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最終章 決断

70 どこでもアウェイ

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 翌日の朝。

 わたしは誰よりも早く家を出ていました。

「こ、怖いです。皆さんの目が全然笑ってませんでした……」

 リビングの空気は爽やかな朝とは程遠く、牽制し合いながらも熱い闘志がほとばしっていました。

 何というか、三姉妹の皆さんが我先にと動き出そうとしているように感じました。

 それはきっとわたしのせいなのでしょうけど。

 ですが、それゆえにその空気に耐えられず脱出してしまいました。

「まさか、自分から進んで学校に早く行こうとする日が来るだなんて……」

 学校とはわたしにとって完全アウェイであり、落ち着かない場所だったのですが。

 学校に安住を見出す日がやってこようとは……人生って分からないものですね。


        ◇◇◇


「つーか、ズルくね?」

「え……」
 
 自分の席に座るや否や、わたしの前に立ち憎々しそうに声を荒げたのは冴月さつきさんでした。

 そんな朝一番に怒られるようなことしました……?

「あの三姉妹のことよっ。あんた達は一緒に住んでるんでしょっ、これってわたしだけかなり不利じゃない」

 忌々しく吐き捨てる冴月さん。

 いや、あの……状況はそう簡単ではありません。

「一緒に暮らすのも色々大変ですよ……?」

 たたでさえ推しの三人と一つ屋根の下で暮らすだけでもドキドキなのに、昨日から異様なアプローチも始まっています。

 このままでは、わたしの心臓が破けてしまうんじゃないかとヒヤヒヤものです。

「そうやって月森の三バカのことばっかり考えてるんでしょ、あんたはぁ……!」

 しかし、わたしの返事がお気に召さなかったのか、冴月さんが牙をむきます。

 というか月森さんを三バカ言うのはやめて下さい……。

「いえいえ、そんなことはないですよっ」

 どう答えるのが正解なのでしょう。

 わたしは穏便に事を済ませたいだけなのにっ。

 安住の地はどこにもないのでしょうかっ。

「……なら、わたしにも時間作りなさいよ」

 ぷいっとそっぽを向いて、急に小声になる冴月さん。

 態度の緩急が大きすぎて、振り回されそうです。

「と、言いますと?」

「放課後、あんたどうせヒマでしょ?」

「ええ、まあ」

「じゃあ、わたしと遊びなさいよ」

「……え」

 放課後に、一緒に、遊ぶ?

「まだ返事に困ってるのは分かってるから。せめてわたしのことを理解する時間をあんたも作りなさいよ、あいつらばっかりズルいのよっ」

 矢継ぎ早に言葉をまくし立てていく冴月さん。

「……二人で、ですか?」

「そうよ、他の奴らなんていたら気を遣うでしょ」

 二人で、陽キャと。

 ……これって。

 高校デビューじゃないですか?

