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本編

49 開幕

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 これは昔々の遠い国の物語。
 その国は髪は艶やかで、肌は雪のように白く、唇は薔薇色のよう可憐な少女がいました。
 その少女の名前は白雪姫。

 ナレーションから始まり、照明が点く。
 照らされた先には白雪姫を演じるハルの姿あった。
 
『今日も街は穏やかね』

 白雪姫は街の中を爛々と歩いて行きます。
 その微笑みは優しく、 ステップは軽やかに舞うようでした。

「……綺麗」

 観客席から感嘆とした声が届く。
 普段のハルが見せる事は少ない繊細さがそこにはあった。
 彼女の美しさに見惚れてしまうのも頷ける。
 
 ハルが多くの人を魅了していく、認められていくのを肌で感じる。
 彼女は常に他者の関心を引いてきた。
 それが今、最も正しい形で表現されている。
 彼女もまた青崎あおざき先輩とは違ったカリスマ性を持つ存在なのだと、確信に変わる。

 ――ドクン

 心臓の鼓動が強くなる。
 ずっと抱いてきた、吐き出したくても絡みついて離れない、この感情。
 青崎先輩の時のように、私はハルを“憧れ”の対象として見始めているのだろうか。
 
 でも、それにしては胸の中にあるコレはあまりにいびつだった。
 だって私は、ハルにこれ以上の光を浴びないで欲しいと望んでしまっている。
 遠くへ置いて行かれてしまう事を私は恐れ始めている。
 だからハルが脚光を浴びる度に、私は醜く堕ちる。

『鏡よ、この世で一番美しい人は誰?』

 魔女は鏡に疑問を問いかけます。
 その答えは当然、魔女自身であるはずでした。

『この世で一番美しいのは、白雪姫です』

 鏡はその少女を映し出します。
 その姿を見た魔女は、怒りに震えました。

『こんな女が私よりも美しい……!? 間違っている、そんな間違いは正さなければならないわっ』

 魔女は白雪姫を未知の森へと魔法でいざないました。
 そのまま彷徨さまよい、命が尽き果てる事をくわだてたのです。

 魔女の姿は、酷く哀れだ。
 自分よりも美しい存在を認められず、その存在を否定する事しか出来ない。
 その感情は“嫉妬”と呼ばれるものだった。

『君のような女の子がこんな所で何をしているんだい?』

 心優しい小人は、森を彷徨う白雪姫に声を掛けました。

『気が付いたら森の中にいて、ここがどこなのか分からないの』

『それは大変だ。よかったら僕たちの家に来ないかい?』

 小人は白雪姫を家に案内して助けてあげました。
 清く美しい白雪姫は、どこにいても誰かが手を差し伸べてくれるのです。

『鏡よ、この世で一番美しい人は誰?』

 魔女は再び、鏡に問いを繰り返しました。
 白雪姫がいない今、世界で一番美しいのは魔女のはずだからです。

『この世で一番美しいのは、白雪姫です』

 けれど、答えはまたしても白雪姫。
 小人と出会った白雪姫は未だ生きていたからです。
 魔女の怒りは頂点に達します。

『お嬢さんに、この良く熟れたリンゴを差し上げよう』

 老婆に扮した魔女は、白雪姫にリンゴを差し出ます。

『こんなに赤い林檎は初めて見たわ』

 人を疑う事を知らない白雪姫は、その果実を手に取ってしまいます。

『さあ、食べてごらんなさい?』

『ありがとう』

 白雪姫は毒林檎を口にしてしまいました。
 老婆に扮した魔女はほくそ笑み、白雪姫は呪いによって息を引き取ってしまいます。
 小人達は悲しみに暮れ、白雪姫はひつぎの中で眠り続けています。

 この物語で、魔女は絶対悪だ。
 魔女は自分よりも美しい白雪姫に嫉妬し、その感情を受け入れられず殺してしまう。
 その在り方は、幼稚で醜悪だ。

 ……そう思っていた。

 果たして私はどうだろう。
 清く正しく在るだろうか?
 とてもそうは思えない。
 私はハルに嫉妬し、その炎を燃やし続けている。

 私も魔女と何も変わらない。
 光り輝くハルを周囲に知られたくないと思っている。
 醜い嫉妬心に駆られ、全てを無かった事にしようとする魔女と同じだ。
 自分が酷く矮小な存在にしか思えなかった。

『ああ、誰か白雪姫を救ってあげて』

 小人は白雪姫の救済を祈ります。
 物語は英雄の登場を待ち望んでいたのです。

 王子である私の出番だ。
 けれど、私はこのまま出ていいのだろうか?
 魔女と変わらない私が、白雪姫にキスをする事は許されるのだろうか。
 疑問を抱いてしまった私は、舞台袖からその一歩を踏み出す事が出来ないでいる。

「み、水野さんっ、出番ですよっ。ステージに移動して下さい!」

 舞台は暗転。
 次の照明が点くタイミングで、王子がステージに立っていなければならない。
 吉田よしださんに催促されるが、分かっていて、足は出ない。

 白雪姫が眠る棺を見つめる。
 すると、亡骸のはずの白雪姫がむくりと起き上がる……ハルだった。

「(来いよ、なにしてんだっ)」

 観客から見えるかもしれないし、届くかもしれない声で私を呼ぶ。
 でも、そんな事をさせているのは私の責任で。
 申し訳なさが勝ってしまい、渋々ハルの元へと近寄ってしまう。

「おせぇよ、ヒヤヒヤさせんな」

「……私なんかでいいのかと、改めて考えてしまったわ」

「はあ?」

 ハルは私の瞳を覗く。

みお以外の誰がいるんだよ、あたしをここまで連れて来たのは澪じゃんか」

「そんな事はないわ」

「そうなんだって」

 ハルはやれやれと首を振った後、人差し指を伸ばして私の胸を押す。

「いいか、あたしは澪のおかげでここまで来れたんだ。だから最後まで見守ってもらわないと困るのっ」

 ……それでも、ハルはそう言ってくれるのか。
 どこまで行っても、ここにいるのは私によるものだと。
 その言葉に打ち震えているのは、何だろう。
 嫉妬にまみれていた心を覗けば、その奥にある答えは明白だった。

 私は恐れていた、見て見ぬフリをし続けていた。
 でも、それももう終わりにしよう。

 ――バンッ

 照明が舞台を照らす。

『貴方は誰ですか?』

 森の中に見知らぬ青年が現れました。
 小人は思わず尋ねますが、その青年は隣の国の王子様だったのです。
 王子様は棺の中にいる白雪姫を見て驚きます。

『こんなに美しい人は初めて見た』

 棺の中には花が散りばめられ、そこには眠るハルの姿がある。
 王子様は眠る白雪姫にキスをすることで、その呪いから解き放つ。
 それは同時に、王子が白雪姫に捧げる愛の誓いでもある。

 だから、私は――

「愛しているわハル。世界でただ一人、貴女だけを」 
 
 ――その唇を重ねて、愛を誓った。
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