1 / 111
01 幼馴染はモブになりたい
しおりを挟むわたしは教室の席に佇んでいた。
「涼奈、今日も一緒に帰ってやってもいいぜ?」
目の前には黒髪の少年が、こちらを見下ろしている。
……おかしい。
ここは初めて見る教室で、この少年とも言葉を交わしたことはない。
それでも、わたしは知っている。
ここは星藍学園で、少年の名前は進藤湊。
どうしてか良く知っている。
その理由を探ろうとして、すぐに思い当たる。
「……ああ、わたしが最後にやってたゲームの世界じゃん。これ」
“俺のとなりの彼女はとにかく甘い”
通称:カノアマ
……だったかな。
とにかく、そんなタイトルの恋愛ゲームをわたしはやっていた。
この世界はそのゲームと酷似している。
まさか……これが言わゆる転生というやつだろうか。
「は、ゲーム……?どうしたいきなり」
「あ、えっと、何でもない。それより進藤……くん。今、わたしのことを何て呼んだ?」
「は?変なこと聞くな……涼奈は涼奈だろ。他になんて呼ぶんだよ」
ああ……マジか。
彼が呼んでいる少女の名前は雨月涼奈。
ヒロインの一人で、ポジションは幼馴染。
わたしは、そんな登場人物の一人として生まれ変わってしまったわけだ。
「ほら、どうせ今日も帰る相手いないんだろ。俺が一緒に帰ってやるよ」
進藤湊と幼馴染の雨月涼奈はいつも登下校を共にしている。
だが、見ての通り湊は涼奈に対して横柄な態度が目立つ。
今もなぜか一緒に帰ってやるみたいなオーラを出されている。
けれど、涼奈はとにかく優しい。
幼い頃から進藤湊に恋心を抱き、それを隠したままずっと友人として過ごしてきたのだ。
だから、こんな態度をとられても笑顔で返事をする。そんな健気な少女。
彼女らしく受け答えをするのなら、ここは一緒に帰るのが正解だ。
……だけど。
「一人で帰るから、大丈夫」
我ながら愛想のない声で、はっきりと自分の意思を告げた。
◇◇◇
見慣れない廊下のはずなのに、勝手知ったる我が家のように道が分かる。
雨月涼奈として、この世界の記憶は共有されているということだろう。
わたしは真っすぐ玄関へと向かう。
「お、おい……涼奈、どうしたんだよ。なんだ機嫌でも悪いのか……?」
だが、その後ろを付いて来る男の子がいる。
「悪くない」
「じゃ、じゃあ……なんで一緒に帰らないんだ?いつもそうしてたじゃん」
「いつもそうだからって、今日もそうとは限らない」
というか、後を付いてこないで欲しい。
男の子に近寄られるのは、ちょっと怖い。
「涼奈に、なんかしたか俺?」
「……心当たりある?」
「え……あ、いや今日も宿題見せてもらったりとか、寝てる俺を授業直前に起こしてもらったりとか、掃除当番変わってもらったりとか……それか?」
そう、この男の子はとにかくだらしない。そして何でも女の子に依存している。
この世界のヒロインは、主人公をとにかく甘えさせる。まるでダメ男しか好きになれないルールでもあるかのように。
高校二年生にもなる年なのに、彼を甘やかすばかりで叱ることは一切ない。
その中でも特に甘いのが、この雨月涼奈というヒロインだ。
幼馴染というだけなのに、とにかく昔から彼の世話を顧みない。
常に下手に出て彼の顔色を伺い、いつだって優しく接している。
正直、プレイヤーであるわたしには理解できなかった。
この主人公は得意じゃないし、それに恋する涼奈の気持ちもよく分からない。
感情移入がさっぱり出来なかった。
「そういうことかも」
「え、それにしたって、なんでいきなり……」
「とにかくわたしは一人で帰るね。ばいばい、進藤くん」
だから、わたしは攻略なんてされない。
好きじゃない男の子と付き合うなんて、いくら恋愛ゲームの世界と言えどもお断りだ。
「……やっと諦めたんだ」
校門を過ぎて振り返ると、そこに進藤くんの姿はなかった。
「でも……、言い過ぎちゃったかな」
去り際に放った一言で、進藤くんが傷ついたような表情を浮かべて押し黙ってしまった姿が頭から離れない。
はっきり言わないと分かってもらえなさそうだったとは言え、無闇に傷つけたいわけでもない。
恋人という面倒なポジションに収まらなければいいだけだ。
「ほんと、ゲームの世界でも人間関係上手くいかないとか勘弁してほしい……」
少しだけ、元いた世界を思い出して溜め息を吐く。