「……うへへ」

「いきなり何笑ってんのよ」

「あ、すいません。想像するとつい」

 いよいよわたしが陰キャから卒業する日が来てしまったようですね。

「え、それって、そんな笑うくらい楽しみってこと……?」

 きょとんとする冴月さん。

「ええ、そうですね」

 月森さんたちとは、何だかんだ姉妹関係で繋がった部分が大きかったので。

 本当に他人との距離感から、放課後の時間を過ごすまでに発展したのは冴月さんが初めてです。

 そのことを想像すると、思わず笑みがこぼれてしまいました。

「じゃ、じゃあ……放課後、教室で待ってなさいよ」

「わかりました」

 なんと……人生って本当にどうなるものか分かりませんねぇ。


        ◇◇◇


 放課後。

 華凛かりんさんは、昨日部活を抜け出した罰を償いに行かなければいけないとのこと。

 日和ひよりさんは、家で切らしている調味料を買いに行かなければならないとのこと。

 千夜ちやさんは、文化祭を控えているため生徒会活動が忙しくなったとのこと。

 よって皆さんすぐに教室を去っていくのでした。

 そして、生徒の皆さんもそれぞれの活動に追われていくわけですが……。

「ふふっ……」

 今日のわたしは一味違います。

 今までなら帰宅部ぼっち陰キャとして、誰よりも早く目立たず学校を後にしてきましたが。

 そんな暗い放課後とはおさらばなのです。

「ごめん、待った?」

 教室に冴月さんの姿が現れました。

「いえ、お友達の方はいいんですか?」

 いつもは陽キャ集団と行動を共にしているので、学校でソロで行動する冴月さんは珍しいのです。

「うん、今日は用事あるからって先に帰らせといた」

「冴月さんは一緒に行かなくていいんですか?」

 わたしとは後日でも大丈夫ですが。

「どーせカフェかカラオケでしょ。今日くらい別にいいって」

 どうでも良さそうというか、飽きたように“いいの、いいの”と手を振る冴月さん。

「……わたしは年に一回もそんなことありませんけどね」

 それを軽くあしらえる当たり、わたしと冴月さんとでは歩んできた人生に差があるようです。

 胃が痛くなってきましたね……。

「行きたいなら、その……一緒に行く?」

「え、むりですよ?」

 急にしおらしくなって提案してきた冴月さんですが、そんなこと言わないで頂きたい。

「あんたどういう情緒してんのよっ!」

 やはりすぐに牙を向けられます。

「カフェとかリア充オーラが充満しすぎてキツイですし、カラオケとか人前で何歌っていいか分かりません」

「……人が少ない所行けばいいし、好きな歌でいいでしょ別に」

「それはそれで今度は店員さんの目が気になりますし、音痴なの聞かれるのも恥ずかしいです」

「めんどくせぇっ!!」

 ぐしゃぐしゃっと髪をかき乱す冴月さん。

 そうです、陰キャとは社会不適合者なのです。

「さっきまで陰キャ卒業を目論んでいた自分が恥ずかしいです……」

 ただ、陰と陽がより鮮明になるだけでした。

 太陽が照りつけば照り付けるほど、影は深く濃くなってしまうのです。

「ああ、分かった分かった! そんな花野はなのでも大丈夫な場所に連れて行けばいいんでしょ!」

「そんな場所あるんですか……?」

「あるから、ほら、行くわよ!」

「え、わっ」

 冴月さんはわたしの手首を掴んで、先に進んで行きます。

 案内してくれるのでしょう。

「……冴月さんの手、普段からこんなに熱いんですか?」

 基礎体温が高いのでしょうか?

 それとも風邪による熱症状?

「ちょっとは空気読みなさいよっ!!」

 冴月さんに怒られながら、わたしたちは学校を後にします。


        ◇◇◇


 遊びに行くというので、てっきり中心街の方に向かって行くと思っていたのですが。

 冴月さんが進んで行く先は住宅街。

 住宅が立ち並ぶ区域で、お店などは少ないです。

 繁華街だと陽キャ成分が強いので助かると言えば助かりますけど……。

 それはそれで遊ぶ場所もないような……?

 公園とか、ですかね。

 いいですね、公園。

 平和でわたしにはぴったりかもしれません。

「ここよ」

 冴月さんの足が止まり、わたしも同様に停止します。

 その視線の先を見やって、わたしは首を傾げます。

「……冴月さん、これは?」

 そこにあるのはコンクリートと窓ガラスによって作られる高層ビル。

 当然、遊具など一つもありません。

「いや、マンションじゃん」

「マンションで……遊ぶ?」

「わたしの家に決まってんじゃん」

「家!?」

「なによ……これならあんたでも気兼ねなく過ごせるでしょ」

「え、ええ……そう、ですかぁ?」

 初めて遊ぶ子といきなり家へ。

 こ、これはスタンダードなのでしょうか?

 ……だめです。

 人と触れ合った機会がなさすぎて分かりません。

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