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本編
47 文化祭
しおりを挟む文化祭当日。
学校内はいつになく賑わい、その喧騒は空気を通しても伝わってくる。
「澪、ちょっと他のクラスの出し物見に行こうぜ」
ハルが私を誘ってくれる。
演劇は午前と午後の部に分かれるが、その間にも校内を見て回れる時間の余裕はあった。
ちなみに生徒会は校内の見回りも行うのだが、この時間は私はフリーだった。
「ええ、行きましょう」
「よっしゃ」
ハルに手を引かれる。
その手が握られている事に、何だかむず痒い感情を覚えた。
クラスの出し物は多種多様。
飲食をやっている所もあれば、お化け屋敷などの体験物、掲示物の展示など。
それらを流し見ながらハルと歩いていく。
「なんか食べたい物とかある?」
まだ時間は比較的早いため、お腹が空いているというほどでもない。
「ハルは?」
「まあ、どっちでもいいかなーって感じ」
お互いに感じている所は同じだった。
だが、何もしないでいるにはまだ時間に余裕がある。
「喫茶店でお茶にしない?」
「あ、いいんじゃね?」
何か飲みながら時間を待ってもいいだろう。
「学校でも結局似たような事になるんだな」
「人の行動ってそうそう変わらないものね」
かつての休日を思い出した。
「いらっしゃいませー……って、うげっ。白花ハルに水野澪……」
訪れたのは男女逆転の喫茶店。
店員さんとして対応してくれたのは、紳士物のスーツに身を包んだ結崎だった。
いつものツインテールを解き、ボーイッシュなショートカットになっていた。
ウィッグを被っているのだろう、雰囲気は完全に小柄な男の子だった。
「貴女、裏方って言ってなかった?」
「今日、店員担当の子が熱を出して休んだのよ。そしたら人手が足りなくなるでしょ? 裏方に回ってる子は店員さんはやりたくないでしょ? なら、生徒会であるこのわたしがやるしかないじゃない……!」
結崎はわなわなと震えながら早口でまくし立てる。
どうやら不本意ではあるが、責任感から店員を全うしているらしい。
結崎らしい心掛けだとは思う、が。
「それにしては露骨に嫌な表情を出し過ぎじゃないかしら?」
「あんた達だからこんな風になっちゃってんのよ! よりにもよって見られたくない姿を見られたからね! 他の子たちだったら笑顔で対応できたわよっ!」
うん、どうやら私が間違えていたらしい。
結崎のプロ根性を超えるくらい私達には見られたくなかったらしい。
どれだけ嫌われてるんだ? 一緒に喫茶店に行った仲なのに。
「くっ……こんなの一生の恥だわ。何でよりにもよって私が担当している時間にあんた達が来るのよ」
それは運命の悪戯と言う他ない。
「でも似合ってるわよ? 声を聞かなければ男の子にしか見えないもの」
「そ、そう……? まあ、わたしも即日対応の割には様になっているとは思ったんだけど」
褒めたら案外まんざらでもない表情を浮かべていた。
結崎って結構単純なのかもしれない。
「ね、ハルもそう思うでしょ?」
私達に会った事で嫌な思い出を残したくないので、ハルにも催促する。
気分を良くさせて忘れさせてあげよう。
「……さっきから誰なんだお前、馴れ馴れしいぞ」
ハルは不満そうに結崎に訴えていた。
思っていた展開と違う。
「は、ちょっと……!? 白花ハルそれはあんまりじゃない!?」
「知らんやつに呼び捨てにされたくないな」
「知ってるじゃない! わたしよ、結崎叶芽よっ!」
どうやらハルは執事に扮した結崎の姿では、もはやかつての結崎を認知出来ないらしい。
結崎の男装のクオリティが高いと褒めるべきか、ハルの結崎に対する興味の薄さを窘めるべきか。
判断に困る。
「……ああ、お前か。なに、そーいう趣味だったの?」
名前を呼ばれてようやく結崎を認知したハル。
だが、二言目は絶対に結崎が言われたくない言葉だった。
「趣味じゃないわよっ! こーいうコンセプトのお店なのっ!」
「へえ、楽しそうだな」
「あんた達のせいでもう全然楽しくないんだけどっ!」
わーわー言いつつも、二人は思いの丈をぶつけ合っていた。
以前までは険悪な二人だと思っていたけど、案外これって……。
「本当は二人とも仲良かったのね」
「「それはない」」
違ったようだ。
「ブレンドコーヒーとアイスティーでございます」
注文を終え、結崎がその品を運んでくれる。
私がコーヒーで、ハルがアイスティーだった。
「聞いたわよ白花ハル、あんた白雪姫をやるんですって?」
結崎はすぐに下がるかと思ったが、自分からハルに話しかけていた。
「そうだけど?」
「楽しみね、わたしも観に行くから」
ハルが少しだけ眉をひそめる。
「ひやかしか?」
「まあ、それもなくないけど」
ハルがすかさず“おい”っとツッコんでいたが、結崎もさして気にせず話を続ける。
「単純にあんたが主役の劇に興味があるわ、水野も王子様なんだから尚更ね」
そこに悪意はなく、純然たる好奇心だけが伺えた。
「それに良い噂も聞いてるのよ、“白雪姫役の白花ハルがとても綺麗だ”ってね」
「……ふん、男装しているお前よりはそりゃ綺麗だろ」
「……ほんと、素直じゃないわね、あんたっ」
この二人が素直にお互いを認め合う事はないのかもしれない。
「あたしも澪も頑張ったからな、それなりだとは思ってるけど」
「……変わったわね、あんた」
「なにが?」
「前のあんたならクラスの出し物なんて絶対にやらなかったじゃない、良いように変われたんじゃない?」
結崎の声音はいつもよりトーンを落とし、少しだけ優しさを帯びていた。
「ふん、さあね」
ハルはそっぽを向いた。
「あんたをそこまでしてくれた人に感謝し――」
「すいませーん、注文いいですかぁ?」
「――あ、はいっ! もう行くわね」
オーダーを取るのに結崎はこの場を離れる。
話は途中で遮られてしまった。
「……んなの、分かってるっての」
ハルは私にも届かない声で何か呟いていた。
お茶をして教室を後にする。
時間が進むにつれ、人数も増えていた。
「さて、そろそろ出番だな」
開演時間が近づいている。
今から体育館に向かって準備すればちょうど良い時間になるだろう。
「楽しんでもらえるかしら」
「まあ、やるだけやったんだから。後はやりきるだけさ」
時間が迫るにつれ私は緊張してきたのだが、ハルはあっけらかんとしていた。
主役であるハルの方が圧倒的に出番は多いのに、その肝の座り方は流石だ。
「へへ、ていうかあたしたちの文化際の青春感すごくね?」
ハルは笑みを浮かべながら尋ねてくる。
そう言われて考えてみると……。
「本当ね」
以前までは学校行事の一つに過ぎなかったのに、今はハルとの思い出の一つになっている。
起きている事は同じなのに、誰かといる事で受け取り方がこうも変わるなんて不思議だ。
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