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第7章 明莉
66 昔の話(現実逃避じゃないですよ)
しおりを挟むわたし、花野明莉には特徴がありません。
特別スタイルも良くなければ、可愛いわけではありませんし、頭も良くないし、スポーツは大嫌いです。
そして何より、感情の起伏が乏しい人間でした。
「明莉、明日からお父さんとは離ればなれになるけど大丈夫?」
ある日、お母さんが悲しそうな顔でわたしに告げてきました。
今、思えばお母さんにとってツラい会話だったでしょう。
どういう経緯で離婚に至ったか未だに聞いてはいません。
ですが、人生のパートナーとの別れは悲しい出来事に違いありません。
その事実を、まだ幼い娘に伝えるのには相当な苦しみがあったでしょう。
「うん、わかった」
けれど、わたしはそれをすんなりと受け入れました。
「……寂しく、ないの?」
お父さんとの別れ、それを想像してわたしは……。
「へーき」
「……そう、明莉は強いのね」
お母さんはわたしが気丈に振る舞っていると思ってくれたようですが。
それは違います。
もう会えないんだぁ、とか。
わたしって愛されてないのかなぁ、とか。
それくらいは考えましたけど、泣きわめいて父親との別れを惜しむ……そんな反応をすることはありませんでした。
何か大事な感情が欠落している人間だったのです。
「花野さん、放課後ヒマ?良かったら遊びに行かない?」
中学生にもなり、物事の分別が分かるようになってくると、わたしの無感情な部分はより顕著になっていきました。
「すいません、ちょっと用事がありまして」
「あ、そうなんだ……ごめんね、急に誘って」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません」
声を掛けてくれたクラスメイトさんは、パタパタと友達の元へと戻って行きます。
「断られちゃった」
「花野さん、いつも断るんだよ」
「そうなの?」
「決まってああ言うの。実際に何の用事があるかは教えてくれないんだけど」
「人付き合い、嫌いなのかな?」
「かもね。ずっと敬語だし、なんか距離感じるよね」
そんなわたしの態度はクラスメイトとの距離を確実に遠ざけて行きました。
本当は、用事なんて特にありませんでした。
ただ、遊ぶ理由がないと言いいますか。
わたしと遊んでも変な空気になるだけと言いますか。
大人になり他人への配慮を覚えたわたしは、元々あった無感情な部分と合わさることで社会不適合な人間になってしまったのです。
「……寂しいは、寂しいんですけどねえ」
一人での帰り道。
何度そう呟いたか分かりません。
無感動なわたしでも、寂しいを感じるくらいの気持ちはありました。
ですが、それすらも我慢できる範囲で。
わたしのようなつまらない人間に、誰かの時間を使わせてしまうのは申し訳ないと思うばかりでした。
そうして、ちょっぴりセンチメンタルな気持ちを迎えたまま高校の入学式を迎えます。
教室は和気あいあいとしていました。
もちろんわたしは取り残されていましたけど。
「うわっ、それ可愛いじゃん。どこの?」
「え、これ理子ちゃんと一緒に買ったやつだけど」
「え、うそ。そんなに良かったっけ?」
「勧めたの理子ちゃんなんだけど。テキトーすぎじゃない?」
「あはは、ノリって大事だよね」
……。
化粧品一つで、可愛いという感想から始まり、買い物に行った思い出話から、個人のパーソナリティの話に発展する。
煌びやかに、女の子としての春を謳歌している。
「ああ、あれが陽キャですか」
と、わたしは目を細めて見つめるのでした。
こっちは化粧なんてしたこともないのですから、何のこと言ってるのかさっぱり分かりません。
ていうか化粧品に可愛いとかあるんですか?
同じ女の子なのに、その壁は遥か高いように感じます。
飾り気のないわたしのような人間とちがって、年頃の女の子の姿はわたしには眩しすぎました。
「羨ましい……」
いえ、決して陽キャさんのようにオシャレしたいとか、そういう意味ではないのです。
ただ、楽しみを覚えられる人間性が羨ましいと思ったのです。
わたしにはそんな楽しいこともないですし、それを共有できる友人もいないのですから。
自分には無いものだからこそ、光輝いて見えるのです。
「……おトイレに行きましょう」
知らない教室で一人の時間を潰すのは難しいです。
なるべく時間が掛かるようにゆっくりと、見知らぬ廊下を歩きます。
わたしに春は来ないんですかねぇ。
なんて、陰鬱な気持ちを抱えながら、窓から見える桜並み木に溜め息を吐くのでした。
「だからぁ、あたしは部活で頑張るんだから別にいいじゃん」
「そういう問題ではないのよ。あんなギリギリの点数で入学だなんて、姉として恥ずかしいわ」
「あらあら、さすが主席で新入生代表挨拶を控えている方は言う事が違いますねぇ?」
――!!
奥から歩いて来るそのお三方を見て、電流が走りました。
三者三様に恵まれた肢体に、女性的な体つき。
お人形さんのような顔立ちで、顔つきは瓜二つ。
なのに、声音や身振り手振り、表情がまるで別々で各々の個性が際立っています。
「……華凛、もう少し私の方に寄りなさい」
「え、なんで?」
「前から人が来ていますよ? それとも初日から肩をぶつけて喧嘩番長ですか?」
「そんなことしないからっ!」
すると、わたしのことを気遣ってそのお三方は廊下の端に寄ってくれたのです。
「ごめん、邪魔した」
「あ、いえ……」
ツインテールの方に謝られて、わたしはオドオドしてしまいます。
「この子、バスケット以外の距離感を掴めないの。許してくれるかしら」
「そんな極端じゃないしっ」
「そうですよ、華凛ちゃんは遠めのシュートは苦手らしいですので。バスケットでも距離感は掴めていませんよ?」
「だから、日常生活に影響するほどじゃないからっ!!」
着飾っているわけでもないのに、言葉を発するだけで花が咲くような艶やかさ。
“あ、いえ、大丈夫ですから……”
と、わたしは低い声でお返事することしか出来ませんでした。
神様から授かった才能、それは努力だけでは到達できない領域。
持たざる者からすると、その美しさはもはや暴力的ですらありました。
「……と、尊い」
遠ざかって行くその後ろ姿を見て、わたしは自然とその言葉を口に出していました。
あんなに綺麗で美しい生き物。
初めて見ました。
無感情だと思っていた自分に、“推し”という感情が芽吹いていたのです。
そうして、わたしの感情は少しずつ色を帯び始めました。
だから、遠くから眺めているだけで満足だったのです。
ただ、それだけで昔の自分とは違う事を感じられたのですから。
◇◇◇
――その、はずだったのに。
「ねえ、明莉? あたし的にはあたしが一番オススメだと思うのよ? だって妹の気持ちは妹にしか分からないじゃない? っていうことはあたしが一番相性いいってことじゃない?」
「あらあら、それを言うならわたしも妹ちゃんですよぉ? しかも、わたしとなら明ちゃんの好きなお料理を何でも作ってあげちゃいます」
「浅はかね。姉である私が、妹の気持ちを一番に汲んであげられるのよ。それは同じ妹では視点が近すぎて不可能よ」
「うっさいのよっ! 姉妹ベースで話進めるのおかしいからっ! 恋人って他人が思い合って繋がるものだからっ!!」
ど、どうして一番遠い存在と思っていた学園のアイドルと陽キャ代表がわたしなんかに……?
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