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最終章 決断

78 千夜さんに揺さぶられます

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「お、おかえりなさいませぇ……お嬢様ぁ……」

 午後の部になり、再びメイド喫茶の苦しみを味わっております……。

 お二人様を席まで案内しようとした所で――

「え……? この子の接客だけなんか変じゃない……?」

「確かに、他の子たちとちがって愛想悪いかも……」

 ――ズキンッ

 お嬢様方にヒソヒソ話をされて、冷や汗が流れそうです。

「あ、アレじゃない……? 塩対応的な?」

「あー、なるほど。だよね、これだけハイレベルなメイドさんの中にいるんだからワザとそういう接客にして差別化してるのか」

「そう思うと、まるで本当にオドオドしているように見える名演技……」

「これはこれでアリだね」

 いえ……わたしは頑張って愛想良くしようとしているんです。

 お砂糖を届けようとしているのですが……塩扱いされてしまいました。

 キラキラしている四人の中、目立たないようにすればするほど、逆に悪目立ちするというジレンマに、ひたすら耐え忍ぶのでした。


        ◇◇◇


「お疲れ様」

「あ、千夜ちやさん……」

 ようやく解放された所で、千夜さんが声を掛けてくれました。

「慣れない事をしたから大変だったでしょう」

「ええ、まあ……」

 恐らく一生慣れることはないであろう接客業。

 今後、わたしは何を仕事にすればいいのか真剣に考えないといけませんね。

「この後、付き合ってもらっていいかしら?」

「あ、はい。もちろんです」

 午後からは千夜さんと行動を一緒にする予定でした。

 先を行く千夜さんの後をついて歩きます。

「とは言っても、また学校内の見回りを一緒にしてもらうのだけれど」

「はい、お供します」

 生徒会長さんは本当に多忙ですね。

 自由時間も、そんなにないみたいです。

「面白みはないと思うから、せっかくの文化祭なのに申し訳ないわ」

「いえいえ、千夜さんと一緒に行動できるだけでも嬉しいです」

 あの頃のぼっち文化祭に比べたら、喜ばしい限りです。

「……」

「千夜さん?」

 急に無言になられると、何かいけない事を言ってしまったのかと不安になります。

「貴女は、発言に少し注意すべきね」

 そんな地雷を踏むような発言してしまったのでしょうか……?

 まずいと思い慌てて頭を下げます。

「すいません」

「いえ、謝る事ではないのだけれど……」

 なんだか微妙に固い空気のまま、わたしは千夜さんの後をついて行きました。






 そうして、各クラスの出し物や文化祭の運営を見回り確認していく千夜さん。

 わたしはその姿を、遠巻きで見守っていました。

 いつも冷静沈着な千夜さんですが、生徒会活動の時はさらにその動きに磨きが掛かっています。

 生徒さんの相談に乗りつつアドバイスをしたり、生徒会に指示も出していきます。

 学校内を全部見回るまでに、何度も足を止めて色んな方と話されていました。






「はあ……さすがに疲れたわね」

 学校内を一周した所で一段落とのことでした。 
 
 中庭のベンチに座って小休止となりました。

「お疲れ様です……あの、これよかったらどうぞ」

 わたしは自販機で買ってきたカフェオレを手渡します。

「いいの?」

「あ、はい。お疲れの様子でしたので」

 ですから、糖分を補給した方がいいと思ったのです。

 千夜さんは受け取った缶の蓋を開け、そのまま数口飲んで唇を放します。

「……貴女には気を遣わせてしまうだけの時間になってしまったかしら」

「そんなことないですよっ」

「ただの生徒会活動を見させられても、つまらなかったでしょう?」

「いえいえっ、生徒会のカッコいい千夜さんが見れたので満足です」

 逆に生徒会活動をしている千夜さんをこんなにマジマジと見る機会なんてありませんでしたからね。

 難しいことを簡単そうにやってのける千夜さんには尊敬しかありません。

「その言い方だと、“家にいる時はカッコ悪い”と思われているようにも聞こえるわね?」

 おおう……。

 今日の千夜さんは何だかネガティブ傾向ですか?

「そんなことはないですけど……。でもそう考えると、家にいる時の千夜さんがわたしの中での千夜さんになってるのかもしれませんね」

 生徒会活動をしている千夜さんに新鮮さを覚えるのだから、わたしの中の千夜さんは学校の人ではなくなっているということでしょう。

 そのことに我ながら驚きます。

「一緒に住んでいるのだから当然でしょう。貴女だって学校でのイメージはもうほとんどないわよ」

 それはとっても気になる発言です。

「あの、千夜さんの中でのわたしのイメージってどんな感じなんですか?」

 気になります。

 学校は陰キャだとして、家はどういうイメージなのでしょう。

「……言葉にするのは難しいわね」

 千夜さんは口をへの字にしながら難しい表情を浮かべます。

「そんな……」

「そういう貴女だってちゃんと明言していないでしょう」

 そう言われるとそうでした。

 何と表現すればいいのかと考え込んで……。

「知的で頼れる優しいお姉ちゃん、ですねっ」

 うんうん、こんな感じですよね。

 華凛さんの気持ちが分かる気がします。

「……なるほどね」

 こくこく、と千夜さんは何度か頷きました。

「わたしは言葉にしたので、次は千夜さんの番ですよっ」

「そうね、貴女がそう言うのなら……」

 一瞬、視界が揺れて。

「え」

 ふわり、と全身を包み込むような感触。

 目の前に漆黒に艶めく髪が流れ、鼻孔に届くのは甘い香り。

 わたしの体は千夜さんの華奢な腕の中に抱かれていたのです。

「……こう言う事よ」

 しばらくそうして離れると、千夜さんはぽつりと零すのですが。

「ど、どういうことですかっ」

 その意味は全く分かりませんでした。

「だから不用意な発言には気を付けなさいと言ったでしょう」

 “知的で頼れる優しいお姉ちゃん”

 と答えたことでしょうか?

 でも、それは千夜さんに聞かれたからなのに……。

「抱きしめたくなるほど感情を揺さぶってくる人、私にとって貴女はそういう存在」

「え、ええ……」

 だから、上手く言葉にできないと言って、実行に移したのでしょうか……。

 とっても分かりやすいですが……は、反応に困るのです……。

「私は、華凛や日和のようにストレートに言葉にして伝えるのは苦手なの。分かってちょうだい」

 そうして顔を背けながら頬を染める千夜さんの横顔に、わたしも感情を揺さぶられているのでした。
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