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第7章 明莉
62 流れる川に逆らえない
しおりを挟む「それでは、行きますよ?」
リビングの扉、その取っ手を日和が掴みタイミングを計る。
「オッケーだよ」
「ええ……」
華凛と千夜は神妙な面持ちで頷く。
緊張感が空気を伝播しているが、それはもう抑えようがなく隠しようもない。
日和ですらも、唇の乾きを感じ始めていた。
けれど、三姉妹の意思は決まっている。
――ガチャリ
扉は開かれた。
「明ちゃん、話しの途中だったのにごめんなさい。続きをしたいのですが、千夜ちゃんと華凛ちゃんからも話しがある……と?」
日和の言葉は尻すぼみに、疑問符を打って終わってしまう。
その背中を見ていた千夜と華凛は、状況が掴めず困惑する。
二人もその後に続き、足早にリビングに入る。
「なに、どうしたの日和姉……って」
華凛も同様に尻すぼみに言葉を失う。
「……あの子、どこへ行ったのかしら」
千夜は冷静に問う。
リビングにいたはずの明莉の姿が、そこになかったからだ。
◇◇◇
目の前には川が流れ、水が流れるせせらぎの音。
揺れる水面は、夕焼け空を映し出していました。
心洗われる、豊かな景観です。
「……ふんっ、皆さん。ああやってわたしを除け者にするんですね」
ですが、そんなのはお構いなしにわたしの心はやさぐれていました。
日和さんはわたしに対する気持ちを打ち明けると言ってくれたのに、華凛さんが来たらそっち優先ですよ。
千夜さんが来たら皆さんでそのお部屋に籠っちゃいましたし。
姉妹会議……わたしは義妹だから、ダメみたいですしねっ。
「全然、居場所ないじゃないですかっ」
強烈な疎外感を感じてしまったわたしは、家を出てきてしまいました。
居場所を失い、ふらふらと外をうろつき、こうして河川敷に辿り着いたのです。
人通りも少ないので一人になるのはちょうどいいと草むらに腰を下ろし、身をすくめながらただその光景を眺めていました。
「結局、わたしはどこへ行っても一人なんですね」
どれだけ仲が良くなったと思っても、それは他人の域を越えず、深い関係性にまでは辿り着けないのです。
口では義妹だとか、好ましいとか言えますけど。
ふとした態度や行動が、その関係性を現わすのです。
わたしはやはり、よそ者だったのです。
「……そんなの、昔からそうだったじゃないですか」
ぼっちでいることなんて、昔から当然のことでした。
寂しさはあるけれど、それは他人がわたしを可哀想な目で見てくるからであって。
わたし自身はわりと平気ではあったのです。
心を乱すような、そんな大きな問題ではなかったはなずなのです。
なのに……。
「どうして、こんなに心がざわついてしまうのでしょうか」
気持ちが荒れて仕方ありません。
不平、不満、寂しさ、孤独、悲しさ、怒り。
そんな負の感情がわたしの心をざわつかせます。
こんなに激しく気持ちが揺れる経験を、今までしたことがあったでしょうか。
「くそー……わたしも仲間に入れてくれてもいいじゃないですかぁ」
本音がこぼれます。
それかちょっとだけわたしを優先してくれるとか、腹を割ってお話してくれるとか。
本当にほんの少しでいいから特別な関係であることを感じさせてほしかっただけなんです。
たった、それだけのことで妙に落ち込んでしまっています。
そして何より……。
「そんなことに一喜一憂している自分が、一番信じられません」
おかしいです。
月森三姉妹は推しであって、遠くから眺めていることを信条としていたはず。
わたしに対する扱いに目くじらを立てるという、そんなおこがましい感情を訴える人間ではなかったはなずなのです。
それなのに、わたしはいつの間にこんなに強欲な人間になってしまったのでしょう。
そんな自分自身の変化に驚き、落胆しています。
「どうしたらいか、分からないじゃないですかっ」
ええいっ、とわたしは転がっていた石ころを掴み、立ち上がります。
川に石を投げて、水面に跳ねさせる遊びを目にしたことがあります。
やったことはありませんが、こういう時にやったら気分がスカッとするかもしれません。
「えりゃっ」
わたしは全身の筋肉を収縮させ、この身を捻じり、踏み込んで肩を振るいます。
――ボスッ
「……」
およそ水面を切るような音は聞こえてはきません。
それはそのはずです。
だって、目先の草むらに投下されたのですから。
「わたしのノーコンッ!」
更にイライラしてしまいましたっ。
どうしてあんなに力を入れたのに、こんな目の前に石ころが落ちているのでしょう。
意味が分かりません。
「こうなったら、もっと川に近寄るしかありませんね……」
足を伸ばしたら川ぽちゃするくらいの距離まで縮めます。
こんな至近距離で石を投げる人を見たことないですが、この際気にしません。
要は爽快感を得られたら、それでいいのです。
「えりゃっ!」
今度こそ、と腕をしならせ石ころを川に投げますっ。
――バチャッ!!
「うわわっ」
さすがに石ころは川に投げ込まれましたが、その軌道がおかしかったです。
水平線に水面を跳ねる動きは皆無。
石ころは川に垂直に投擲され、足元に水を撒き散らしました。
おかげさまで、靴からスカートの裾まで濡れています。
「……む、ムカつきます……」
思い返せばバスケットのパスもまともに出せない運動音痴。
どうしてそんな芸当が出来ると思ったのでしょう。
ストレスが溜まっていくばかりで、全然発散されません。
「しかも、肩痛いです……」
慣れない全力投球のせいでしょう。
どうやら肩を痛めてしまったようです。
たった二回で……貧弱すぎます。
「もうっ!」
今度は地面を蹴ります。
土が抉れて、ローファーが汚れました。
「うがああああっ!」
悪い時は何をやっても裏目に出てしまいます。
わたしは頭を抱えて叫び、イライラを募らせるのでした。
「……何やってんの、あんた……」
そこに、聞き覚えるのある声が響きます。
振り返ると、何だか憐れむような目でわたしを見ていたのは冴月さんでした。
「え、冴月さん……?何をしてるんですか?」
「いや、それわたしのセリフじゃね……?」
あ、まあ、どっちにも言える状況ですか、これ。
「あ、いえ、夕暮れにお一人でこのような場所を歩かれるなんて。何をしているのかなと」
「だから、そっちもなんだけど……むしろ、あんたの奇行の方がヤバイんだけど」
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また明日から学校で笑い者にされてしまいます。
話題をわたしではなく、冴月さんに振りましょう。
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「あー……なるほど……」
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ですが、やはり陽キャさんらしい動きでしたね。
「それで、あんたこそこんな所で何してたのよ」
「あー……いやぁ、そのぅ……」
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「だから、どうしてそんな事してんのかって聞いてんのよ」
「……えっと」
それでも、思った以上に食い下がる冴月さん。
何よりも、バカにすると思っていた冴月さんが予想外に真剣そうな表情を覗かせていたことにわたしは驚いてしまいました。
「なんかあったんでしょ。話しくらい聞いてあげてもいいけど?」
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