5 / 50
本編
05 価値観
しおりを挟む家に帰ると玄関先には、スニーカーが左右バラバラの位置で脱ぎ捨てられていた。
「……靴もまともに整頓できないのか」
癪に触って仕方ないが、私が並べて端に寄せる。
こんな事でわざわざ呼びつけるのは狭量だし、かと言ってこの惨状を無視するのも美的センスがないようで気持ち悪い。
どう足掻いても気分が良くない方向に転がるしかないことに、この犯人に対する憤慨を募らせていく。
居間へと足を運ぶと、昨日と同じようにソファで寝そべって素足を組んでいる義妹あるいは同居人がいた。
「貴女、学校はどうしたのよ」
開口一番にその話題に触れると、白花ハルは視線だけを私に向けてくる。
その瞳にこれといった感情は映り込んでいない。
「……行ったけど?」
特に悪びれる様子もなく、そんなことを言ってのける。
そんな話をしているわけではない事は分かっているだろうに。
白々しい。
「途中で帰ったでしょ、無断で」
「調子悪かったからね」
その割に、昨日と全く同じ態度というのはどういうことだろう。
調子が悪ければ自室のベッドで寝ているべきだ。
……だけど、全否定するというのもおかしな話になる。
こうして家に帰って来てはいるのだから、遊んでいたというわけではなく彼女が本当に体調を崩していた可能性はある。
「それでも先生に報告するなりしなさい」
「調子悪い時に話しかけるのってダルいじゃん」
「周りが困るのよ」
「いやいや、“周りから浮いてる”んだから、いなくても問題ないでしょ」
……む。
それは私の昨日の発言を引用している。
意趣返しのつもりだろうか。
それはそうと、私は話の落とし所を考える。
「ならせめて、私には伝えなさい」
「……は?」
無気力だった瞳に疑問の色が浮かんだ……ように見えた。
「先生に話しかけるよりはまだいいでしょ。私に言ってくれたら、こちらで伝えとくことも出来るのだし」
帰る家は一緒なのだから、体調不良であるのならどのみち私は知ることになる。
遅かれ早かれの問題なのだから、彼女もそれくらいは言うべきだ。
「なんで、あんたがそこまですんの?」
「なんでって……」
しかし、また変な所に疑問を抱く。
白花ハルはおよそ常識と思われる行動をとろうとしない。
その在り方を正すのも必要だろうが、私が許容していく部分も必要だろう。
一方的に押し付けるのではなく、互いに歩み寄れる場所を探るのだ。
「同居人の都合を把握しとかないと、夕ご飯どうしていいか分からないでしょ」
「……へえ」
関心したような声を上げる。
さっきから思うのだが、どうして白花ハルの方が上からのスタンスなのだろう。
私の方が配慮ばっかりしていて、納得がいかない。
そっちからも歩み寄れよ。
「また“生徒会として”みたいな、つまんない正義感持ち出したら無視してやろうと思ったけど。それならいいかな」
「……」
私としてはツッコみ所が多すぎる返答なのだが。
落ち着け私。
素行不良の生徒と対峙するのに、自分と同じ目線を要求するのは間違っている。
「調子悪い時に揚げ物とか出されてもヤだしね。次からは言う事にするよ」
「……そうして」
求めていた成果を手に入れたのだから良しとするべきなのだろう。
しかし、終始その態度が気に入らない。
さすがに私が下手になりすぎではないだろうか。
白花ハルはソファで寝そべっているこの構図すらも憤りを感じる。
「でも調子が悪いのなら事前に言って欲しかったわ。お弁当をわざわざ用意する必要もなかったでしょ」
これは言っても仕方ないのは分かっているけど。
せっかく白花ハルに配慮してのお弁当だったのに、それが報われなかったことに対する怒りだ。
せめてこれくらいは吐き出しても問題ないだろう。
「あー。食べたよ?」
「……え」
「ほら、そこ」
ダイニングテーブルには空になったお弁当箱が置かれていた。
お弁当を食べる元気はあったようだ。
いよいよ体調不良も疑わしい。
「美味しかった。あんた料理上手だよね、けっこー好み」
「……」
毒気を抜かれる、というのはこういう事を言うのだろうか。
さっきまで刺々しい態度ばかり見せていたのに、家で一人お弁当を食べてる姿を想像したり。
それを美味しいと思ってくれていたのかと考えると、ぶっきらぼうなだけで案外悪い人物ではないのかもしれないと錯覚に陥りそうになる。
「でも、ソースはもうちょっと味濃い方が好みかな」
「……」
前言撤回。
やっぱりムカつく。
「それだけ味わう元気があるのなら、貴女本当は体調悪くないでしょ」
再燃した怒りに任せて、避けていた本題を追求する。
有耶無耶にしようとも思ったが、ここまで私に配慮させたのだから、そちらも私に腹の内を晒すべきだ。
「まー、体は元気かな」
「……じゃあどこに元気がないのよ」
「心の?」
これまたざっくりとしていて、微妙に触れづらい部分を持ち出す。
気持ちが病んでいると言われれば、それを非難するのは難しい。
「具体的に、どういう精神状態なのよ」
「だるいなー、みたいな?」
「……」
「心の倦怠感ってやつ?」
良いように言い過ぎだ。
「要は授業が面倒だっただけ?」
「それはあるね」
あっけらかんと言ってのける。
彼女と会話する時は、体調不良という言葉の定義から疑わないといけないことが分かった。
「出なさい」
「え?」
「体が元気なら授業にはちゃんと出なさい」
「はあ?」
眉をひそめて難色を示す白花ハル。
文句を言いたいのはこちらの方だ。
「文句があるのなら好きなようにしてもらって結構よ。こちらとしては貴女が報告を怠ったり、仮病でも使おうものなら私は容赦なく料理を野菜中心にさせてもらうから」
「……はああ?」
皺の深さが増す。
彼女にとってもかなり嫌な提案だったようだ。
「あんた、やっぱり性格悪いね」
「貴女だけには言われたくないわ」
やはりというか何というか。
私と白花ハルではこういう対立構造を避けられないのかもしれない。
「はー、あんたの料理のためならしょうがない。オッケー、やるよ」
それでも白花ハルにとって私の料理はそれなりの価値があるらしい。
それはそれで、むずがゆい。
2
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。



ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる