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本編
45 矛盾
しおりを挟む「君のような女の子がこんな所で何をしているんだい?」
森の中を彷徨っていた少女に、小人は声を掛けました。
「気付いたら森の中にいて、ここがどこなのか分からないの」
「それは大変だ。よかったら僕たちの家に来ないかい?」
小人は白雪姫を家に誘ってあげるのでした。
◆◆◆
「オッケーです!」
白雪姫と小人のパートが終わり、吉田さんが合図を送る。
「よし、今回はどうだったよ」
ハルは握りこぶしを作り、小人を演じたクラスメイトに話しかける。
「あ、すごい良かったと思います。森の中で困っている感じがリアルに伝わってきました」
「だろー? 小人も優しさが出てて良かったぜ」
「そ、そうですかね。良かったです」
ハルとクラスメイトが談笑している。
こうして時間を重ねていく内に、自然とお互いの事を褒め合えるようになっていた。
「白花さん、打ち解けてきましたよね」
吉田さんが私に語り掛ける。
「そう思う?」
「ええ、最初は怖い人だと思ってたんですけど、ちゃんと真剣にやってくれてますし。ああやって一緒に話し合って、皆やりやすい空気になっていると思います」
当初はハルが主役という事でどこか変な緊張感があったが、それも徐々に緩和されて今は和気あいあいとした空気すら生まれている。
それもハルが忖度なく思った事を言ってひたむきに努力する姿勢が皆の目に映ったからだろう。
本来のハルの姿がそこにはあった。
「何事もなくて私もほっとしているわ」
「ええ、白花さんはただ正直な方だったんですね」
ハルの人間性を皆が少しずつ分かり始めている。
輪の中に溶け込んでいくハル。
それは私が思い描いた、あるべき形だった。
望んだ通りなのだから、私は喜ぶべきなのだ。
「……」
「水野さん?」
「あ、いえ。そうね、ハルは自分に素直だけなの」
「はい、それが分かって私も嬉しいです」
吉田さんは笑う。
でもそれはハルの一部に過ぎない。
ほんの一握りの断片的な部分を知っただけなのに、どうしてそんなにも嬉しそうなのだろう。
……いや、それはおかしい。
一部だとしても、それはハルなのだ。
誤解され続けた彼女が正しく理解されたのなら良いではないか。
私は何をムキになっているのだろう。
理論と感情が相反している。
私の心の中でぶつかりあって、胸の中にザラツキだけが残る。
でもそれがどうして起こるのかは分からない。
「おおー。澪どうだったよ、あたしの演技。だいぶマシになってきただろ?」
ハルが朗らかに笑って私の元に向かってくる。
その笑顔も会話も、さっきまでクラスメイトに向けていたものだ。
「皆が評価している通り、良くなっているわ」
「ふふ、そうだろそうだろ。あたしも成長するんだなぁ」
私は今、意図的に他者の評価だけを伝えて、自分の言葉を濁した。
それでもハルは満足そうに頷く。
つまりハルが求めていたものは私の言葉ではなく不特定多数の賛辞という事で。
今の会話は、本質的には私は求められていないという事だ。
「その調子で頑張ってね」
「おう、まかせなっ」
……いや、分かっている。
それはあまりに歪んでいる解釈だ。
私はハルに求められなくて、寂しいと感じてしまっただけだ。
それを無理やり、違う理屈に押し付けただけ。
醜い自分が顔を出している。
ハルは素直に努力しているのに。
対照的な自分が情けない。
それでも前を向けないのはどうしてだろう。
ハルが一人、どこか遠くへ歩いている気がした。
◇◇◇
家に帰り、部屋で一人考える。
当初は波乱もあったけれど、今は物事が上手く進んでいると思う。
思うけれど、心に何かが引っかかる。
どこか違和感を残しながら、時間だけが進んで行く。
それでも表面上に問題はないのだから、それで良いはずなのだ。
個人的な感傷に引っ張られて大局を見誤ってしまっては本末転倒だ。
――コンコン
ドアをノックする音。
「なに?」
「入っていいか?」
ハルの声だった。
「どうぞ」
扉が開いてハルが部屋に足を踏み入れる。
「そう言えば、澪の部屋に入るの初めてじゃね?」
「そう言えば……そうかしらね」
だからと言ってあまりキョロキョロと見回してほしくないのだけれど。
とは言え、私も以前同じようにハルの部屋を眺めた事があるから声に出しては言えない。
「……面白味に欠ける部屋だな」
「出ていく?」
言うに事欠いて人の部屋にそんな評価を下す事があるだろうか。
「いや、なんか澪らしいけどな。殺風景、何もない感じ」
「それ火に油だけど?」
私の人間性すら揶揄されている気がする。
「あはは、まあまあ気にすんな」
「それ私が言うべきセリフね」
私の部屋は必要最低限の仕様で、ハルのように小物が多い部屋と見比べると物足りなく映るのは頷ける。
ハルもそれが分かっていてか、大して気にした様子もない。
「ちょっとさ、付き合って欲しいんだけど」
ハルの腕の中には演劇の台本があった。
「読み合わせってこと?」
「そそ」
こくこくとハルが頷く。
「ほら本番にセリフ飛んだら困るだろ? 完璧に頭に叩き込んでおきたいんだよ」
「でも練習の時はもう出来ていたじゃない」
当初のカタコトもすっかり直って、セリフも滞るなく言えている。
そこまで練習が必要とは思えなかった。
「いや、まだ一瞬だけ詰まる時があるんだよ。それすらもないようにしたい」
「そうなのね」
それなら、まあ、付き合う分には全然構わないのだけれど。
「でも本当に熱心なのね、ハル」
「おいおい、いい劇にしようって言ったのはそっちだろ?」
「そうだけど……」
正直、ハルの熱量も上達度合も私の想像より遥か上だった。
最初は私がハルをマネジメントしていこうと思っていたけど、そんなものは必要なかった。
ハルが自分から取り組んで、周りからの評価を勝ち取っていったのだ。
「澪のおかげだからな」
「……何のこと?」
「文化祭とか劇とかさ、あたしそーいうのだるい派の人間だったんだけど。案外やってみると面白いもんだなって気づいたよ」
「それはハルが頑張ったからよ」
ハルの努力が対価として返って来ただけのことで。
それはハルだけのものだ。
「いや、あたしは澪がいるからやろうと思ったんだ。あたし一人ならとっくにやめてたよ」
「……でも今は他の人もハルの事を認めてくれるでしょう?」
最初は私しかいないから私が理由になったかもしれないが、今のハルを認めてくれる人はもう既にいる。
だから、それは過去の話のはずだ。
「いや、そーいうのはどうでもいいの。大事なのは澪に認めてもらう事だからな」
「……それでも私なの?」
「当たり前だろ。澪がいい劇にしようって始めたんだから、澪が最後に認めてくんなきゃ全部失敗だろ」
「……それはまた、随分と私の評価に比重が置かれているのね」
そんな事はないはずだ。
文化祭とはそもそも皆で楽しむものなのだから。
もうハルは成功しているとも言っていいはずだ。
ただ、それなのに私の判断が優先されていることを喜んでいる自分がいる。
そんな自己矛盾。
私はずっと矛盾を孕んでいる。
「そうなんだよ、責任重大なんだから手伝えよな」
「……ええ、そうね」
だが、そんな矛盾すらも飲み込んでいくのがハルという存在で。
私にとって彼女はそういった定義の中に収まらない存在なのかもしれない。
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