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本編

24 贈り物

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「ちょ、ちょっと……」

「いいから」

 するする、とハルが私の足を撫でる。
 その手つきから、私の足の感触を確かめようとしているのがダイレクトに伝わってくる。
 初めての感覚と、おかしな状況に眩暈を起こしそうだった。

「こんな事をするために試着したわけではないわ」

「うんうん、似合ってる。やっぱり買った方がいいと思うけど?」

「適当な事を言わないで。貴女、全然見ていないでしょ」

「いや、見た上での判断。あたしをおかしくさせたのは澪のせいだから」

 そんな理屈がまかり通るか。
 ハルが着せておいて、それを見て私の恰好のせいだという主張はおかしい。

「望んでいないわ」

「別に足触ってるだけだろ? あたしの胸に比べたらかわいいもんだと思うけど」

 でも、触る方と触られる方では全く違う。
 ただの足とは言え、自分の一部を委ねているような感覚。
 受容するには、あまりに背徳感が強かった。

「変な事をしないで」

「変なことって? 体を触るのはいけない事か? 澪だってしたのに」

「私は許可していないし、ハルの手つきはなんだかいやらしいわ」

 すると、ハルのニヤついた笑顔は収まるどころか、更に小悪魔のようにほくそ笑む。
 絶対に良からぬ事を考えていた。

「あたしの手がいやらしいと思うのは、澪がいやらしい事を考えてるからじゃね?」

「順番が逆よ。ハルがいやらしいから、それを私が感じ取ってるのよ」

「でも、いやらしいってのは分かってるんだろ? なら澪にもそういう感情があるってことだよな?」

 なんだこの問答は。
 そんなの触ってくるハルのせいに決まっているのに、どうして私にまで責任が及ぶような物言いをするのか。
 いや、もうそんな理屈はどうでもいい。

「とにかくっ、恥ずかしいのよっ。ここから出なさいっ」

 足を晒しているのも恥ずかしいし、それをこんな至近距離で見られるのも恥ずかしいし、触られているのも恥ずかしい。
 とにかく羞恥心を刺激する要素しかない。
 こんな状態で正常な判断を下せるわけがない。
 とにかく離れろっ。

「あたしはいいと思うぜ澪の足っ」

「良くないっ」

「ちょっと、むちっとして気持ちいいし」

「太いって言いたいんでしょっ」

「いや、可愛い」

 足に可愛いってなんだっ。
 聞いた事がない。
 焦れば焦るほど、少しずつ汗ばんできた。
 余計にこの状況が嫌になってくる。

「ハル、そろそろ本当に離れなさいっ」

「えー」

 ちゃんと言わなきゃ伝わらないなら言うしかないっ。

「汗をかいてきそうなのよ、だからもうやめてっ」

「え、いいじゃん、それ」

 あろうことかハルはさらに力強く私の太腿を掴む。
 ぎゅうっ、と布巾をしぼるようなイメージだ。

「あ、ほんとだ。汗かいてる」

「――!?」

 信じられないっ。
 一体何が楽しくて、人の汗に触れたいと思うぼだろう。

「ちょっ、ちょっとハルいい加減に――!!」

「あははっ、それじゃこれくらいであたしは退散するかなっ」

 私が本気になったのを見計らったのか、声を荒げようとした瞬間にハルは身を引いてしまう。
 その引き際の良さに、こちらはタイミングを逸する。
 
「……なんなの、もう」

 結局、私は独り言を呟いて試着を終える他なかった。






「んで、どうすんの買うの?」

 試着室を出ると、ハルは頭の後ろに腕を組んで呑気な事を言ってくる。
  
「買うわけないでしょ」

「えー、もったいねぇ。ガチで似合ってたけど」

 本気で言っているのか、お世辞なのか、別の目的で言っているのか。
 よく分からない。
 とは言え、嫌らがせで言っているわけではないことを分かる。

「あ、そだ。じゃあ貸して」

 ハルが手を差し出してくるので、私は試着したショートパンツを手渡す。

「おっけー」

 すると、そのままレジへと向かう。
 会計を済ませて、ショッパーに包まれた状態で持って帰って来る。

「はい」

 そして、私の元へと帰ってきた。

「はいって……え?」

「プレゼント」

「え?」

「いきなり自分で買うのは抵抗あっても、プレゼントならいいだろ?」

「……えっと」

 語彙が死んでしまう。
 まさかプレゼントされるとは思っていなかった。
 さっきまでの批判的な気持ちも、そんな事をされると一瞬で終息してしまう。

「ありがとう?」

「なんで疑問形?」

 手元にはハルが贈ってくれたプレゼントがある。
 さっきまでは忌々しかった物が、彼女の好意が合わさる事で別の意味を生んでしまう。
 それは私にとって驚きであり、胸の奥がほだされる。

「あたしはそれなりに服とか好きだから、冷やかしではおススメはしないし、プレゼントしたりもしないからな?」

 それはダメ押しというか、彼女の善意をそのまま素直に受け取ってしまう。
 彼女が自己の表現を偽らないという事を知っているからこそ、その行為に嘘がないことも感じ取ってしまうから。

「……ありがとう。嬉しいわ」

 だから、本当に喜んで、そんな事を口にしてしまう。

「あはは、これなら着てみようと思えるだろ?」

「それは分からないわね」

「なんでっ」

 それとこれとは話が別というか。
 その気持ちが嬉しかったりはするのだけれど。

「もったいないだろ、せっかく買ったんだから」

「そうね……」

 確かに、使ってあげなければ物としての価値はない。

「じゃあ、部屋に飾っておこうかしら」

 プレゼントを形として飾っておくことは、それはそれで意味がある。
 必ずしも履くことだけが物の意味ではないだろう。

「……冗談、だよな?」

「本気よ」

「えっと、理由を聞いても?」

 何だかハルの様子がおかしい気がするが、そんなにおかしな事を言っただろうか。

「嬉しかったから、飾っておけばすぐにその気持ちを思い出せるでしょ?」

「そ、そか。なんだろう、絶対ちがうはずなのに、そう言われると悪くないかもと思ってしまう」

「……?」

「なんで、あたしが不思議がられてるんだ?」

 兎にも角にも、私の胸の中には心躍るものが確かにあった。
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