上 下
22 / 50
本編

22 スタイル

しおりを挟む

「……うーん」

 日曜日の朝、私は自室のクローゼットを見て立ち止まり、悩んでいた。
 今日はハルと街で遊ぶ事になった。
 そうなると当然、私服なわけで。
 いつもの制服や部屋着というわけにもいかない。

「何を着たらいいのかしら」

 不思議と悩みはそこに至る。
 何を着るのが適切か、いやそもそも適切な私服を持っているのか。
 知識もなく、ファッションに疎い私はどうしていいか分からなくなっていた。

「まあ、無難でいいのだろうけれど……」

 着る事の多い、グレーのブラウスにデニムのパンツを履いてみる。

「……地味、かしら」

 いつも派手で、肌の露出が多いハルと隣を歩く恰好にしては地味すぎるかもしれない。
 いやしかし、かと言って彼女のような恰好が出来るわけもない。
 そもそも私自身の容姿からして圧倒的に地味なのだから。
 それを言い訳にした所で、そんなものを他人が知る由もないわけで……。

「別の候補を考えてみようかしら」

 大事なのはトライアンドエラーを繰り返すこと。
 試行錯誤の中で答えは得られるはずだ。
 今着ている服を脱いで、次の候補に着替える事にする。

 ――ガチャ

 なぜか扉の方から音が聞こえてきた。

「おい、おせぇぞ。なにしてん……だ」

「……え」

 ブラウスを脱いで上半身が下着姿の私と、ハルが向かい合って硬直していた。
 ていうかノックしろよ。

「……へえ、ふーん、ほおお」

 そして、ハルと全然目が合わない。
 視線を下げて、私の体を舐めまわすように眺めていた。
 やめろ。

「その、なんだ。あたしはそーいう柔らかそうな感じ、好きだぜ?」

 言いやがった。
 こっちが気にしている事を言いやがった。
 この落ちない下っ腹の皮下脂肪を見て言いやがった。
 羞恥心と怒りが混ざり合って、私の感情はカオスと化した。

「いいから早く閉めて、出ていきなさいッ!」

「あはっ、わるいね」

 そしてハルは何の悪びれる様子もなく口だけで謝罪すると、肩をすくめながら扉を閉めた。
 温度が急に上昇した気がするのは、きっと陽ざしのせいだけではないだろう。



        ◇◇◇



 昼も近づき、じりじりと照り付ける太陽の下を二人で歩く。
 しかし、私の熱はそんな太陽光にも負けじと燃え上がっていた。

「なぜノックをしなかったのか、納得のいく説明を要求するわ」

「だからごめんって謝ってんじゃん。まさかまだ着替えてるとは思わなかったんだって」

「仮にそうだったとしても、人の部屋をいきなり開ける理由にはならないわ」

「そっちだって朝勝手にあたしの部屋に入って来たことあるじゃん」

「それはハルが寝坊して起きてこなかったからだし、事前に声掛けもノックもしたわ」

「これで、すっぴんを見られたあたしの気持ちが分かったか?」

「話をすり替えないで」

 家を出てからも、ハルへの追及を止める気はなかった。
 私は贅肉事情を知られた事で頭がいっぱいになってしまい、ブラウスとデニムパンツ姿のまま家を出る事にとした。
 対するはハルは、白のショート丈のトップスなのだが数字やらロゴやらラインの入ったもので……何だかスポーツのユニフォームのようなデザインだった。
 それに淡いピンク色のショートパンツに、サンダルという姿。夏らしく爽やかで、よく似合ってはいた。

「ていうか、どこに向かってんの?」

 ハルは私に付いてくるだけだったので、目的地を知らなかった。
 安易に話をすり替えられた気もするが、本当に知らないであろうから無視も出来ない。

「バス停に向かってるのよ」

「バス?」

「街までは少し距離があるのよ」

「ほー、なるほど」

 歩いてそう遠くない距離にバス停はあり、すぐに到着して足を止める。
 ここからバスで20分ほど揺られれば目的地には到着する。
 しかし、流れに任せてこんな展開を迎えたわけだけど……。

「? どした」

「あ、いえ」

 隣には、目鼻立ちが良い横顔に、健康的な素肌を露出するハルの姿。
 学校では異端児扱いとなっているため隠れがちだが、外に出てしまえばそんなものは消え去り、ハルの容姿の美しさだけが際立つ。

