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本編
14 姉妹として、あるいは何か
しおりを挟む「ふーん、姉妹だからあたしに命令するってこと?」
白花ハルはこちらを見据えたまま、逃げようとはしない。
これが青崎先輩だったり、結崎であったなら、すぐに教室から出ていこうとしたことだろう。
そういう意味では、私と彼女の関係性は異なるんだと思う。
「命令ってわけではないけれど、あるべき姿に正したいと思っているわ」
「でもさ、あたし思うんだけど」
「何よ」
白花ハルは視線を下げ、自身の胸を見る。
その先には私の手があるわけだが。
「ふつうの姉妹って胸揉むか?」
「……」
「都合の良い言葉に聞こえるぜ」
「……」
確かに、それは否めなかった。
胸を揉む義姉が、普通の関係性なわけがない。
私も何かが、おかしくなっているような気がする。
「なあ、あんたはどうしたいんだよ」
「どうって……?」
「あたしの体を触って、どうしたいって聞いてんの」
「別に、どうもしないわよ……」
「こんな誰もいない教室に連れてきて体触ってさ。どうもしないなんてありえるか?」
客観的に状況を整理されると、確かにおかしい。
そんなことをしている人間は、相手に何かを求めているとしか思えない。
じゃあ、私は白花ハルに何を期待している?
制服を正すことだけ?
本当にそれ以外の感情はないと、断言できるのか?
「貴女はそれを聞いてどうするの?」
「どうって?」
「私が何かを期待しているとして、それを聞いてどうするのよ」
「それはあんたの答え次第だけど、考えてやってもいいよ」
……やはりというか、何というか。
私に対する白花ハルの態度は他の人たちとは異なる気がする。
彼女が自己表現の緩和を認めることなんてなかった。
それを私の意見に合わせる可能性があるだなんて。
「……貴女に何を期待しているのかは、自分でも分からないわ」
でも、それが答えだ。
私は白花ハルに対して、他の何かと違うような感情を持ち始めているとは思う。
しかし、それが何かであるかはまだ分からない。
姉妹という関係性ですら、ようやく飲み込めたかどうかの段階なのに。
そんな不確定であやふやな状況で、彼女に対する思いを明確に言葉にすることは私に難しかった。
「ふーん。ああ、そう」
つまらなさそうに白花ハルは息を吐く。
彼女が後ろに体を引くと、同時に私の手も離れていく。
手の中には彼女の温度だけが残る。
「宿題だな」
「宿題?」
「ああ、その答えが出るまであたしは今の態度を変える気はないからな」
「なによ、その勝手な理屈」
「あたしはいつだって、あたしのやりたいようにしてるだけだ」
それでも白花ハルはそっぽを向きつつも、少しだけ考えるような間を空ける。
「……まあでも、あいつらうるせーからバレないようにコソコソ動く事にはするよ。あんたに迷惑も掛けたくないしな」
それは、正直なんの配慮にもなっていないし。
根本的な解決策にはなっていない。
それなのに、彼女が私のためを考えて行動してくれるのかと思うと否定も出来なかった。
生徒会の私としては、そんなものを認めるわけにはいかないはずなのに。
「じゃあ、今ここで多少は直してもらえるからしら?」
「うえー……」
「廊下を歩いていたら、また生徒会メンバーに合うかもしれないでしょ」
「そりゃそうだけど……」
白花ハルは悪態をつく。
私は服装にこだわる人間ではない。
ないからこそ、服装にこだわる白花ハルには関心があるのかもしれない。
とは言え、それが彼女の服装を肯定する理由にもならない。
「私が生徒会じゃなければ貴女に口を出すことはなかったでしょうね。ルールはルールなのよ」
「うぜぇ」
「他の人はもっと上手くやってるでしょ。放課後だけ短くするとか」
「そういう中途半端なのって、あたしイヤなんだよね」
まあ……貴女はそうだろうが。
学校は集団生活なのだ。
「はいはい、もういいわ。閉めなさい」
いつまで聞いても文句しか言わなさそうなのでブラウスとブレザーのボタンを閉めることに。
自分ではやりそうにないので、私が手を伸ばすと白花ハルは笑みを浮かべる。
「また体にさわんの?」
「今はそういう目的じゃないわ」
「じゃあ、さっきのはそういう目的だったんだ?」
「……」
口を開けばおかしなことになる。
私は黙って白花ハルのボタンを閉じる。
スカートも何折か戻させる。膝上ではあるが、まあ、これくらいならいいだろう。
「まあ、廊下にいる内はこれにしときなさい」
「そういうのがダサいんだけどなぁ……」
「はいはい、我慢なさい」
兎にも角にも、ようやく本題を終える。
堂々巡りを繰り返し、応急処置ばかりで根本的な解決にはなっていない。
どちらかと言うと、生徒会の目を欺く手伝いをしているような気さえする。
私は自分の立ち位置がよく分からなくなっていた。
「えっと、それじゃ戻る?」
「? ええ、そうね」
そうだ。
まだ昼休みで、お互いに昼食を食べていない。
ともすれば、教室に戻ることになるわけだが。
「……つまり一緒にってことよね」
「あー、まあ、そうなるな」
クラスメイトなのだから一緒に教室に戻ることは自然なはずだ。
しかし、さっきの強制連行とは違い、今の私たちには一緒に歩く理由がない。
ないが、別に離れる理由もない。
「変な感じするわね」
「そうだな」
だというのに、この違和感は何だろう。
お互いに変な空気を感じているのだけれど、それを言語化するのは難しい。
このそわそわとした気持ちがどこから由来するのか、謎だ。
「噂になるかもな」
「どんな?」
「“水野澪が女を乗り換えた”ってさ」
それは、また白花ハルお得意の挑発だろう。
しかし、どうしてか。
今回はそれに苛立つ事はなかった。
「変な噂が、別の変な人にすり替わった所で気にならないわ」
「おい、誰が変な人だよ」
そんな他愛ない話をして廊下を歩いた。
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