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最終章 決断

77 日和さんに甘やかされています

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 ううむ……。

 華凛かりんさんには結局、慰められたまま時間を過ごしてしまうのでした。

 せっかく時間を作って頂いたのに申し訳ないと思っていたのですが、

『いいのいいの、こういう明莉あかりと接するのも好きだから』

 と、笑顔で返してくれるのでした。

 優しすぎます……。

 いつまでもこんな一方的な優しさに頼っていていいのかと、不安になってきます。

 わたしはどうするべきなのか……答えは見えてきません。

 そうして華凛さんと別れ、わたしは廊下を歩いていると……。

「あら、あかちゃん。見つけましたよぉ?」

 日和ひよりさんが柔和な笑顔で迎えてくれました。

 ふわふわな雰囲気で、わたしの隣に立ちます。

「うふふ、次はわたしの時間ですねぇ?」

「え、あ、はい。よろしくお願いします」

「ささっ、それでは行きましょうか」

「あの、どちらへ……?」

 日和さんは窓から覗ける校門前の通りを指差します。

 そこには屋根だけのテントが立ち、人が行き交っています。

「屋台に行きましょう」

 なかなかの人混みですが、わたしは覚悟を決めて日和さんと一緒に歩き出すのでした。






 空は快晴で、お日様が燦々さんさんと照り付けています。

 外に出るのには絶好の日なのかもしれませんが……。

「さあ、あかちゃんは何か食べたい物はありますか?」

「あ、私ですか……?」

 屋根だけのテントを張り、その下で各クラスが屋台として多種多様な出し物をしています。

 生徒も多ければ、文化祭に参加してる人も多いわけでして。

 その状況に困惑しているわけですが……。

「お昼前なので、まだお腹はそこまで空いてないのですが……」

「あら、そうですか。それでしたらお食事というよりはお菓子のような物がいいですかね?」

 顎に手を当てて、首を傾げて考え込む日和さん。

 その仕草だけでもとても可愛らしいです。

「では、あちらにしましょうか」

 わたしは日和さんに連れられるがまま、その後をついて行きます。

「クレープ屋さん……?」

「はい、ちょうどよくありませんか?」

 確かにお肉とか料理を食べるよりはずっといいとは思います。

あかちゃんは、どれがお好みですか?」

 メニューにはクレープの種類が書き出されています。

 生クリームに、チョコチップ、バナナや苺などのフルーツが追加されたものなど。

 定番のものが揃っています。

「えと、じゃあ……わたしは苺のやつが好みですね」

「あら、苺が好きなんですか?」

「え、まあ……そうですが」

「可愛いですね?」

 な、なにがでしょう……。

 よく分かりませんでしたが、気付けば日和さんは注文していました。

 それを頂いて、離れた飲食スペースに移動します。

 気を遣ってくれたのでしょうか、人気ひとけはほとんどありません。

 白い椅子とテーブルが置いてあったので、そこに座ります。

「あの、日和さんの分は要らないんですか?」

「ん~? ああ、うふふ、大丈夫ですよ」

 日和さんは要らないのなら、わたし一人で食べることに……?

「はい、どうぞあかちゃん」

「……あ、はい」

 すっ、とクレープを口元に運んできてくれました。

 やはりわたし一人で食べるんだと理解し、クレープを受け取ろうと手で掴もうとしたのですが……。

「めっ」

 ぺしっ、と日和さんはクレープを持つ反対の手でわたしの手をはたかれました。

 全然痛くはなかったのですが……どういうことでしょう。

「あの、日和さん……?」

「このまま食べて下さいね?」

「……え」

「このまま、あーんして下さいね?」

 日和さんのお得意のやつでした……!

 ですが、そのあーんは今まで阻止してきた最後の壁でして……!

「いえ、それはちょっと……」

「ダメですか?」

「えっと、はい、それはさすがに……」

「そうですか……」

 しょぼんと肩を落とす日和さん。

 罪悪感は残りますが、これを受け入れられる度胸をわたしは持っていなくてですね……。

「はあ……そんなつれないあかちゃんなので、これでも見て癒されますかね……」

 おもむろにスマホを取り出して何かを見始めています。

「あの、日和さん?」

「……見たい、ですか?」

「え、あの……」

「傷ついた心を何で癒しているのか、興味ありますか?」

 その心を傷付けてしまったのはわたしであるという事実が気になって仕方ありませんが、日和さんが癒されるものには大変興味がありました。

「はい、知りたいです」

「そうですか、では特別ですよ」

 スマホをわたしの方に向けてくれます。

 そこに映し出されていたのは、浮かない表情でメイド服に身を包み、ハートなんだか握りこぶしを作っているのかよく分からない姿勢をとっている人物……ってえぇ!?