「黙っていればこんなに可愛いのに、どうして学校ではあんなに残念なのかと思って」

「……おい、褒めるのかけなすのかどっちかにしてくれ。反応に困るだろ」

 ハルはげんなりとした表情で私を睨む。
 どちらも本音なので、許してもらいたい。

「でもハルはモテそうよね」

「ん~? まあ、そうかもな。前の学校ではけっこー声かけられたかも」

 その答えに違和感はない。
 彼女の女性的な魅力は、同性から見ても有り余る。

「今は全然だけどな。どーかしてるぜ」

「もっと学校の空気感に合わせればすぐな気もするけど」

 耳にタコだろうが、制服の着こなしとかメイクとか。
 品行方正な子が多いこちらの風土には、どうしても違和感が生まれている。

「嫌だね」

「はいはい……」

 即答だった。
 どうやら彼女はまだ一人の道を歩む気らしい。

 でもどういうわけか、それに安堵している自分に気付く。
 もっと言えば、以前のハルがモテていたという事実は心をザワつかせていた。

 どんな事が今まであったのか。
 誰かと付き合っていたのだろうか。
 付き合っていても別れているのか。
 それとも実はその関係はまだ続いているのか。
 そもそも誰とも付き合ってなどいないのか。

 そんな事に興味が沸くと同時に、薄暗い感情が沈殿していくのが分かる。
 知りたいと思う気持ちと、知りたくないと思う気持ちの共存。
 果たして、これは何なのだろう。

「にしても珍しいな、みおから恋バナなんて」

「え、あ、そう……?」

「おう、始めてたぜ。興味なさそうな顔しといて、そーいうの好きなんじゃん」

 ……確かに。
 私は誰かと色恋に関して話した事なんてない。
 青崎あおざき先輩が他生徒の恋愛情報を嬉々として話すのを、聞く事は多々あったけれど。
 自分から話しかけたのは初めてだ。
 それは、きっと。

「ハルの事だから、かしらね」

 うん、それがシンプルな答えだった。

「え、あ……そ。へー、そーなんだ、ふーん」

 ついさっきまでニヤニヤとした表情を浮かべていたと思ったら、途端に目を反らして金髪の毛先を指に巻き付けていた。
 心なしか顔もどこか赤いような気がする。

「あっ、あー、あたしの事は気になる感じなんだ」

「そうね、不思議と知りたくなるわ。自然と体を見てしまうのもそのせいなんだと思う」

 もうハルに私の視線の事はバレているので、明け透けに話す事にした。
 言葉にすると、胸にすとんと落ちて、自分の気持ちが正しく表現出来たことを感じる。

「あ、あの、ちょっ、ちょっと……いきなりそっちが攻めるのやめてくれない?」

 質問攻め、という意味だろうか。
 確かに一方的に聞き出されるのは気持ちが良いものではないだろう。

「そうね、ならハルの方から来てもいいわよ」

「いや、意味わかってないし……」

 そうか。
 ハルが私に質問したい事なんてなかったか。

「残念ね」

「は、反応に困る……!」

 ハルはバスが来るまでの間、しばらく挙動不審だった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合ゲーの悪女に転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインとのラブコメになっている。

白藍まこと
恋愛
 百合ゲー【Fleur de lis】  舞台は令嬢の集うヴェリテ女学院、そこは正しく男子禁制 乙女の花園。  まだ何者でもない主人公が、葛藤を抱く可憐なヒロイン達に寄り添っていく物語。  少女はかくあるべし、あたしの理想の世界がそこにはあった。  ただの一人を除いて。  ――楪柚稀(ゆずりは ゆずき)  彼女は、主人公とヒロインの間を切り裂くために登場する“悪女”だった。  あまりに登場回数が頻回で、セリフは辛辣そのもの。  最終的にはどのルートでも学院を追放されてしまうのだが、どうしても彼女だけは好きになれなかった。  そんなあたしが目を覚ますと、楪柚稀に転生していたのである。  うん、学院追放だけはマジで無理。  これは破滅エンドを回避しつつ、百合を見守るあたしの奮闘の物語……のはず。  ※他サイトでも掲載中です。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

ダメな君のそばには私

蓮水千夜
恋愛
ダメ男より私と付き合えばいいじゃない! 友人はダメ男ばかり引き寄せるダメ男ホイホイだった!? 職場の同僚で友人の陽奈と一緒にカフェに来ていた雪乃は、恋愛経験ゼロなのに何故か恋愛相談を持ちかけられて──!?

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...