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11 幼馴染のリスクヘッジ

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 ……まずいんじゃないだろうか。

 それは昼休みの出来事。

 わたしは目の前で起きている惨劇を見て、焦りを覚え始めていた。

「お兄ちゃんどうしたの、箸が止まってるけど?」

「……い、いや……ちょっと……味が……」

 進藤しんどう兄妹の仲睦まじいお昼休み。

 妹がお弁当を用意して、兄がそれを食べる。

 微笑ましい光景のはずなのに、何をどう間違ったらこんな不穏な空気が流れるのだろう。

「味が、なに?」

 はっきりと物を言わない進藤くんに対して、ここなちゃんの語尾が強まる。

 その言い方が怒っている様で、進藤くんはビクッと体を丸めてしまう。

「……いえ、タイヘンオイシイので食べるのが勿体なくて……」

「なるほどね、それならいいけど。何が一番美味しかった?今後の参考にするから聞かせてよ」

「あ、ああ……このイカ焼きがなかなか……」

「それ卵焼きだけど」

「!? ど、どうして卵にこんな弾力がっ……!?」

「はい?お兄ちゃん、なんて?」

「あ、いや……イカ焼きかと思うくらいっ、美味しいなぁ!!」

「お兄ちゃん、そんなイカ好きだったっけ……?」

 聞いていて頭が痛くなる。

 何をどうやったら卵をイカと勘違いできるんだ……。

 進藤くんの舌がおかしいのか、ここなちゃんの料理が異次元なのか……。

 まあ、後者だと思うんだけど……。

「す、涼奈すずな……」

 進藤くんがこちらを振り返って子犬のような目を向けてくる。

 わたしはそれを受け止めきれず、サンドイッチを頬張りながら窓の外を見つめて逃げる。

「ほらっ!雨月涼奈あまつきすずなはもうお弁当を作らないんだから、よそ見してないでここなのお弁当を食べてよね!」

「あ、ああ……」

「文句あるの!?」

「ありませんっ!!」

 当初、ここなちゃんは料理の実力を上げるからこの状況は問題ないと思っていた。

 けれど、わたしは重要な問題点を見逃していた。

 原作でここなちゃんが雨月涼奈にお弁当バトルを仕掛ける展開がある。

 しかし、進藤くんは雨月涼奈のお弁当を必ず選んでしまう。

 彼女はその敗北から、雨月涼奈のお弁当を研究し、料理を勉強することでその腕前を上げていくのだ。

 つまり、“雨月涼奈”というライバルがいたからこそ“進藤ここな”の料理の実力は上がるのだ。

 それが、今はどうだろう。

「ああ、このアスパラ普通のよりシャキシャキしてておいしいな」

 ……火が十分に通ってないのでは?