どこにいたってわたしは思うようには生きられないのだろうか。
「やめよやめよ。新しい人生なんだし、せっかくなら楽しまないと」
そう、何も悲観することばかりではないはずだ。
新しい人生を歩むことで何か違ったものが得られるかもしれない。
幸いにして、雨月涼奈は他者から嫌われるキャラクターではなかった。
上手くやればそれなりの学園生活だって送れるかもしれない。
主人公には攻略されないヒロイン、いやもういっそモブになって、慎ましい学園生活を送ろう。
平穏な生活がわたしには合っている。
何となく、今後の生き方の指針が決まると心が落ち着く。
足取りも少しだけ軽くなって、帰り道を急いだ。
繁華街を通る。
建物が急に大きくなり、人通りが多くなるこの空間はあまり得意ではない。
さっさと通り過ぎようと足を速める。
「だーかーら、興味ないって言ってんじゃん」
……ん。
どこか聞き覚えのある女の子の声が耳に届いた。
声のする方へと視線を向けると、ブラウンの髪をゆるく巻いたばっちりメイクの少女が、安っぽいスーツを着た男に絡まれていた。
「君、可愛いからさ。一日1~2時間だけでもすぐに稼げるようになると思うよ?」
「は?なにそれ怪しすぎ、怖いんだけど。あたし別にお金に困ってないし」
その少女は、わたしと同じ制服を着ていた。
だいぶ着崩していて、かなり軽薄な印象に様変わりしているけれど、間違いなく同じ学園の生徒だ。
「うそだ、そんなチャラい恰好して興味ないわけないじゃん。全然怪しくないからさ、まず話聞くだけで嫌なら断ってくれていいから」
「もう断ってんじゃん。マジしつこいって」
……ああ……。
わたしはその光景に頭を悩ませる。
このイベント、見覚えがある。
本来であれば、今日の雨月涼奈は進藤湊と帰っているはずだった。
進藤くんは、いつものように涼奈に大口を叩いていて。
『俺は可愛い女の子のためなら、何だってするぞ』
と、結局見た目という身も蓋もない発言をするのだ。
だけど、涼奈は素直な子だから……。
『そっかあ。じゃあ困った女の子がいた時は湊くんにお願いしたら安心だね』
という、のほほん回答を返す。
そしてこの場面に遭遇するわけだ。
『ねえ湊くん、あの子、困ってそうだよ?』
『……ああ』
『女の子のためなら、何だってするんだよね?』
『…………ああ』
自分の不用意な発言で引き返せなくなった進藤湊は、半ばヤケクソでスーツの男に突撃する。
男は分が悪いと思ったのか、それで退散するわけなんだけど……。
「わたしのせいで、進藤くんいないじゃん……」
つまり彼女を助けるはずの主人公が不在だ。
罪悪感が更にわたしにのしかかる。
流石にこれを無視をするわけにもいかない……。
胸に沸き起こる恐怖心を押し殺して、わたしは歩調を速めた。
「ねえねえ、いいから。ちょっとだけ、ほんの少しだけ」
「いや、ちょっと触んないでよ。マジ、キモいって」
とうとう強引になってきた男の勧誘に、見てるわたしも焦りを覚える。
早足になって、そのまま……。
「あ、ああー。ごめんごめん、待ったー?」
わたし2人の間を割って無理やり声を掛けた。
慣れない台詞に声が上擦っている気がする。
「え、ええと……?」
急に声を掛けてきたと思ったら、約束もしていないクラスメイト。
そりゃ彼女も面を食らうだろう。
「先に買い物?ほら、時間ないし早く行こ」
わたしはそんなことは意に介さず、派手な女の子の手を取って歩き出す。
「あ、おい、ちょっと待てよ!」
尚も追いすがろうとするスーツの男相手にわたしは口を開く。
「お兄さん、この子はわたしと用事があるんです。それにあんまりしつこいと警察呼びますよ。未成年相手ですし、噂になったらお仕事にも影響出ちゃうかもしれませんけど、いいですか?」
「……ちっ、なんだよ、いいよ別に」
明らかに面白くなさそうな態度に手の平を返す男。
まあ、でもこれで必要以上に絡んでくることはないだろう。
「行こう、日奈星さん」
「あ、う、うん!」
わたしはそのまま彼女――ヒロインの一人である日奈星凛莉の手をとって、街を後にした。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う
月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる