度の差を感じたここなちゃんの鼻息が荒くなる。
ライバルとしていた相手だ、その差は悔しいだろう。
「ちがうよ。わたしは少しでいいから、ここなちゃんに伝えたいだけ」
ガシッ、とわたしはここなちゃんの肩に手を置く。
「触らないでっ」
けれど、その手はすぐに弾かれた。
「いたっ……」
同時に痛みが走った。
「あ、雨月涼奈……その手……」
わたしの手にはいくつか絆創膏を張っていた。
包丁で生傷を作ってしまったからだ。
「今日……ちょっとね。料理苦手だから」
「なんで、そこまでして……?」
わたしの行動が理解できない、といった表情だった。
「決まってるじゃん。わたしね、ここなちゃんを応援してるんだよ」
「本気、なの……?」
半信半疑、けれどわたしの謎の行動がその説得力を少しだけ上げてくれる。
「うん、進藤くんにはここなちゃんが必要なんだよ。ただそのために力を貸したいだけ」
「……あんた、どうしていきなり。まるで人が変わったみたいに……」
ここなちゃんの口調から、毒気が少しだけ抜けてくる。
発言内容はちょっと怖かったけど、察しているわけではないだろう。
「これ、もうちょっと食べてみてよ」
「そこまで言うなら……」
そうして二口目に手をつけようとした瞬間だった。
「――涼奈……?これは一体どういうことかしら?」
「「!?」」
突然の来訪。
背後で笑顔を浮かべていたのは、凛莉ちゃんだった。
でも、いつもと全く違う口調。
そして、張り詰めた空気と硬すぎる笑顔で察する。
何やら彼女のご機嫌が良くない事に……。
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