「それブロッコリーだけど」

 て、また違うのかよ。

「!? な、なぜ芯の部分だけ……?モサモサの部分はいずこに……!?」

「え、マズかった……?」

「いえ、まるで創作料理!!その独創性に脱帽ですっ!!」

「そっか。ならよかった」

 そう、今の彼女は独走状態。

 進藤くんもここなちゃんには頭が上がらず食べ続けるため、正しいフィードバックが彼女に帰ってこないのだ。

 ……このままでは、関係性が悪化し好感度が高まっていくとは思えない。

 ただでさえヒロインが二人脱落しているというのに、これ以上脱落者を増やすのは避けたい。


        ◇◇◇


 わたしがこのゲームの主人公である進藤湊しんどうみなとがヒロインと結ばれないと困ってしまう理由がある。

 ヒロインと結ばれないエンディングは恋愛ゲームにおいてバッドエンディングを意味する。

 その場合、一人寂しい進藤湊を雨月涼奈が見守るというエンディングに強制的に突入するのだ。

 もちろん基本的にはバッドエンディング扱いのため、恋人になったりなどの描写はない。

 けれど、思いを寄せている雨月涼奈だけが結果的に残るのだ。

 作中では描かれていないだけで、その後は恋人みたいな関係性になっていてもおかしくはない。

 とにかく、わたしにその気はないのに、そんな強制的な因果律が働き始めたりするのは困るのだ。

「……とはいったものの、困ったな」

 わたしはサンドイッチを食べ終えると席を立った。

 作戦を考えなければならない。

 廊下に出て、一人で考え事をしようと歩き出す。

 なるべく人気がいない所、校舎の奥にある音楽室を目指す。

 人影は段々まばらになっていった。

「雨月さんっ」

 ……すると、後ろから陽気な声が聞こえてくる。

日奈星ひなせさん……もしかして、ついてきた?」

 それ以外で日奈星さんがこんな所に来るとは思えない。

「ううん、たまたま」

 目が泳いでいる。

 絶対後をつけて来たな。

「わたし、考え事してるんだけど」

「じゃあ、あたしとお話ししようよ」

「……話、聞いてた?」

「教室だと嫌がるんだから。ここならいいじゃん」

 そう言って日奈星さんはわたしの腕に絡みつく。

「ちょっ……日奈星さん、誰かに見られたらどうするのっ」

「別に友達同士なら普通じゃん」

 だから、そうじゃなくてカースト的に、見栄え的に……。

 そんなわたしの反論しそうな雰囲気を察したのか、日奈星さんは強引に引っ張っていく。

「おっけー。見られなきゃいいのね」

 ガラガラと音楽室の扉を開ける。

 中は無人だった。

「はい、これならいいよね」

「……よくはないけど」

「悪くもないでしょ。それで何考えてたの?」

「……日奈星さんには関係ない話だから言っても仕方ない」

「それならそれで気軽で言いやすいんじゃん。黙って考えるより話した方がすっきりすることもあるよ?」

 ……さっきは力づくだったのに、今度はそれっぽいことを言う。

 そう言われると、何だかそれが正しいようにも聞こえてくる。

 こういう時の日奈星さんに、わたしは弱い。

「……ここなちゃんが、進藤くんにお弁当作ってあげてるの知ってる?」

「うん、さっき雨月さんが進藤たちのことずっと見てたから。それで何となくわかった」

 ……ん?

 それはなんか順番がおかしい、なぜわたし経由で知っているんだ……。

 まあ、いちいち聞くほどのことではないけれど。

「ここなちゃん料理苦手っぽくて、それを食べてる進藤くんが困ってそうなんだよね」

「そうなんだ。それが気になるの?」

「え、まあ……せっかくここなちゃん頑張って作ってるのに下手なことは言えないし、けどそれを食べ続ける進藤くんも可哀想だし」

 本当は好感度管理を気にしてるだけだけど。

「雨月さん、進藤兄妹とそんなに仲いいんだ?」

「あ、まあ……一応、兄の方とは幼馴染だしね」

「へえ……。それで可哀想、ね」

 何だか珍しく日奈星さんの声のトーンが低くなってる気がした。

 ……も、もしかして。

 ヒロインとして進藤くんに対する気持ちが芽生えて来てるとか?

「日奈星さん、進藤くんのこと気になる?」

「え?別に普通、クラスメイトってだけでまだそんな話したことないし」

「……でもちょっと気になるとか?」

「? 特別気になるってことはないかな」

 ……ダメか。

 やはりイベントをスルーさせてしまったわたしのせいなのだろう。

 ここから興味を持ってもらうのは至難の業か。

 ならば、ここなちゃんに頑張ってもらうしかない。

「進藤、今まではお昼どうしてたの?それこそ、ここなが入学する前みたいに戻せばいいだけじゃない?」

「……いや、それは絶対ダメ」

 今まで通りということは雨月涼奈がお弁当を用意するということ。

 それなら雨月涼奈とのお弁当バトルが始まり、ここなちゃんのお料理レベルは上がるだろう。

 だけどそれと同時にわたしとの好感度も上がってしまうリスクがある。それはわたしの望むところではない。

「なんで?」

「今までわたしがお弁当作ってたから。それはもうしたくない」

「……は?」

「え?」

 すると突然、日奈星さんの声が鋭くなった。

 こんな声音は初めて聞く、怖い感じだった。

「雨月さんが、進藤にお弁当を用意してたの?」

「え、うん……そうだけど……」

 日奈星さんが身を寄せてくる。

 でもそれはいつものじゃれ合うようなものじゃなくて、物言わぬ圧と剣幕だった。

 わたしは反射的に身をすくめてしまう。

「……あ、ごめんごめん。いや、ちょっと驚いただけ。雨月さん、進藤にそこまでしてたんだって」

 日奈星さんは申し訳なさそうに笑って、いつもの明るい声に戻る。

 そのコントラストが激しい分、さっきの日奈星さんがいつもと違う事が浮き彫りになるけれど。

「う、うん……。もうしないけどね」

「そうなんだ。進藤と何かあったの?」

 いや、何かあったのは雨月涼奈わたしの方で、向こうではない。

「その、ここなちゃんがお弁当作るみたいだったし……わたしは料理もうしたくなかったし」

「でもさ、やっぱり進藤のことは気にしてるよね」

 また、さっきほどではないけど日奈星さんの声の張りが強くなる。

「そりゃ……ね。幼馴染だし」

 というか主人公なので、いつ魔の手が襲ってくるのか分からず恐れてるだけだけど。

「そっか、幼馴染か。……そういうものか」

 日奈星さんは何度か頷いてみせる。

 でもそれはどこか腑に落ちていないものを、無理矢理に飲み込もうとしている様にも見えた。

「雨月さんって人と距離とろうとするのかなって思ってたんだけど、幼馴染だと違うんだ?」

「え……まあ、そうなるのかな」

 正確には幼馴染の距離は雨月涼奈がそうなのであって、雪月真白わたしにとってはそうではないのだが。

 でも雨月涼奈がとった行動は消せない。その過去は残り続ける。

「じゃあさ、あたしとも友達としての距離感で接してくれてもいいよね?」

 ぐっ、と日奈星さんがまた体を寄せてくる。

 背後には壁があって、わたしは行き場を失ってしまう。

「友達としての距離って……?」

「名前」

「名前……?」

 日奈星さんの顔が近い。

 息遣いまで感じられそうな、そんな距離。

「名前で呼び合おうよ、いつまでも苗字でさん付けって堅苦しいじゃん」

「え……」

「進藤だけ幼馴染の距離感とかずるいじゃん。あたしとも友達らしく接してよ」

 日奈星さんのアーモンド形の綺麗な目。

 その瞳がわたしだけを捉えている状況には、まだ慣れない。
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