「わたしじゃないですかぁっ!?」

「はい、よく撮れてますよね♪」

「盗撮じゃないですかっ!」

「はあ、可愛らしい……」

 スマホの画面を改めて見つめ直し、うっとりしている日和さん。

 大事な所を無視されたような気もしますが、今はそれどころではありません。

「けけっ、消してくださいっ!」

「あらあら、あかちゃんはわたしから癒しまで奪うんですか?」

「そんなので癒されませんっ」

「ひどいです……あかちゃん。わたしを傷つけておいて、癒しまで奪おうだなんて……しくしく」

 いつもの涙が流れない泣き姿を見せる日和さん。

「わたしに傷付けられているのに、わたしで癒されてるって変ですよっ」

あかちゃんからしか摂取できない栄養があるんです」

 真顔で変なこと言ってます!

 しかし、その奇行は未だ止まらず……。

「はあはあ……この癒しをわたしだけ保有しているのは罪深いのかもしれません」

 スマホを見つめて息切れを起こし出す日和さん……どんどんおかしな事を口走っていきます。

「拡散して、世界中の皆さんにお届けしないと独占禁止法に引っかかってしまうかもしれません」

 滅茶苦茶なことを言い続ける日和さんです……がっ。

 拡散って何ですか、SNSにその画像を上げるってことですか!?

「だ、ダメですよっ日和さんっ。そんなことしちゃっ!」

「善行を積むことで、わたしの心は究極に癒されるんですよ?」

 もうどこからツッコめばいいかのか、全然わかりかせんっ。

 ですが……。

「傷つかないといいんですよねっ、そうしたら許してくれるんですよねっ!?」

「あら……と、言いますと?」

 日和さんが暴走を始めた元々の原因はと言えば……。

「食べたいですっ、日和さんのあーんでクレープ食べたいですっ」

「あらあら……とうとうあかちゃん、理解してくれたんですね?」

 もうほとんど脅されたような気がしてならないのですが……。

 今のわたしにはこうするしか方法が見つかりませんでした。

「それでは、はいどうぞ」

 差し出されるクレープ。

 わたしはそのまま頬張って……。

 柔らかい生地の食感、ホイップクリームのなめらかな口溶けと甘さ、そこに苺の酸味が口の中をさっぱりさせてくれます。

「どうですか?」

「……美味しいです」

 恥ずかしすぎますけど、クレープはとっても美味しいです。

 とにかく、これでひとまず事なきを得て――

「あらあかちゃん? ほっぺたにクリームがついていますよ?」

「ちょ、ちょちょっ、日和さん!?」

 そう言いながら身を乗り出して急接近してきます。

 気付けば、頬を伝うしなやかな感触とわずかな湿り気が残っていました。

 日和さんは椅子に座り直すと、ぺろりと舌を出します。

「甘いですね♡」

「……ひえええっ」

 こ、この方は一体何を……。

「はあ……、これでわたしは胸いっぱいです。もうクレープは十分堪能しました」

 なんだかご満悦な日和さん……。

 最初からこれ目的だったから、クレープは一つだけしか買わなかったのでしょうか……。

 いやいや、まさかですよね……。

 その後はクレープを手渡され、わたしはもしゃもしゃと食べるのでした。

 終始、日和さんに見つめ続けられているのが気になって仕方ありませんでしたが……。


        ◇◇◇


「……食べ終わりました」

「はい、ちょうどいい時間ですねぇ。そろそろ戻りましょうか」

 わたしたちは立ち上がり、隣り合って教室に向かって歩き出します。

「うふふ、いつまでこうしていられるか分かりませんからね」

「あ、えと……はい?」

 急に話を振られ、その内容が掴めなくて聞き返します。

「もしあかちゃんが誰かを選ばれたなら、もうこんなことも出来ませんからね。いつ最後になるかも分かりませんし、今のうちにと」

「あ……あの……」

 笑顔でいながら、そこにはどこか悲哀が漂う空気が感じられて。

 その言葉に、答えをきゅうするのでした。

「ごめんなさい、あかちゃんを困らせたいわけじゃないんです。ただ……わたしにも強引になる理由があるんですよってことを、お伝えしたくて」

「あ、はい……」

 そうですよね。

 日和さんにとっては、自分以外のライバルが他にもいる状況なのです。

 それもわたしがはっきりしないせいで……。

 そんな難しい気持ちのまま、こんなに笑顔でわたしに接してくれいるのですから。

 わたしはもっと感謝すべきなのです。

「うふふ、いいんですよ。あかちゃんは望むがままに自分の心に従ってください、わたしはそれを尊重します。例えそれが、わたしでなくても。いつまでもあかちゃんとは仲良しでありたいですから」

「あの……はい、ちゃんと答えは、出しますので」

 それが今のわたしの精一杯で。

 どうにか答えられる最大限の誠意なのでした。

 それでも足りないことは分かっていますけど。

「でも当然、わたしを選んでくれるのなら大歓迎ですから。遠慮なんてしないで、いつでもお待ちしていますよあかちゃん?」

 そう微笑みながら隣を歩く日和さんの迷いのなさに、わたしは胸が焦げ付くような感覚を覚えるのでした。

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